第6話「謎が謎を呼ぶという、謎」
帰宅するなり、
「なに? 助けて貰うの二度目だね、って……」
問い詰めるような言葉は、相手へ向けられることなく
確かなのは、峰人にとって緋瑪は、ただのクラスメイトではないということ。
早く確かめたい。
峰人の真意を。
不安の渦巻く雑多な感情が、胸中をくまなく支配する。
それを相談する相手も持てぬまま、緋瑪はリビングのソファに身を投げだした。視界に薄く浮かぶデスクトップイメージの、宝石に花びらをあしらったアイコンへ意識を向ける。
実行を念じれば、一瞬の浮揚感の後……再び落ちてゆく感覚。緋瑪は【ユニバーサルネットワーク】の広大な
眩い光に目を
早速、握る手のエンデウィルが元気に語りかけてくる。
「マスター、おいすー! お疲れ様です!」
「お、おいすー……って。な、なにそれ、
「いやー、運営開始から長いもので……古い会話ログでした。それよりマスター」
「そうだ、ええと、
この場にいる者の大半が、現実世界に存在する生身の人間。そう思えば、なまじリアルなだけに、緋瑪は
ゲームだとわかっていても、やはり緋瑪は踏み出す勇気が持てなかった。
「七時ジャスト、マスター! 早く
手の中でエンデウィルが急かす。
冒険庁とは、ゲーム内のインフォメーションセンターみたいなものだと緋瑪はマニュアルで読んだ。興奮と感動の冒険物語は、毎日毎晩この場所で絶え間なく生まれている。
「あ、あの中にいるんだ。
「
緋瑪は深呼吸に薄い胸を上下させた。
そして、改めて冒険庁の人混みを見やる。
笑い声に
レンガ
やっと緋瑪は庁舎内へ進んだが、すぐさま出てきた者達に追われるように取って返す。出てきた冒険者達は、小さなセキトなどお構いなしだ。
「急ごう、時間ないし! 今日だけで七つ、八つはレベル上げたいね」
「Aランクのクエを回せばすぐっしょ。
「もう少し武器と防具がね。【エンシェントハング】って結局、何属性が効くのさ?」
「さー、何やっても効果がないってさ。昨日、フレが
クエはクエスト、フレはフレンド……
緋瑪が真っ先に確認するのは、レベルや職業よりもまず名前。
「因みにマスター、水特化の花魔というのは、水属性の魔法スキルだけを集中して習得した花の民の魔術士のことですよ……マスター? 大丈夫ですか? 時にもちつけ……もとい、落ち着いて下さい」
「あ、うん。その、苦手なの。人混みというか、こう
それは壁一面を覆う巨大な木の板。掲示板の名の通り、さまざまな張り紙が場所を奪い合っている。その大きさや色は様々だが、どれもが冒険者達への仕事の依頼、クエストらしい。
口々に言葉を
「マスター、
「うん、ええと……」
「クエストに出発されたらアウトです。私の持ってる会話ログによれば、この時間に大掲示板前にいるのはほぼ確実ですから。片っ端から名前、確認してみてください」
「わ、わかった、やってみ――」
目に映る
――する必要はなかった。
その姿に緋瑪は
「マスター? どうですか、見つかりましたか?」
それはまるで、鏡を見るような錯覚へと緋瑪を叩き込んだ。しかし、鮮やか過ぎる赤毛が、本物の黒髪と違うと主張する。絶妙な
目の前にいるのは間違いなく――自分自身だった。
三つ編みに
目の前の面影が、色違いの自分へと綺麗に重なる。
「んー、今日も目新しいクエストはないな。んじゃま、いつもの……ん?」
緋瑪の視線に、眼前の少女が振り返った。
その名を確認するまでもなく、
「こんばんは、どうかしましたか?」
「え、あ、あっ、あの……その、ええと……」
自分の名で峰人が、オンラインゲーム内でなにをやっているのか。その謎は
湧き上がる感情が制御不能となり、パニック寸前の頭がそれを処理しきれない。緋瑪は
「そそそ、そっ、その……その格好っ!」
辛うじて
「ああ、これ。自作のキャラデータなんですけど。そっちはデフォルトキャラですね、今時珍しいな……あ、いや、僕はいいと思いますけど。公式のデフォルトキャラって逆に新鮮だし」
自分に似てるといえば似てる声のヒメは、口調から間違いなく、峰人の操るキャラクターだと緋瑪は感じた。
なぜ、この事態を予想できなかったのだろう?
もっとも、緋瑪にはこのゲームで……【石花幻想譚】でここまでのキャラクターメイキングができるとは思ってもみなかったが。
緋瑪が普段は絶対にできない表情で、笑顔でヒメは喋り続ける。
「ええと、セキトさんはもしかして初めての方ですか?」
「は、はっ、はいぃ」
「やっぱり。セカンドキャラ以降として育てなおすなら、もっと
自分自身と話す、その奇妙な違和感は次第に緋瑪の中で薄れていった。
確かに眼前のヒメは、見た目はそっくりそのまま緋瑪そのもの。しかし、その表情やしぐさ、なにより人当たりの良さはまるで別物だった。
次第に緋瑪とヒメは
「あっ、あああ、あの……」
「はい」
震える声の緋瑪に、眼前のヒメが
それでも何とか、喋ろうと口を開いた瞬間だった。
右手のエンデウィルが声を上げた。
「マスター、こちらの方がお探しのヒメさんでしたか? ひょっとしてお知り合いで――」
「エッ、エンデウィル!」
「はい、マスター。なにか……あ、人違いでしたか?」
「いや、あの人が探してたヒメだけど……多分。でも」
そう言って肩越しに、もう一度振り返って。その時始めて、緋瑪はきょとんとこちらを見詰める赤毛の少女を読み取った。キャラクターの名前は、確かにヒメだった。
「マスター、おめでとうございます! やっと出会えたんですね」
「あ、ありがと……うーん、どうしよう。こんなのって反則だよ、ありえない。なにそれ」
「何か複雑な事情がおありですか? 良かったら
チラチラと背後のヒメを見ながら。大体のあらましを緋瑪はエンデウィルに語った。
「おk
「わかった? こんなの、わたし困るじゃない。やだ、なに? なんなのもう」
「はあ、まあでもこれはその、表現的には非常に不器用というか遠回りというか」
「なに?」
「え、あ、うーん……気付きませんか、マスター」
「だからなに?」
「……気付かないならいいです。でもマスター、私の持つ会話ログでは、ヒメさんは特にゲーム内で
「ヒメたんハァハァ? なにそれ、ゲーム用語?」
「まあ、
一瞬で緋瑪は、耳まで真っ赤になるのを自覚した。どこまでもリアルな感覚の再現は、その
何もしてない……されてたまるものかと心に叫ぶ緋瑪。
「じゃ、じゃあなにをして……あ、確か」
「そこです、マスター! 私に名案があります。幸いヒメさんは、私が今の状態になった時点でかなりの高レベルのキャラクターですから。そこでですね――」
緋瑪はまた、峰人の日記の一節を思い出した。それを裏付ける会話ログをエンデウィルも振りかえりながら、提案をしようとしたその時。
不意に背後から、ピョコリとヒメが顔を出した。両手を後で組んで、腰を
「あの、セキトさん? ひょっとしてなにかお困りですか?」
「あ、いえ、その、別に」
ほどよい胸の膨らみは、インナーに収まり
ほんとうだろうか、と緋瑪は
我ながら美少女に
「あ、ありえない……わたし、そんなにスタイルよくないし」
「え? 何がですか? そうだ、もし勝手がわからないなら、よければ僕が」
「そ、それは、ちょっと」
「はは、そうですか。まあ初めては色々とわからない事も多いと思いますけど。あと少しでサービス終了ですが、セキトさんも楽しんでくださいね。じゃ」
「あ、いや、まっ! ……待って」
去りかけたヒメを、辛うじて引き止める。振り返る形良い鼻先へと、緋瑪はエンデウィルを突き出した。
先程エンデウィルが言いかけた、名案とやらに全てを賭けてみる。
緋瑪は今思考が停止してしまったから。
ヒメの名で、緋瑪の格好でゲームを遊んでいるだけ。主に、初心者の手伝いを中心に。
だが、それに自分がどう対処すればいいのかがわからない。
そもそも、今抱いてる感情が怒りなのかどうかも、緋瑪にはわからなかった。
「えと……これは。セキトさんは魔術士だから、確か
「私はエンデウィル。拳士ヒメ……どうかあなたの力をお貸しください」
ヒメが硬直した。
口を半開きにして、しきりに
「杖が
「
エンデウィルは自分の持つ、膨大だが限られたログを駆使して、ありったけ飾った言葉で言い放った。
緋瑪もヒメも、呆気に取られて言葉を失った。
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