第9話「新たなる仲間」

 【蛍藤ノ森ホタルフジノモリ】を緋瑪ヒメは歩く。起伏の激しい木の根を乗りこえ、古木が織りなす深淵しんえんへと。

 けもの遠吠とおぼえが聞こえる。ビクリと身を強張こわばらせて、緋瑪は周囲を見渡した。しかし森は淡い光をたたえて、そよぐ夜風が虫の音を運ぶだけ。周囲に敵意はない。


「マスター、大丈夫ですよ。そんなにビビらなくてもイイジャマイカ……もとい、いいじゃないですか。今のマスターのレベルなら、そんなに苦戦しないと思いますし」


 嬉しい誤算で性能の上がったエンデウィルは強気だった。

 確かにあの後の戦闘は、一人で楽にモンスターを撃破することができた。レベルアップによりステータスも上昇していたし、集中力や精神力といった変動パラメータ――プレイヤーの現実の心理状態を反映して、固定パラメーターへと補正をかける――も高い値で安定している。何より、新しいエンデウィルをかざして呪文をつむげば、より素早く練度れんどの高い魔法を行使することができた。


「それにマスター、いざとなったらヒメさんが助けてくれますから!」

「う、うん、でも」


 はしゃぐエンデウィルを片手に、緋瑪は後を振りかえる。少し距離を置いて続くヒメに、現実世界の自分が重なった。慌ててそのビジョンを頭から振り払う。

 先程の宣言通り、ヒメはほとんど手を出さずフォローも最小限だった。

 その真っ赤な瞳と目が合い、慌てて緋瑪は視線をらした。


「セキトさん、どうかしました?」

「な、なんでも、ないです」


 慌てて前を向き、大股に緋瑪は歩き出す。その手の中で、エンデウィルが声をひそめた。


「マスター、二人っきりなんですし色々とお話しないと」

「わ、わかってる。けど、無理。無理だよ、だって……まるで現実なんだもの」


 普通にただ、それとなく話せばいい。だが、緋瑪にはそれができない。


「あ、セキトさん。ちょっと待ってくね」

「は、はいぃ!」


 不意にヒメに呼び止められて、緋瑪の声が裏返る。恐る恐る振り向けば、近寄るヒメの肩に一羽の鳥が舞い降りた。鮮やかに赤い羽根がばさばさと鳴る。

 思わずモンスターかと、エンデウィルを向ける緋瑪。しかしヒメは笑って、赤い鳥を腕にとまらせた。


「ゴメン、驚かせちゃったかな。これはメール。さっき【プレイシェアリング】したじゃないですか。僕達のブライダリアでは、メールはこうやって届くんだ」

「はあ……それは、また、何で」

「サユキさんが好きなんだ、こういうの。【ファミリア】って言って、まあみたいなものかな。極力メインメニューを開かず、システム機能を独自の世界観で補完する方向で……あ、サユキさんっていうのは僕の仲間。後で紹介するね」


 今、緋瑪は新しい【ブライダリア】にいる。ヒメとその仲間達の手で調律ちょうりつされた、無限に分岐する【ブライダリア】の一つに。

 ヒメの腕でさえずっていた赤い鳥は、主にでられ喉を鳴らして……次の瞬間突然、人の言葉を喋り出した。響く女性の口早な声。


「ごめーん! 露店ろてんやってたらもう、巻物スクロールがバカスカ売れちゃって。もう入れ食いよ、入れ食い! そんな訳で今から飛んでくから、文字通りドカーンと飛んでく。【蛍藤ノ森】だったわよね? アルも捕まえたから連れてくわよん。んじゃ、また後で」


 呆気あっけに取られる緋瑪の前で、ヒメはメールの内容にうなずく。赤い鳥は伝言を終えると、何事もなかったように一声鳴いた。


「僕もこれ、結構気に入ってるんだ。ご苦労さん、ミーネ」

「ミーネ?」

「僕の【ファミリア】の名前。メールの送受信やプレイヤーの検索、あとはアイテムやお金の管理とか……まあ、ゲーム的な御都合主義ごつごうしゅぎを解消する便利なペット、ってとこかな」


 そう言うとヒメは両手で優しく己のファミリアを包んで。樹木の枝葉が覆う空へと放った。夜の闇も恐れず、ミーネは飛びさる。

 そのはばたきを見送りながら、緋瑪は発想の安直さに気付けば苦笑していた。ミーネの名は恐らく、峰人ミネトをもじったのだろう。だが、自分も人のことを言えるセンスではない。


「ヒメにミーネ、か」

「きっとサユキさんに言えば、セキトさんにも【ファミリア】を作ってくれますよ」

「え、は、はい」

「まあでも、【ファミリア】はなので。セキトさんが今のメール機能とかのほうが使いやすいなら、そのままでも大丈夫ですけど」


 またヒメが難しいことを言った。それが顔に出ていたらしく、横からエンデウィルが口を挟む。


「つまり、マスターはヒメさんと【プレイシェアリング】してますよね?」

「うん」

「ヒメさんはその、サユキさんという方と【プレイシェアリング】してるんです。簡単に言えば『ヒメさんのブライダリア』は、『ヒメさんとサユキさんのブライダリア』なんですよ。ただ、マスターはサユキさんとは、まだ【プレイシェアリング】を実行してないので――」

「ヒメの世界に、その、サユキさん? が持ちこんだものだけ追い出……分岐ぶんきさせることもできる?」


 緋瑪の言葉に「正解」とヒメが笑う。

 そういうものかと緋瑪は、取りあえず納得したが。念じて脳裏に文字を読み書きするほうが、いちいち鳥を呼ぶより手っ取り早いような気がする。しかし、その手間を楽しむのもまたゲームなのだろう。


「私も長々と【石花幻想譚せっかげんそうたん】を、【ブライダリア】を見守ってきましたが、似たようなことをやってるプレイヤーは結構多いですよ。その手のツールの配布サイトとかもありますし。で、マスター……もしお嫌でなければ、私に【ファミリア】やらせてくださいっ!」

「そ、それってアリなの?」


 エンデウィルはそもそも、特別なデータの塊……エンディングである。世界観のカスタム用に、各ユーザーが作っているデータとは訳が違った。


「サユキさんが詳しいから、相談してみるといいかも。もうすぐ来るし。ただ、エンデウィルは……その、やっぱり」

「ヒメさん、自分の武器に機能追加してるプレイヤーって結構いますよ」

「うん、アルなんかもそうだけど。でも、エンデウィルは……その、今更いまさら疑う訳じゃないけど、エンディングのデータだし。いいのかなぁ」


 ヒメは腕組み、エンデウィルを見詰めた。先程【プレイシェアリング】を実行した際の異変で、ヒメは信じがたい真相を納得していた。だからこそ、少し慎重にもなる。

 しかしエンデウィルは一向に意に返さない。


「確かに私は重要なデータなんですが、同時にマスターのつえでもあるんです。できるだけお役に立ちたですし」

「わ、わたしは別に、構わない、けど」


 【ファミリア】とかいうのを持つのは構わない。断る理由はないが、また名前のエントリーを要求されるのだけは緋瑪は面倒だった。それに、エンデウィルとなら気軽に喋れるので好都合でもある。


「じゃあ、後でサユキさんに――」

「はいはいおまたせ、お疲れちゃーん! 何? 何の話?」


 突然、木々の間から美女が現れた。その声を振り返って緋瑪は絶句する。


「あ、こっちが今日の新人さん? 私はサユキ、よろしくねん」


 にこやかな笑顔で白い手が差し出される。どもりながらもかろうじて「よろしく」の一言をしぼして、緋瑪はその手を握った。

 サユキの一種異様な姿に、正直緋瑪は驚きを禁じえない。ゲーム風のアレンジが施されているが、その格好は白黒のゴシックロリータといういでたちで。ドレスの節々にフリルとレースが散りばめてある。

 彼女の賢者セージという職業の表示が、緋瑪には半ば信じられなかった。しかし、おだやかな笑みをたたえた白い顔は、知的な才女を思わせる。整った目鼻立ちに、唇だけが色彩をまとって赤い。


「ふーん、デフォルトキャラってこうしてみると新鮮……いいわね、セキトくん。この80年代の和風ファンタジーな雰囲気、好きよん? と、紹介するわね、こっちが――」


 緋瑪の手をとったまま、サユキは背後に立つ長身を呼ぶ。

 にわかに騒がしくなり、緋瑪はまたも心拍数が高まり身を凍らせた。

 そんな彼女の前に、美丈夫イケメンが進み出る。


「我が名はアルトリエル・フォン・ファーレンシュタット――人呼んで、蒼雷の騎士ブリッツェン・リッター


 全身を甲冑で覆った、見るからに騎士風の男。彼はマントをひるがえすと、握手よりもまずは腰に手を当てポーズを取る。まるで中世のヨーロッパから飛びでてきたようだ。ひいでたひたいの長髪は鮮やかな蒼色あおいろで、同じ色の瞳とセットで独特の雰囲気を発散していた。


「気にしないでね、セキトくん。彼、完璧に

「以後、お見知りおき願いたい。セキト殿、今宵は貴殿きでんの為に剣を振るおう」


 蒼雷の騎士様は見た目の通り、職業は聖騎士パラディンだった。ひきつる顔で緋瑪は、大袈裟おおげさに伸べられた手を握る。精悍せいかんな顔付きで真っ直ぐ見詰められ、思わず体がった。


「彼のことはアルって呼んだげてね。名前、やたらと長いし」

「うむ、そして家名で呼ぶのは遠慮して欲しい。うずくのだ――古傷ふるきずが」

「はいはい。私はそうね……サユキお姉様って読んで欲しいわん。ってセキト、くん?」


 気付けばまた、緋瑪はあわあわと言葉にならない声を無言で呟き萎縮いしゅくしていた。新たな出会いと生まれたえにしに、戸惑いながら小さくなってゆく。


「冗談よ冗談……私のことはサユキでいいわ。ふふ、ちょっとビックリしちゃったかな?」


 ちょっとどころではない。緋瑪は助けを求めてエンデウィルを、次いでヒメへと視線をさまよわせる。

 ヒメが助け舟を出してくれた。


「まあ、自己紹介はそのへんで。それより――」


 ヒメが緋瑪の右手を優しく掴んだ。一気に跳ね上がる心拍数に、目を白黒とさせる緋瑪。ハラスメントコールという考えは浮かびもしない。

 ヒメは、その手が握るエンデウィルを二人の仲間へと突き出した。


「ちょっと複雑な事情があるんだ、二人とも彼女の話を聞いてくれるかな」

「心得た、友よ。して彼女とは? どこに私の救いを求める、美しくも可憐な御婦人ごふじんが?」

「彼女? あらやだ、何この杖……初めて見るわ、レアアイテム?」


 額を寄せてサユキとアルは、エンデウィルを見詰める。

 次の瞬間、発せられた少女の声に二人は顔を見合わせた。


「賢者サユキ様。そして、蒼雷の騎士アルトリエル・フォン・ファーレンシュタットきょう。どうか私を……この世界をお救いください。私はエンデウィル、【ブライダリア】の結末にして未来です。願わくば私を、結実への意思へ……【エンシェントハング】の元へ」


 説明を求めてサユキが、緋瑪とヒメを交互に見やる。その横で鎧をガシャリと鳴らして、突如アルは身を正すと胸を叩いた。高らかな宣誓せんせいの声が夜の森に響く。


乙女おとめよ、いかなるよこしまな術でかような姿に……だが安心めされよ! このアルトリエル・フォン・ファーレンシュタットが、必ずやお力になりましょう。蒼雷の騎士の名にかけて」

「感謝します、ファーレンシュタット卿……貴殿の剣に輝石きせき百花ひゃっかの祝福があらんことを」

「どうかアルと……くっ、奴にきざまれた古傷が疼く……」


 調子のいいことをと、緋瑪はエンデウィルを軽くにらむ。杖の装飾である小さな天使像に今、アルはうやうやしく頭を垂れながら、しきりに震える右手を押さえこんでいた。

 少し困惑した様子で、サユキがエンデウィルをまじまじと見やる。


「……っていう設定のキャラなんですよー、ってことでいいのかな? セキトくん」

「え、あ、その……設定、というか」


 どぎまぎと要領を得ず、ひたすらエンデウィルに隠れるようにすがるしかない緋瑪。

 そんな主の手の中で、エンデウィルは言葉を続けた。


「ゴホン! マスターはあの、ちょっと人見知りする方で。サユキさん、アルさんも改めてお願いします。私を【エンシェントハング】のところまで連れていってください。私は突然の不具合によって、【エンシェントハング】から分離してしまったエンディングデータなんです。私が【エンシェントハング】と統合されない限り――」

「……っていう設定かー、ちょっとメタ的ね。嫌いじゃないけど」

「いや、サユキさん。それがどうも本当らしいんです。僕、セキトさんと【プレイシェアリング】したんですけど」


 一人と一本の間に割って入り、ヒメがフォローを始める。緋瑪は安堵あんどの溜息をこぼした。


「ヒメがプレイシェアリング? へー、珍しい……」

「論より証拠、サユキさんもプレイシェアリングしてみてください。ビックリしますから」

「ふむふむ……まー、悪い子じゃなさそうだし、いっか。どのみち私、ヒメやアルの他に、もう一人イベントに誘う気だったのよね。一応最後のイベントだし……じゃあセキトくん、気を楽にしてねー……フフフ、痛くないからねー」

「サユキさん、なんかオヤジっぽいですよ」


 サユキは即座に念じたメインメニューへと視線を走らせる。


「【プレイシェアリング】関連ばかりはカスタムできないのよね……久々にメインメニュー画面を開いたわぁ」


 緋瑪の視界内にサユキとのプレイシェアリング登録確認のシステムメッセージが走る。話の流れと雰囲気に押し切られて、緋瑪はOKを念じた。


「で? 登録したけど。あ、じゃあセキトくんにも可愛い【ファミリア】を――」


 サユキが言いかけた言葉を思わず飲みこんだ。

 まばゆい光に包まれ、エンデウィルがその輪郭りんかくをまた少し変えてゆく。その装飾はより華美になり、天使像を包む羽は二対四枚に。抱く石は以前よりも輝きを増していた。


「あーびっくりした! こんな武器あった? ってゆーかナニこれ?」

「マジレスすると私はエンデウィル、この【石花幻想譚】のエンディングデータです」

「……マジで?」

「マジです。そんな訳で申し訳ないですが、マスターを鍛えて私を【エンシェントハング】まで連れてってください。私と統合されない限り、【エンシェントハング】は倒せないんです」

「【プレイシェアリング】のシステムに関しては、プレイヤーが絶対にれられない仕様だけど……それに連動してるアイテムってことは、自作データではない訳ね。エンディングか、ふむ」


 こうして緋瑪は、ヒメとその仲間達の世界でエンシェントハングを目指す。半信半疑のサユキも、偉大な使命への挑戦に心酔するアルも緋瑪を手伝ってくれることになった。

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