第13話「勇気を連ねて紡いだ閃撃」

 薄暗い坑内こうないは、等間隔でランプの明かりが小さくともる。したたる水滴の音に時折ときおり、奥から風の鳴る音が響いた。

 緋瑪ヒメは思わず、背筋をピンと伸ばす。

 ヒメが選んだ今日のクエストは、典型的な迷宮探索だった。全盛期よりさびれてなお大盛況の、【ラメルポプ村】を後に一行は足を踏み入れた。かつて鉱山として栄え、多くのプレイヤーで賑わったダンジョンへ。栄光の残滓ざんしはいたるところでちてび、今は何のイベントもない。ただ定期的に、モンスター討伐のクエストが発生するのみだった。


「わーお、噂には聞いてたけど。いい感じにすたれてるわね~」

「ですね。かつての栄華えいがも今は昔、か……結構お世話になったんだけどな、【パウチェリ鉱山】には。以前はラグが出る程の人混みだったのに」

「それが今は【パウチェリ廃坑はいこう】だもんね。懐かしいわ、昔はもうアレコレ色々いたいたもんよ。それをもう、片っ端から狩って狩って狩りまくって」


 どうやらヒメとサユキは、初めてではない様子だ。トロッコの線路が中央を走る坑道を、迷うことなく奥へと進む。思い出話に花を咲かせながら。

 アルが最後尾で、背後を守りながら一行に続いた。


「マスター、ここは昨年の大規模アップデートで、Cランクに落ちたダンジョンですから。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

「う、うん。でも、なんか、こう……不気味」


 複雑に入り組んだ天然の迷宮で、ただ緋瑪だけが落ち着かなく周囲を見渡す。エンデウィルを握る両手に、思わず力がこもった。


「ここ、右でよかったっけ? てゆーかヒメ、敵が全然湧かないんだけど……失敗じゃない? このクエスト選んだの」

「もっと奥に行かないと駄目なのかな。あ、サユキさん。そこ左です、そのまま真っ直ぐ行って、吹き抜けの大広間に」

「おーおー、懐かしい……って、何で私が前を歩いてるのよ。ね、セキトくんっ!」


 不意にサユキが振り向いた。薄闇に白いエプロンドレスがふわりと舞う。慌てて立ち止まった緋瑪の腕を、サユキはがしりと抱き寄せた。布ごしに柔らかさが伝わり、現実さながらの感触についついドキドキしてしまう。

 しかしサユキは構わず、緋瑪を引っ張り先頭へと躍り出る。


「むっふっふ、セキトくんを調教……じゃない、育成するんだから。ここは一つ、先頭に立ってもらわないとね! ヒメ、ちゃんとフォローすんのよ」


 ヒメと緋瑪を並べて、二人の背中をずずいとサユキが押した。

 恐る恐る緋瑪は、隣のヒメを見上げる。毎日鏡で見慣れた顔は今、背後のサユキに二言、三言確認の言葉を投げて緋瑪に向き直った。目と目が合って、思わず緋瑪は呼吸が止まる。


「じゃ、セキトさん。進みましょうか」

「は、はひっ!」


 声が裏返った。気恥ずかしさが込み上げ、緋瑪は足早に歩き出す。そのすぐ横を、ヒメは三つ編みを揺らして寄り添った。坑道は奥へ進むに連れて狭くなり、自然と二人の距離が近付く。数歩に一度の割合で、手と手が触れ合った。


「いいわねぇ、青春よねぇ……はぁ、若いってスンバラシイ」

「サユキ殿も充分若く、お美しいではないか」

「そりゃそうよ、アル。賢者サユキ様はいつでも、永遠のハタチよん?」

「フッ……ときのうつろいより抜け出し、久遠くおんの美に彷徨さまよう。それもまたよし!」


 心なしか、サユキとアルの声が徐々に後へと遠ざかってゆく。意識すまいとおのれに言い聞かせても、自然と隣を歩く気配に思考が引っ張られる。

 胸の前に両手で握る、エンデウィルが緋瑪にささやいた。


「マスター、チャンスですよ。サユキさんも応援してくれてますし、さりげなく会話を切り出してみてください」

「な、なにを?」

「なにを、じゃないです。マスター、当初の目的を忘れてませんか? ヒメさんから、その中の人から聞きだすんです。リアルの……現実のマスターを自作自演してる意味を」

「え、あ、うん……な、何て聞けばいいんだろう」

「なんでもいいじゃないですか、普通に会話すれば」

「それが出来ないから困るんだってば。普通に会話、って難しいよ」


 気付けば足を止めて、緋瑪はつえかざられた天使像に額を寄せて声をひそめる。エンデウィルが相手なら、こんなにも自然に喋れるのに。緋瑪はそれを、生身の人間を相手にこなす自信がなかった。例え仮想現実バーチャルリアリティのキャラクターというフィルターを通しても。


「はは、セキトさんは本当にエンデウィルと仲がいいね。運命共同体うんめいきょうどうたいって感じかな」


 数歩先で振り返ったヒメが、ランプの薄明かりに微笑んだ。その表情を見るたびに、緋瑪は複雑な心境に胸がざわめく。自分の笑顔というものを、緋瑪は現実では見たことがないから。


「べ、別に……仲がいい、訳じゃ」

「マブダチです! キリッ! ……確かにでも、運命共同体ですね。でも今は、皆さんも同じです。私のわがままに付き合ってもらって」


 エンデウィルの確かな視線が、緋瑪とヒメを見渡し、次いで追いついたサユキとアルをめぐる。


我輩わがはい救世きゅうせいの為に剣を振るうと誓った……お気にめさるな」

「ま、私は面白ければいい訳だし。それにチャンスだしね……【エンシェントハング】が倒せる仕様になったら、私達がクリアボーナスを――」


 なごやかな空気を、突如として悲鳴が引き裂いた。ビクリと緋瑪が身を強張らせれば、より切実な絶叫が響く。それは目の前で光を吸い込む、坑道の奥底より風に乗って届いた。


「むう! 今、きぬを裂くような乙女おとめの悲鳴がっ!」


 アルが腰の剣を引き抜き、緋瑪とヒメを追い越し前に立った。そのまま彼は、鎧の重さを感じさせぬ足取りで、暗闇の中へと走り出す。

 すくむ足でどうにか、緋瑪はその後を仲間達と追った。

 灯る明かりの間隔が遠くなり、いよいよ闇は色濃くよどむ……その冷たくまとわりつくような空気を振り払って、緋瑪はわずかに差し込む光を目指して走る。

 一足先に光の中へと消えたアルが叫んだ。


「むぅ、あれはっ!」


 息を切らせて緋瑪は、月明かりの眩しさへと躍り出た。一瞬だけ真っ白に染まる視界はやがて、陰影を取り戻して眼前の光景を認識させた。


「あれは……出たな、モンスターめ! 我輩が成敗してくれるわ!」

「アル、あれは【スティールバイト】。毒があって、結構厄介なんだよね」

「知っているのか、友よ!」

「知ってるも何も、ここの中ボスだから。まだ湧くんだね、廃坑になっても」


 鉱山の山頂まで突き抜けた、吹き抜けのフロアは月の光で満たされていた。見上げればはるか高く、天を巨大な月が覆う。無数の線路が合流する分岐点の広場に、巨大なモンスターが暴れていた。

 それは毒々しい極彩色ごくさいしょくに彩られた、人の何倍もある大きな毒蜘蛛どくぐもだった。現実にはありえない威容に、緋瑪がリアリティを感じてしまうのは……巨躯きょくに追われて逃げ惑う一組の冒険者達がいるから。再び先程の悲鳴が響いた。

 ピンチの冒険者達を前に、アルは迷わず剣を抜く。


「乙女の危機に戦ってこそ騎士、いざっ!」

「ん、待ってアル」


 いさんで飛び出ようと身構えたアルを、意外にもヒメは引き止めた。そのことにも驚いたが、緋瑪がもっと驚いたのは、自然と自分も後に続こうとしていたこと。

 思うだけで行動できない自分が今、少しだけ緋瑪の中で過去になろうとしていた。


「友よ、あのままでは全滅してしまう! 見たところ、の者は新米の冒険者」

「うん、でも頑張ってるしさ。何だろう、上手く言えないんだけど……」


 焦れるアルを見上げて、珍しくヒメが口ごもった。緋瑪の目の前で初めて、ヒメの仕草が自分にピタリと重なる。迷って行動を躊躇ためらう姿は、現実の緋瑪と同じ。


「あらま。低レベルキャラの強い味方、頼れるヒメちゃんが珍しい。どしたの」

「ヒメさんらしくないですよ、ね? マスター」


 サユキのもっともな言葉にエンデウィルが続いて、緋瑪に同意を求めてくる。ヒメを見詰めていた緋瑪は、ただ黙るしかなかった。


「セキトさんと会ってから……ちょっと最近、考えてるんだ。本当に人を助けるって、なんだろうな、って。力になる、支えるって、どうすればいいんだろう」


 赤い三つ編みを指に遊ばせながら、ヒメはうつむき自問する。その間にも、目の前の少女達は毒蜘蛛の脅威に必死であらがっていた。


「でもヒメ、さっき手伝ってたじゃない。新キャラ育成」

「こうして欲しい、って言われればいいんだけど。僕、今までずっと親切を押し付けてたのかな、って……ゲームの楽しさって、調子よくトントン拍子びょうしに進むだけじゃないだろうし」


 ふーん、と腕組み呟き、サユキは興味津々きょうみしんしんな様子でヒメをのぞみながら。思い出したようにポンと手をわざとらしくたたいた。


「じゃ、しよっか? あの子達はまあ、高い授業料を払ってもらうってことで」


 サユキの提案通り、もしここで世界の分岐を行ったら。その瞬間から、緋瑪達四人は自分達だけの世界の住人となる。目の前の冒険者達はこのままモンスターと戦い続け、緋瑪は同じ場所の同じ時間、しかし全く別の【ブライダリア】へと分岐するのだ。

 しかしヒメは、その選択にも躊躇ちゅうちょを見せた。


「……あの人ならこんな時、どうするかな」


 ぽつりと零したヒメの言葉に、一際甲高い悲鳴が入り混じる。悪戦苦闘する先程の二人組みは、いよいよ壁際に追い込まれた。こちらの存在に気付く余裕もない。巨大な毒蜘蛛、【スティールバイト】が八本の足でにじりよる。


「友よ、あの人とは? ええい、そんなことを言ってる場合ではないぞ!」

「ま、あこがれの人ってとこかな。もう一人のヒメ、緋瑪さんなら――」


 鼓動が高鳴り爆発する。

 緋瑪は仮想現実の自分、セキトの全身が熱くなるのを感じた。だから迷わず、フロアの中央にその身を押し出す。おどろく仲間達を置き去りに、エンデウィルをかざして魔法の術式を思い素早く思い描いた。


「あっ、セキトさん!?」

「ほーら、誰かさんがウジウジしてるから。面白くなってきたわよん?」

「友よ、我等も加勢しようぞ!」


 視界のすみに仲間達を一瞥いちべつして、緋瑪は現出する火球を【スティールバイト】の背に浴びせた。

 自分でも信じられない――ヒメの一言で行動できてしまった。いつもはただ、何もできずにうろたえ後ずさるだけなのに。緋瑪は初めて今、思いに行動が直結した瞬間を味わっていた。それは不思議な高揚感こうようかんで緋瑪の胸をがす。


「エンデウィル、あれって強い? よね?」

「ヒメさん達なら瞬殺だろ、常考JK。っと、常識的に考えて楽勝ですね」

「わたしなら、どうかな」

「マスター、結果は常に保障されなければいけませんか?」


 エンデウィルの言葉に緋瑪は、より具体的な行動で応えた。相棒をかざして精神力をつむぎ、集中力を研ぎ澄ませる。

 巨体を揺すって、【スティールバイト】が火の玉を避けつつ振り向いた。八つの単眼が月光に輝き、震え竦みながらも身構える少年魔術士マジシャンの姿を映した。


「んもう、男の子はこうでなくっちゃね! お姉さん張り切っちゃうんだから」

おうっ! 友よ、今こそ我等の力を振るう時っ!」

「いや、ここはセキトさんに任せようよ。約束したんだ、構い過ぎないって……でも、本当に危なくなったら、その時は」


 引き止めるヒメに、サユキは苦笑して溜息をつき、アルが大きくうなずき剣をおさめる。

 かくして仲間達の見守る中、緋瑪はかつてない強敵へと単身立ち向かった。膝が笑い手が震えるが、不思議と後悔も緊張もない。ただ、興奮だけが緋瑪を支配していた。


「マスター、こんなことなら先にスキル振っておけばよかったですね!」

「え、あ、うん……レベルが上がると、勝手に強くなるんじゃないんだ」

「基本的な能力値は上がりますけど、新しい呪文や能力値のさらなる底上げ等……ぶっちゃけマスター、マニュアル読んでください。もしくはググれ!」

「そだね。ネットで検索するの、得意だし、ねっ!」


 緋瑪のテンションをそのまま数値化した集中力と精神力、変動パラメーターの補正で一際大きな炎が緋瑪の頭上に現れる。淡い月の光よりなおまぶしい、小さな太陽へ緋瑪は飛翔ひしょうを念じた。周囲の空気をゆらめかせながら、ほむらは流星となって【スティールバイト】へ落ちてゆく。


「うわ、同じ魔法でもあんなに……ど、どうかな、エンデウィル」

「マスターは【スティールバイト】に魔法を使った! 【ファイアブリッド】、発動!」


 手応えありとこぶしを握った緋瑪の聴覚を「しかしスティールバイトは回避した!」の声がつ。同時に全身を黒い影が覆い、光をさえぎ巨躯きょくを見上げた、その刹那せつな。緋瑪は肩口に衝撃を感じて悲鳴をころす。

 そして……窮地を脱した先程の冒険者二人組は、信じられない行動に出た。


「いっ、今だ! 逃げよ! ほら立って、今のうちに分岐しちゃうから!」

「でっ、でもあの人が……あ、待ってよ」


 かすむ緋瑪の視界のすみで、先程まで【スティールバイト】に襲われて冒険者達が身を寄せ合う。彼女達は光の柱となって、そして溶け消えた。どうやら、彼女達を全滅へと追いやろうとしていたモンスターは、


「【スティールバイト】はマスターに噛みついた! 62のダメージ! マスターは毒を受けた! マスターしっかりしてください。あ、毒がマスターをむしばむ! 11のダメージ!」


 緋瑪はやっと、自分が巨大な蜘蛛にかられていることに気付いた。鋭い牙が深々と刺さり、大きく体力が下がっているのを確認する。そればかりか、残りわずかな体力はじりじりと減り始めた。

 痛みはないし、毒の不快感もない。しかし今、間違いなくセキトというキャラクターは死にひんしていた。エンデウィルの声が緋瑪の耳から、次第に遠ざかる……ありがちな演出だと、緋瑪が苦笑したその瞬間――


「セキトさん、もしかしてと思ったら。やっぱりスキル、振り分けてませんでしたね」

「友よ、今はそれどころでは……無天流奥義むてんりゅうおうぎ! 【狼牙双咬刃ろうがそうこうじん】っ!」


 不意に緋瑪の体が宙を舞った。自分を毒牙にかけてくわえていた【スティールバイト】が、アルの剣技で吹き飛ばされたのだ。それに気付いた時にはもう、赤い影が素早く緋瑪を抱きとめる。

 緋瑪は今、ヒメの両腕の中に抱かれていた。現実の自分と同じ顔が、微笑ほほえみ見下ろしてくる。その間も手の中でエンデウィルは、安堵あんどと毒のダメージを交互にげていた。

 瀕死を点滅で現す視界にヒメをとらえて、緋瑪は頬を赤らめる。


「助けた人に逃げられ、あっという間に瀕死と……まあ、そんなことってあるのよねぇ。ヒメ、解毒げどくのスキル取ってる? 拳士モンクって回復系スキルも結構あるでしょ」


 頷くヒメに「よろしい」とにんまりサユキが笑う。小脇こわきかかえていた分厚ぶあつい本が開かれ、吹き抜けのフロアを通る風がページをさらった。同時にサユキは、緋瑪が始めて見る引き締まった表情でアルを呼ぶ。


「ちょいオーバーキルだけど、アル! 二人で【】するわよん?」

「承知っ! しからば我輩が、先にっ……仕掛ける!」


 両手でガシャリと剣を立てて、アルは冷たく光る刀身に祈るように額を寄せた。と、同時に腕を引き絞って身を屈める。その背後ではサユキが魔導書を片手に右手をかざした。

 アルとサユキ、二人の足元に光が走って円を描く。その中心に浮かび上がるのは、二人のたましい――緋瑪は記号化されたアクアマリンと白菊しらぎくの紋章を見て息を飲んだ。寄り添う両者の頭上へと、魂石ジュエル魂花ペダルが浮かび上がって停止する。


「はい、準備完了っと。セキトくん、見ててね……これが」

「契約を交わした者同士の、最・強・連・携! 【ステッチ】の力っ!」


 気勢を叫んでアルが地を蹴った。同時にサユキの短く切り揃えた黒髪が、ふわりと浮かび上がる。体勢を立て直してうごめく大蜘蛛に、熟練冒険者マスタークラスの連続攻撃が炸裂さくれつした。


「無天流奥義! 【狼牙千烈波ろうがせんれっぱ】っ!」

「へー、あんな剣技スキルあるんだ、聖騎士パラディンって。んじゃ私も、ちょいなっと!」


 八本の脚でる【スティールバイト】に肉薄するなり、アルが無数の突きを放つ。鋭い切っ先が空気を震わせ、眩いエフェクトと共に巨躯をちゅうへと持ち上げ――最後の一突きで高々と浮かせた。

 見るも鮮やかな剣技に思わず緋瑪は息を飲み、それを吐き出すのも忘れて魅入みいる。

 重力につかまり落下を始めた【スティールバイト】へ、間髪入れずアルを囲むように大地から生えた輝きが殺到。群をなして屹立する水晶すいしょうやりが、毒蜘蛛の巨体を受け止めつらぬいた。


「アルは【スティールバイト】に剣技を使った! 【狼牙千烈波】――ステッチサクセス! サユキは続いて魔法を使った! 【クリスタルグレイブ】、発動! 【スティールバイト】に1,837のダメージ! 【スティールバイト】を倒した!」


 エンデウィルの実況に、先ほどサユキが発した聞き慣れぬ単語が混じる。素朴な疑問を察して答えるヒメの声を聞きながら、緋瑪は大地に下ろされた。


「【ステッチ】っていうのは、【プレイシェアリング】したプレイヤーだけが使える強力な連続攻撃のこと。単体で攻撃するよりも【ステッチ】させたほうが、より強力なダメージを与えることができるんだ」


 そういえばそんなことを、ネットでアレコレ調べていた時に見たような気もする、と。追想する緋瑪の思考が停止した。ほのかに光るてのひらでヒメが、緋瑪の傷口に触れる。じんわりと温かな体温が伝わり毒が抜けていった。

 仲間達を見守る、ヒメの横顔の近さにどぎまぎと緋瑪は落ち着かない。


「サユキ殿、お見事。賢者セージの名に恥じぬ見事な術。あれぞ地属性大魔法ちぞくせいだいまほう、【晶槍地裂閃しょうそうちれつせん】」

「その名前、実装しちゃイヤン。ま、お互い伊達だてに上級職やってないって感じかな」

「うむ、そして我等が愛と友情の大連携! 剣魔合体けんまがったい! 名付けて、【魔狼鋭昇陣まろうえいしょうじん】っ!」

「……も、好きにして頂戴。単なる即席の【ダブル・チェーン・ステッチ】じゃない」


 なにが愛かと笑い飛ばしながらも、サユキは阿吽あうんの呼吸であわせてくれる仲間の胸をドンと叩いた。アルも誇らしげに剣をさやに収め、しきりに感動した様子で頷いている。【ステッチ】にも様々な種類があると、ヒメは説明してくれるのだが……その言葉はなかなか緋瑪の頭には入ってこなかった。


「あっ、あの……ヒメ」

「ん? ああ、セキトさんも惜しかったよ。初級魔法しょきゅうまほうとはいえ、あんなに大きな攻撃、当れば一発で倒せてたかもしれないし。あの二人はほら、今のは完全にやり過ぎだし」


 先ほどから緋瑪の肩に当てられた、ヒメの光る手が暖かい。解毒とレベルアップを告げるエンデウィルを握り直せば、その手に感覚が戻ってくる。


「でもやっぱり、レベルアップするたびにスキルは振ったほうがいいね」

「う、うん。ええと、ヒメ……あ、あのっ!」

「うん? どうしたの、セキトさん。顔、真っ赤だよ」


 鼻の奥がツンと痛んだ。しかし流れる血の代わりに緋瑪は、思いを言葉にすることができた。かほそい、消え入るような声で。


「あっ、ありがと……ありがとう」

「どういたしまして、セキトさん」


 真紅しんくの瞳を細めて、ヒメは微笑んだ。緋瑪もまた、ぎこちなく笑みを返す。


「皆さんも、ありがとう、ございました」

「いいのいいの、久々にデカい魔法ブッぱなして、気持ちスッキリって感じ?」

「仲間のために命をして戦ってこそ騎士! お気にめさるな」


 不器用にだが、気持ちが伝わる。言葉にのって、相手へと。それは今まで、緋瑪にとって非常に困難で、避けてすらいたのに。今はその大切さが身の内から込み上げ、自然とあふれて場の空気を満たしていた。

 わずかだが自分は変わった気がすると、緋瑪は一人立ち上がる。気がするだけで充分と、曖昧あいまいな笑みで仲間達を見渡しながら。

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