第13話「勇気を連ねて紡いだ閃撃」
薄暗い
ヒメが選んだ今日のクエストは、典型的な迷宮探索だった。全盛期より
「わーお、噂には聞いてたけど。いい感じに
「ですね。かつての
「それが今は【パウチェリ
どうやらヒメとサユキは、初めてではない様子だ。トロッコの線路が中央を走る坑道を、迷うことなく奥へと進む。思い出話に花を咲かせながら。
アルが最後尾で、背後を守りながら一行に続いた。
「マスター、ここは昨年の大規模アップデートで、Cランクに落ちたダンジョンですから。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
「う、うん。でも、なんか、こう……不気味」
複雑に入り組んだ天然の迷宮で、ただ緋瑪だけが落ち着かなく周囲を見渡す。エンデウィルを握る両手に、思わず力がこもった。
「ここ、右でよかったっけ? てゆーかヒメ、敵が全然湧かないんだけど……失敗じゃない? このクエスト選んだの」
「もっと奥に行かないと駄目なのかな。あ、サユキさん。そこ左です、そのまま真っ直ぐ行って、吹き抜けの大広間に」
「おーおー、懐かしい……って、何で私が前を歩いてるのよ。ね、セキトくんっ!」
不意にサユキが振り向いた。薄闇に白いエプロンドレスがふわりと舞う。慌てて立ち止まった緋瑪の腕を、サユキはがしりと抱き寄せた。布ごしに柔らかさが伝わり、現実さながらの感触についついドキドキしてしまう。
しかしサユキは構わず、緋瑪を引っ張り先頭へと躍り出る。
「むっふっふ、セキトくんを調教……じゃない、育成するんだから。ここは一つ、先頭に立ってもらわないとね! ヒメ、ちゃんとフォローすんのよ」
ヒメと緋瑪を並べて、二人の背中をずずいとサユキが押した。
恐る恐る緋瑪は、隣のヒメを見上げる。毎日鏡で見慣れた顔は今、背後のサユキに二言、三言確認の言葉を投げて緋瑪に向き直った。目と目が合って、思わず緋瑪は呼吸が止まる。
「じゃ、セキトさん。進みましょうか」
「は、はひっ!」
声が裏返った。気恥ずかしさが込み上げ、緋瑪は足早に歩き出す。そのすぐ横を、ヒメは三つ編みを揺らして寄り添った。坑道は奥へ進むに連れて狭くなり、自然と二人の距離が近付く。数歩に一度の割合で、手と手が触れ合った。
「いいわねぇ、青春よねぇ……はぁ、若いってスンバラシイ」
「サユキ殿も充分若く、お美しいではないか」
「そりゃそうよ、アル。賢者サユキ様はいつでも、永遠のハタチよん?」
「フッ……
心なしか、サユキとアルの声が徐々に後へと遠ざかってゆく。意識すまいと
胸の前に両手で握る、エンデウィルが緋瑪に
「マスター、チャンスですよ。サユキさんも応援してくれてますし、さりげなく会話を切り出してみてください」
「な、なにを?」
「なにを、じゃないです。マスター、当初の目的を忘れてませんか? ヒメさんから、その中の人から聞きだすんです。リアルの……現実のマスターを自作自演してる意味を」
「え、あ、うん……な、何て聞けばいいんだろう」
「なんでもいいじゃないですか、普通に会話すれば」
「それが出来ないから困るんだってば。普通に会話、って難しいよ」
気付けば足を止めて、緋瑪は
「はは、セキトさんは本当にエンデウィルと仲がいいね。
数歩先で振り返ったヒメが、ランプの薄明かりに微笑んだ。その表情を見るたびに、緋瑪は複雑な心境に胸がざわめく。自分の笑顔というものを、緋瑪は現実では見たことがないから。
「べ、別に……仲がいい、訳じゃ」
「マブダチです! キリッ! ……確かにでも、運命共同体ですね。でも今は、皆さんも同じです。私のわがままに付き合ってもらって」
エンデウィルの確かな視線が、緋瑪とヒメを見渡し、次いで追いついたサユキとアルを
「
「ま、私は面白ければいい訳だし。それにチャンスだしね……【エンシェントハング】が倒せる仕様になったら、私達がクリアボーナスを――」
「むう! 今、
アルが腰の剣を引き抜き、緋瑪とヒメを追い越し前に立った。そのまま彼は、鎧の重さを感じさせぬ足取りで、暗闇の中へと走り出す。
灯る明かりの間隔が遠くなり、いよいよ闇は色濃く
一足先に光の中へと消えたアルが叫んだ。
「むぅ、あれはっ!」
息を切らせて緋瑪は、月明かりの眩しさへと躍り出た。一瞬だけ真っ白に染まる視界はやがて、陰影を取り戻して眼前の光景を認識させた。
「あれは……出たな、モンスターめ! 我輩が成敗してくれるわ!」
「アル、あれは【スティールバイト】。毒があって、結構厄介なんだよね」
「知っているのか、友よ!」
「知ってるも何も、ここの中ボスだから。まだ湧くんだね、廃坑になっても」
鉱山の山頂まで突き抜けた、吹き抜けのフロアは月の光で満たされていた。見上げれば
それは毒々しい
ピンチの冒険者達を前に、アルは迷わず剣を抜く。
「乙女の危機に戦ってこそ騎士、いざっ!」
「ん、待ってアル」
思うだけで行動できない自分が今、少しだけ緋瑪の中で過去になろうとしていた。
「友よ、あのままでは全滅してしまう! 見たところ、
「うん、でも頑張ってるしさ。何だろう、上手く言えないんだけど……」
焦れるアルを見上げて、珍しくヒメが口ごもった。緋瑪の目の前で初めて、ヒメの仕草が自分にピタリと重なる。迷って行動を
「あらま。低レベルキャラの強い味方、頼れるヒメちゃんが珍しい。どしたの」
「ヒメさんらしくないですよ、ね? マスター」
サユキのもっともな言葉にエンデウィルが続いて、緋瑪に同意を求めてくる。ヒメを見詰めていた緋瑪は、ただ黙るしかなかった。
「セキトさんと会ってから……ちょっと最近、考えてるんだ。本当に人を助けるって、なんだろうな、って。力になる、支えるって、どうすればいいんだろう」
赤い三つ編みを指に遊ばせながら、ヒメは
「でもヒメ、さっき手伝ってたじゃない。新キャラ育成」
「こうして欲しい、って言われればいいんだけど。僕、今までずっと親切を押し付けてたのかな、って……ゲームの楽しさって、調子よくトントン
ふーん、と腕組み呟き、サユキは
「じゃ、分岐しよっか? あの子達はまあ、高い授業料を払ってもらうってことで」
サユキの提案通り、もしここで世界の分岐を行ったら。その瞬間から、緋瑪達四人は自分達だけの世界の住人となる。目の前の冒険者達はこのままモンスターと戦い続け、緋瑪は同じ場所の同じ時間、しかし全く別の【ブライダリア】へと分岐するのだ。
しかしヒメは、その選択にも
「……あの人ならこんな時、どうするかな」
ぽつりと零したヒメの言葉に、一際甲高い悲鳴が入り混じる。悪戦苦闘する先程の二人組みは、いよいよ壁際に追い込まれた。こちらの存在に気付く余裕もない。巨大な毒蜘蛛、【スティールバイト】が八本の足でにじりよる。
「友よ、あの人とは? ええい、そんなことを言ってる場合ではないぞ!」
「ま、
鼓動が高鳴り爆発する。
緋瑪は仮想現実の自分、セキトの全身が熱くなるのを感じた。だから迷わず、フロアの中央にその身を押し出す。
「あっ、セキトさん!?」
「ほーら、誰かさんがウジウジしてるから。面白くなってきたわよん?」
「友よ、我等も加勢しようぞ!」
視界の
自分でも信じられない――ヒメの一言で行動できてしまった。いつもはただ、何もできずにうろたえ後ずさるだけなのに。緋瑪は初めて今、思いに行動が直結した瞬間を味わっていた。それは不思議な
「エンデウィル、あれって強い? よね?」
「ヒメさん達なら瞬殺だろ、
「わたしなら、どうかな」
「マスター、結果は常に保障されなければいけませんか?」
エンデウィルの言葉に緋瑪は、より具体的な行動で応えた。相棒をかざして精神力を
巨体を揺すって、【スティールバイト】が火の玉を避けつつ振り向いた。八つの単眼が月光に輝き、震え竦みながらも身構える少年
「んもう、男の子はこうでなくっちゃね! お姉さん張り切っちゃうんだから」
「
「いや、ここはセキトさんに任せようよ。約束したんだ、構い過ぎないって……でも、本当に危なくなったら、その時は」
引き止めるヒメに、サユキは苦笑して溜息をつき、アルが大きく
かくして仲間達の見守る中、緋瑪はかつてない強敵へと単身立ち向かった。膝が笑い手が震えるが、不思議と後悔も緊張もない。ただ、興奮だけが緋瑪を支配していた。
「マスター、こんなことなら先にスキル振っておけばよかったですね!」
「え、あ、うん……レベルが上がると、勝手に強くなるんじゃないんだ」
「基本的な能力値は上がりますけど、新しい呪文や能力値のさらなる底上げ等……ぶっちゃけマスター、マニュアル読んでください。もしくはググれ!」
「そだね。ネットで検索するの、得意だし、ねっ!」
緋瑪のテンションをそのまま数値化した集中力と精神力、変動パラメーターの補正で一際大きな炎が緋瑪の頭上に現れる。淡い月の光よりなお
「うわ、同じ魔法でもあんなに……ど、どうかな、エンデウィル」
「マスターは【スティールバイト】に魔法を使った! 【ファイアブリッド】、発動!」
手応えありと
そして……窮地を脱した先程の冒険者二人組は、信じられない行動に出た。
「いっ、今だ! 逃げよ! ほら立って、今のうちに分岐しちゃうから!」
「でっ、でもあの人が……あ、待ってよ」
「【スティールバイト】はマスターに噛みついた! 62のダメージ! マスターは毒を受けた! マスターしっかりしてください。あ、毒がマスターを
緋瑪はやっと、自分が巨大な蜘蛛に
痛みはないし、毒の不快感もない。しかし今、間違いなくセキトというキャラクターは死に
「セキトさん、もしかしてと思ったら。やっぱりスキル、振り分けてませんでしたね」
「友よ、今はそれどころでは……
不意に緋瑪の体が宙を舞った。自分を毒牙にかけてくわえていた【スティールバイト】が、アルの剣技で吹き飛ばされたのだ。それに気付いた時にはもう、赤い影が素早く緋瑪を抱きとめる。
緋瑪は今、ヒメの両腕の中に抱かれていた。現実の自分と同じ顔が、
瀕死を点滅で現す視界にヒメを
「助けた人に逃げられ、あっという間に瀕死と……まあ、そんなことってあるのよねぇ。ヒメ、
頷くヒメに「よろしい」とにんまりサユキが笑う。
「ちょいオーバーキルだけど、アル! 二人で【ステッチ】するわよん?」
「承知っ! しからば我輩が、先にっ……仕掛ける!」
両手でガシャリと剣を立てて、アルは冷たく光る刀身に祈るように額を寄せた。と、同時に腕を引き絞って身を屈める。その背後ではサユキが魔導書を片手に右手をかざした。
アルとサユキ、二人の足元に光が走って円を描く。その中心に浮かび上がるのは、二人の
「はい、準備完了っと。セキトくん、見ててね……これが」
「契約を交わした者同士の、最・強・連・携! 【ステッチ】の力っ!」
気勢を叫んでアルが地を蹴った。同時にサユキの短く切り揃えた黒髪が、ふわりと浮かび上がる。体勢を立て直して
「無天流奥義! 【
「へー、あんな剣技スキルあるんだ、
八本の脚で
見るも鮮やかな剣技に思わず緋瑪は息を飲み、それを吐き出すのも忘れて
重力に
「アルは【スティールバイト】に剣技を使った! 【狼牙千烈波】――ステッチサクセス! サユキは続いて魔法を使った! 【クリスタルグレイブ】、発動! 【スティールバイト】に1,837のダメージ! 【スティールバイト】を倒した!」
エンデウィルの実況に、先ほどサユキが発した聞き慣れぬ単語が混じる。素朴な疑問を察して答えるヒメの声を聞きながら、緋瑪は大地に下ろされた。
「【ステッチ】っていうのは、【プレイシェアリング】したプレイヤーだけが使える強力な連続攻撃のこと。単体で攻撃するよりも【ステッチ】させたほうが、より強力なダメージを与えることができるんだ」
そういえばそんなことを、ネットでアレコレ調べていた時に見たような気もする、と。追想する緋瑪の思考が停止した。ほのかに光る
仲間達を見守る、ヒメの横顔の近さにどぎまぎと緋瑪は落ち着かない。
「サユキ殿、お見事。
「その名前、実装しちゃイヤン。ま、お互い
「うむ、そして我等が愛と友情の大連携!
「……も、好きにして頂戴。単なる即席の【ダブル・チェーン・ステッチ】じゃない」
なにが愛かと笑い飛ばしながらも、サユキは
「あっ、あの……ヒメ」
「ん? ああ、セキトさんも惜しかったよ。
先ほどから緋瑪の肩に当てられた、ヒメの光る手が暖かい。解毒とレベルアップを告げるエンデウィルを握り直せば、その手に感覚が戻ってくる。
「でもやっぱり、レベルアップするたびにスキルは振ったほうがいいね」
「う、うん。ええと、ヒメ……あ、あのっ!」
「うん? どうしたの、セキトさん。顔、真っ赤だよ」
鼻の奥がツンと痛んだ。しかし流れる血の代わりに緋瑪は、思いを言葉にすることができた。かほそい、消え入るような声で。
「あっ、ありがと……ありがとう」
「どういたしまして、セキトさん」
「皆さんも、ありがとう、ございました」
「いいのいいの、久々にデカい魔法ブッ
「仲間のために命を
不器用にだが、気持ちが伝わる。言葉にのって、相手へと。それは今まで、緋瑪にとって非常に困難で、避けてすらいたのに。今はその大切さが身の内から込み上げ、自然と
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