第8話「無限の可能性」

「っと、俺だけじゃなかったか。こんばんは、お二人さん」


 不意に一人の男が、緋瑪ヒメとヒメの前に現れた。すぐにヒメは挨拶を返し、緋瑪も口ごもりながら同じ言葉を繰り返した。

 男の視線から逃げるように、気付けばヒメの影へと緋瑪は後ずさる。男は二人の冒険者を交互に見て、宝箱の山に感嘆かんたんの声をらすと……やれやれと肩をすくめた。


折角せっかく作ったんで、最終決戦前にためちとしゃれこんだが……悪い、レベル上げの邪魔しちまったかな? それともデートの邪魔か。どっちにしろスマンスマン」

「いえ、ちょうど一段落ひとだんらくしたところです。邪魔だなんてそんな」

「まー、コイツの評判はいろいろだしさ。俺としても身内と細々楽しみたい訳よ」

「極度に嫌うプレイヤーもいますからね、は」


 ヒメと言葉を交わす男の手には、いまだ煙を上げる長銃ライフルが握られていた。


「まぁ、【エンシェントハング】用に一丁新造した訳。次のイベント、フレと行くんだけどよ」

「僕が聞いた話では、最近だと銃使いは随分減ったって」

「まー、銃耐性のあるモンスターも増えたしな。俺は昔っからコイツで遊んでるんで、最後までこれで通すけど。理解ある前衛ぜんえいのフレがいて助かるよ」


 さすがの緋瑪も違和感を感じた。

 弓矢ならまだわかるが、どう見ても男が抱えているのはライフル銃だ。

 服装もどこか、兵隊さんの野戦服を思わせる。

 緋瑪の視線に気付き、男は気まずそうに笑うと一歩下がった。


「ま、ほんじゃ俺も少しうろつくからよ。ここらへんでするわ」

「お気をつけて。【エンシェントハング】の討伐とうばつ、上手くいくといいですね」


 ヒメの言葉に手を振り、男は笑顔を返して――そのまま光となって夜空へと消えてしまった。男の口ぶりでは、ログアウトした訳ではなさそうだ。まるで最初からいなかったかのように消え去った。火薬のにおいももう、微塵みじんも感じない。


「マスター、

「分岐? 何、それ」


 思わずエンデウィルの先端に光る石を、じっと見詰める緋瑪。


「【ブライダリア】は基本的には、古典的な剣と魔法のファンタジー世界なんです。90年代に流行したクラシックゲームの作風を意図的いとてき踏襲とうしゅうしてるのですが……創造主は、そこからの広がりを全プレイヤーへとたくしたんです」

「そうなんだよ、セキトさん。それがこの【石花幻想譚】を大ヒットゲームにした【プレイシェアリング】なんだ」


 エンデウィルの説明にヒメが続いた。


「例えば今の人、鉄砲てっぽうを持ってたよね? あれは本来、デフォルトの【石花幻想譚】には実装されていない武器なんだ。でも、自作のデータを持ちこんでの拡張かくちょうは認められてる」

「だからマスター、この【ブライダリア】はプレイヤーの数だけ世界観があるんですよ」


 難しい話になってきたので、緋瑪は混乱した。

 つまり、ヒメのように素手で戦う人もいれば、先程の男のように鉄砲で戦う人もいる。ゲームならば当たり前に感じるが、先程の違和感も思い出された。

 鉄砲はどこか、この世界観には場違いのような気がするのだ。


「で、個々のプレイヤー同士が世界観を融合ユニゾンさせて共有するのが【プレイシェアリング】なんだ。僕やセキトさんは今の人とは【プレイシェアリング】してないから、だから互いに世界を分岐させることができる」

「む、難しい」

「今の人は鉄砲が当たり前の、自分とその仲間達だけの【ブライダリア】に分岐……旅立った、って感じかな? セキトさんはまだ僕と、デフォルトの【ブライダリア】にいるって訳」


 つまり沢山のブライダリアがあって、プレイヤーはその中から好きなブライダリアを選んだり、自分の好みのブライダリアを作ったりしてるとヒメは言う。

 漠然ばくぜんとだが緋瑪は理解した。いとしい三国志などの世界に鉄砲があったら、雰囲気ふんいきがブチ壊しである……だから鉄砲が好きな人は、好きな人同士の世界を作る。それがどうやら【石花幻想譚】の最大の魅力らしかった。


「ま、難しく考えないで、セキトさん。僕等ぼくらの世界はデフォルトとほぼ同じ……まあ、ほとんど今と変わらないんだよね。ほとんど、うーん……うん、ほとんど同じだ。ただ……」

「た、ただ?」

「【プレイシェアリング】は、価値観の違うプレイヤー同士を住み分けさせる機能だけじゃないんだ。副次的なものだと言われてるけど、フレンド登録機能もあるというか、つまり」


 初めてヒメが口ごもった。


「セキトさんの旅に今後も付き合いたいんだ。もう過度かどに構わないから……駄目かな?」


 意外な申し出に、緋瑪の思考が停止した。ぽかんと半開きの口からは、ハイともイイエとも、カンガエテミマスとも言いだせない。


「今まで僕、ずっと人のレベル上げの手伝いしてたんだけどね。わざわざ時間作って、毎日。でも、なにが一番その人の助けになるのか……それがちょっと知りたいんだ」

「マスター、【プレイシェアリング】しましょう! 三者三様さんしゃさんように好都合じゃないですか」


 エンデウィルの言葉は後半、緋瑪にだけささやくようにひそめられた。

 確かに好都合……緋瑪はヒメに近付ければ、その真意や人となりを探りやすくなる。ヒメはレベルが高いらしいので、【エンシェントハング】を目指すエンデウィルは願ったりかなったり。加えてなにより、その関係をヒメが望んでいるらしかった。


「じゃ、じゃあ、します、その……お願いします」

「よかった。じゃあ、改めてよろしく。こっちで設定するね」


 ヒメは他者には不可視のメインメニューに視線を走らせ、【プレイシェアリング】を実行する。緋瑪の視界にも、その申し出を受けるか否かのシステムメッセージが表示された。

 柔らかな緑色で点滅するOKボタンを、緋瑪は視線で押しこんだ。

 これで緋瑪とヒメは、ゲーム内ではいわゆるフレンド……仲間。

 思えば、そう呼べる関係を他者と初めて持ったと気付いて緋瑪は驚く。だが、続ける自信はない。これから先、短い期間とはいえ一緒にゲームを遊ぶ。その仲間であるヒメと、峰人ミネトとうまくやっていく自信がない。想像すらできない。

 何より緋瑪はストーカーまがいのことをして、ヒメの秘密を探ろうとしているのだ。満面の笑みで微笑ほほえむヒメを前に、罪悪感を感じて溜息ためいきこぼれた。

 瞬間、突如右手のエンデウィルが光り出した。


「え、ええ? ちょっとエンデウィル、光っ……な、なに!?」

「へー、凄いねそれ。ただの初期装備だと思ってたけど、やっぱり自作データですか?」


 ヒメの言葉に首をふるふる振りながら、緋瑪はまぶしいエンデウィルを顔から遠ざけた。簡素な装飾のエンデウィルが、徐々に姿を変えてゆく。

 【蛍藤ノ森ホタルフジノモリ】を煌々こうこうと照らす光が弱くなり、完全に消え入ると……エンデウィルは変化していた。簡素だった先端は今、精巧せいこうな天使像が石を抱き翼をたたんでいる。


「マスター、これは……キター! 私のパワーうp、キター!」


 エンデウィルの歓声に、呆気あっけに取られていた緋瑪とヒメが顔を合わせる。


「マスター、これは予想外でした……私は【エンシェントハング】から分離させられた後、マスターの初期装備に圧縮され、強制固定アイテムとしてマスターのキャラデータに連動させられたんです。どうやらマスターのパラメーターと私のアイテムとしての性能は、一部の変数が共有されているみたいですね。つまり」

「エンデウィル、わかりやすく簡潔にお願い」


 今にもつばが飛んできそうな勢いで喋るエンデウィルに、緋瑪はもっとくだけた説明を求めた。その横ではヒメが、杖と持ち主の奇妙な会話に呆然ぼうぜんたたずむ。


「つまり、マスターの【プレイシェアリング】のデータと私の性能データがリンクしてるんです。私にとってそうであるように、私を今の状態へとおとしめた者にとっても、これは予想外でしょう。よかった……マスター、私という固定装備もこれで不利にはなりませんよ」


 つまり、【プレイシェアリング】をすればする程、エンデウィルの性能は上がる。高性能な杖の存在は、魔法の威力を左右する大事な要素らしい。まるで小躍こおどりしているかのように息を弾ませるエンデウィルと、それを手に不思議そうな顔で小首を傾げる緋瑪。

 そして、我に返ったヒメが言葉をはさんだ。


「あ、あの……ちょっと、いいかな。その杖、エンディングのデータだっていうのは……」

「はいっ! 私は【エンシェントハング】から分離させられた、このゲームのエンディングなんです。もー、ヒメさんにもさっきお伝えしたじゃないですか」

「いや、だってほら……そういう設定のなりきりプレイなのかな、って……つまり」

「私は【エンシェントハング】まで連れてってもらわないといけないんです。そうしないと、この世界に創造主の示す未来はおとずれません……ヒメさんもどうか、よろしくお願いしますね」


 驚きを隠さずヒメは、ゆっくりと緋瑪に向きなおった。本当なのかと問うような視線に口をもごつかせながら、緋瑪は首を縦に振るしかなかった。

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