第15話「王の決意が満ちる時」
ふわりと身体が軽くなる感覚にも、すでにもう慣れていた。
いつもの中央広場は、珍しく人影はまばらだ。普段なら行き交う冒険者で混雑し、緋瑪は人々の活気にあてられ
いつもと違う雰囲気に
「学校
「ん、ただいま、エンデウィル。それよりヒメ、来てない?」
エンデウィルの言葉を
「んー、まだインしてないみたいですね」
「そ。ん、ありがと……」
お目当てのヒメはまだ、現実世界にいるようだった。
「あの、マスター? リアルで……学校で何かあったんですか?」
「んー、まあ」
「すんごい落ちこみようです。プレイヤー本人のメンタルは集中力と精神力のパラメータにリンクしているので、このままのプレイは危険ですよ。何かやらかしちゃいましたか?」
【
そして変動パラメータはプレイヤー本人の気分や心情に直結していた。
つまり、激しく落ちこんでいる緋瑪のキャラクター、セキトの各ステータスにはマイナスの補正が掛かっていた。集中力は
「逆かな、逆……何もできなかった」
「ふむ、詳細キボン、じゃない。良かったら詳しく聞かせてくださいませんか。話すだけでも少し、気持ちが楽になるかもしれません」
「そだね、まあでも……いつも通りだっただけだから」
ネットゲームと現実の違いを、嫌という程に思い知らされた。
ここは余りにも緻密に作られた仮想世界で、あたかも自分が生まれ変われるような気がしたが。気がしただけで、それは何ら現実の世界に影響を与えるものではなかったのだ。
少なくとも、緋瑪にとっては。
のろのろと歩く緋瑪を何人もの冒険者達が駆け足で追い越し、その何人かが肩を
「どしたのかな、何か……みんな、冒険庁に
「気分転換にマスターも行ってみませんか? 今、ちょっとしたイベントの真っ最中なんです。まあ、マスターは『熱血ぅ!』って感じじゃないかもしれませんが、いい刺激になるかもしれませんし」
大小さまざまな冒険者達が、何百何千と押し寄せるの冒険庁の正門。背伸びで飛び跳ね見やれば、正門の前に一人の男が立っていた。
【ロード・ブライダリア】――【石花幻想譚】の
「ブライダリアに集いし、冒険者の
周囲から
エンデウィルに
「はぁい、セキトくん! お疲れちゃん。ヒメが来るまで時間潰し、ってとこかしらん?」
「サユキたんインしたお! じゃない、お疲れ様です。今日も後で、色々とよろしくお願いしますね」
「エンデウィルもお疲れちゃん、まっかしといて。……ん? セキトくん、元気ないぞ?」
「マスターはなんだか、リアルでベッコリ
なるほど、と
相変わらず
拍手と歓声がまばらになり、次第に収まるのを待って【ロード・ブライダリア】は本題を切り出した。
「諸君等の協力で私は、【エンシェント・ハング】に対して過去七度に及ぶ大規模な
「
要約すれば、このまま運営期間延長に突入するかと……それでいいのかと、【ロード・ブライダリア】は問い掛けているのだ。最後のボスである【エンシェントハング】を期間内に倒せぬ場合、討伐が達成されるまで【ブライダリア】は存続するらしい。
「つまり、【ブライダリア】の存続を……現状維持を望む奴が黒幕、ってとこかな」
「エンデウィルを【エンシェントハング】から、引き剥がした奴のことよん」
サユキの声を大歓声が塗り潰した。周りは誰もが口々に声を張り上げる。それはやがて大合唱となって否定の言葉を響かせた。
それは同時に、【エンシェントハング】を倒すという意思の表明でもある。
両手を広げて天を仰ぐと、【ロード・ブライダリア】は全身で冒険者達の声を浴びていた。その声は次第に、【ロード・ブライダリア】を
「ありがとう! ありあとう、諸君! ありがとう!」
改めて冒険者達を見渡す【ロード・ブライダリア】と、緋瑪は一瞬目が合った。
僅か一秒にも満たない緋瑪との
「私はここに宣言する! 八度目にして最後の、【エンシェントハング】討伐戦の断固決行を! 時は
【ロード・ブライダリア】が剣を固く握り、
誰もが口々に、【ロード・ブライダリア】の名を連呼して駆け出した。その横を通り過ぎて冒険庁へと殺到する。だいけいじばんに並ぶクエストで己を
緋瑪は
しかしサユキはただ黙って、【ロード・ブライダリア】を
「運営チームはどこまで気付いてるのかしらん? ま、あの様子だと気付いていないのか」
サユキは肩を竦めて、冒険庁に背を向けた。自然と引っ張られるように、緋瑪も人の流れに逆らって歩き出す。その手の中で、サユキの言葉にエンデウィルが追従した。
「恐らく創造主も、まだ異変に気付いてはいないと思います。【エンシェントハング】はこの世界でも最強のモンスターですから。単にプレイヤーが苦戦してると、そう思ってるのかも……」
「まあ、強さはホントに折り紙付きだしねえ。名だたる
廃人とは、過度にゲームにのめりこんで、驚異的な高レベルキャラクターを育て上げた人達の総称だ。サユキは緋瑪に説明し、自分もその一人だと悪びれなく笑った。
ヒメも……
「ごめんなさい、私のわがままで……この場にいる皆さんの努力を、私は無駄にさせているのかもしれません。創造主の願いを言い訳に、私は――」
手の内の杖が一瞬、頼りなくグニャリとたわむような錯覚を緋瑪は感じた。先端に飾られた天使像を包む羽根は
「ま、気にしない気にしないっ! だいたいほら、ああして【エンシェントハング】の討伐に
「大半のユーザーは、静かにゲームの終わりを惜しみながら暮らしてたりするのよね。それに……
それはもう、緋瑪の中で本来の目的と同じ位に大事なことになっていたが……
「あ、あっ、あの……サユキさん」
「あ、私? 私もそうね、貰えるなら貰いたいかな。クリアボーナス、私くらいやりこんでれば、そりゃもうガッツリよん? うん、ガッツリ」
サユキは腕組みをして、うんうんと大きく頷いた。
「は、はぁ。それじゃ、やっぱりヒメも……」
「ヒメ? ああ、ヒメはね。……気になるんだ?」
「まー、ヒメとは付き合い長いからね。どしよっかな……知りたい? セキトくん」
緋瑪はしばし悩んだが、はっきりと決意を伝える。砕けて消えた自信の
「知りたい、ですけど……わたしは、ちょ、直接聞きますっ……ヒメから」
今日、確かにヒメは――峰人は学校で言っていた。【石花幻想譚】を通じて、何かを手にすると。それが何なのか、何より現実の峰人がどうなってしまうのか、緋瑪は気になった。
『【石花幻想譚】をお楽しみの全プレイヤーへ告知いたします。サービス最終日、7月16日の正午に、最終クエスト【結実への意思】の第八次【エンシェントハング】攻略戦……最終決戦を開始いたします。どうか皆様、
運営チームのアナウンスを背に、サユキは愛しげに緋瑪に微笑んだ。
「直接聞く、ね……うんうん! その意気よ、セキトくん! じゃ、聞いてみちゃおうか」
サユキはそのままトンと緋瑪の両肩に手を置き、クルリと背後へ回れ右を
繰り返しアナウンスが冒険者達を
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