第4話「ささやかな大冒険」
「待って下さい、マスター! 【ロード・ブライダリア】なんて別にわざわざ話さなくても」
「でも
「そんなことよりマスター、マスターの目的とかもですね! 王城は! あの!」
「どしたの? そんなに
すぐさま緋瑪は広場を後にした。王城へと小走りに、
「エ、エンデウィル、もっと小さな声で話して……恥ずかしいから」
「フヒヒ、サーセン」
「え?」
「あ、いえ、
【王都テルアコン】のメインストリートは、真っ直ぐ王城へと続く。緋瑪は道程、おっかなびっくり
「ねえ、エンデウィル。あなたの事情は聞かせてもらったけど。わたしにもちょっと、やらなきゃいけないことがあるの。やらなきゃいけない、というか……ちょっと、ううん、かなり気になるというか」
「はい……マスターにもマスターの都合がありますよね」
「そうなの。わたし、人を探してる。だから――」
つまるところ、エンデウィルはゲーム内の不具合、バグなのだ。そしてエンデウィルが固定装備として設定されてしまった自分の状態もまた、本来のゲームの仕様にそぐわない存在である。
つまり緋瑪のキャラクター、セキトはバグっているのだ。
であれば、最も適切な処置は明白だった。
「GMを通じて、運営チームに報告したらどうかな? ほら、ここに居るんでしょ?」
巨大な門を守る
「ちょ、おまっ――あ、いえ、マスターそれは」
「ま、短い付き合いだったけど。エンデウィル、ちゃんとなおしてもらえるといいね」
エンデウィルの言葉を
これなら自分でも、と思った緋瑪はしかし、鋭い視線で
「
よくぞと言うものの、全く
高圧的な声は、恐らく演出なのだろう。緋瑪は何度も胸中に呟いた。相手はデータ、相手はキャラクター……そうして自分を奮い立たせ口を開いた瞬間、頭上から衛兵の声が響く。
「現在、【ロード・ブライダリア】は【エンシェントハング】の第七次攻略戦へと
緋瑪の
が、そもそもGMがモンスター退治に明け暮れてていいものだろうか?
「え、ええと、あの……」
「冒険者よ、よくぞ参られた。王城に御用ですかな?」
現実世界がフラッシュバックした。
ゲームのキャラクターに過ぎぬ眼前の衛兵に、苦手な他者との人間関係が重なる。
「その、わたし……」
「現在、【ロード・ブライダリア】は【エンシェントハング】の第七次攻略戦へと出兵中です」
「あっ、あのっ! ふ、不具合を……報告、しよ……」
不意に衛兵の
『【石花幻想譚】をプレイしていただき、
「は、はい……どうも」
設定された
「ふぅ、びっくりした……でも、管理者自らゲームに夢中だなんて」
「あ、あの、マスター」
「ん? 何?」
「GMには、ゲーム内のイベントを盛り上げるという仕事もあるんです。この【ブライダリア】で
「なるほどね。まあいいや、わたしの用が済んだら不具合報告して、なおしてもらおうよ」
「マスター! ……その、マスターの用事というのは、人探しなんですよね?」
取りあえず緋瑪は、じっと見下ろす衛兵から離れた。そのまま王城の
しかし、そんな緋瑪が先程から、何故か不思議と普通に対話できる相手が存在した。それは今も、右手の中で言葉を選んでは投げかけてくる。
「私、マスターの人探しに協力できると思います。私はエンシェントハングから分離するまでの、全プレイヤーの会話記録……ログを持ってますので」
「ええと、つまり?」
「マスターがお探しのキャラクターが【ブライダリア】に……この【石花幻想譚】の中にいるなら、必ず誰かと会話をしている筈です。その記録を私は持っているんです」
「ああ、なるほど……」
「お名前はなんと仰るんですか?」
「……ヒ、ヒメ、だと思う。多分」
改めて口に出して見て、緋瑪は複雑な心境に
このブライダリアのどこかに、自分の名前を使って
「顔、赤いですよ? あ、マスターもしかしてコレですか? コレ」
「なっ、別に……何、コレって」
「いえ、済みません。このログはどうも、身体のない私では無意味な言葉みたいですね。小指ですよ、こ・ゆ・び」
エンデウィルはニヤニヤと笑った。杖である彼女の先端で、はめこまれた石だけが時々光る。それをじっと
峰人を見つけて、それからどうしよう……自分はなにがしたいのだろう? なんと言って
考えは
「マスター、お探しのヒメさんは石の民でしょうか? それとも花の民」
「ええと、何だっけそれ……」
エンデウィルの声に、緋瑪はゲームの世界へと引き戻された。
「例えばマスターは……ええと、何でしたっけ。済みません、マスターのことは私の持ってるログにはないので」
緋瑪が意識するだけで即座に、視界内にメインメニューが表示される。レベルや各種ステータスの
「確か、石の民だっけかな? うん、石の民だ。
「このブライダリアには、二種類の人種が存在します。即ち、石の民と花の民。同じ名前のキャラクターの場合、魂石や
それがわかれば苦労はしない。
【石花幻想譚】では、特定のキャラクターを検索する機能は標準で実装されているから。名前と魂石、または魂花が解っているなら、今すぐにでも緋瑪は峰人を検索して見つけ出せる。
緋瑪はぼんやりと、先程の衛兵を眺めながら。その直立不動の姿勢を
こんなことなら、峰人の日記をコピーしておくべきだった……そんな考えが一瞬頭を過ぎり、慌てて緋瑪は否定する。ただでさえ今、少しばかり後ろめたさを感じているから。やはり人の日記を
しかし――
「日記と言えば、確か……エンデウィル、ログの内容ってどんなことがわかるの?」
「誰がどこで会話したか、その内容や発言した日時ですね」
読んだ日記の一部を思い出し、緋瑪はそれに
「初心者に親切なヒメ、って特定できないかな?」
「みんな、初心者には親切だと思いますよ……特別な状況や余程のことがない限り、プレイヤーの皆さんは親切です。みんな、いい人ですから」
やりすぎの人も居ますけど、と結んでエンデウィルが笑った。それはどこか、我が子を自慢する母親にも似ている。この世界のはじまりからずっと、数多のプレイヤーを見守ってきた彼女らしいと、緋瑪も
そして緋瑪の峰人探しは振り出しに戻った。
「困ったな、時間ないし」
「はい、時間がありません。それで、あの……マスターはやっぱり……」
「うん、後で運営チームに報告しようと思うけど。駄目かな? エンデウィルにとっても、それが一番だと思うんだけど。だってわたし、初心者だよ?」
「【エンシェントハング】に触れるだけでいいんです……ゲーム内からなら触れるだけで、私は【エンシェントハング】に
それは難しいと、初心者の緋瑪でもすぐにわかった。
「運営チームを通す場合、恐らくゲームを止めての長期メンテナンスが必要になると思うんです。それは手続き上しかたがないですし、手順としては最も適切なんだと思います。でも……私は今、創造主の定めた未来へ向うこの世界を止めたくはないのです」
「でも、倒せないと知らずに【エンシェントハング】と戦ってる人達もいるんだし」
「はい……だから、苦しくて」
それっきりエンデウィルは黙ってしまった。緋瑪もかける言葉が見つからない。
物語の結末、データの集合体であるエンデウィルが、まるで人間のようにわがままを言う。自分でもわがままだと知るゆえか、声も出さずに黙ってエンデウィルは震えていた。
「……済みません、マスター。おかしいですよね、私はただのデータなのに」
「ん、まあ。でもデータだからかな? わたし、エンデウィルとは普通に喋ることができるし……それにやっぱり、居てくれたら嬉しいかな。べっ、便利なアイテム? だし」
「マスター、それって……」
「と、とりあえず! もう少し人探し、付き合って。わたしも取りあえずレベルをあげて、やってみるから……
「ツンデレキタコレ! あ、いや、すみません……喜びのあまり、不適切なログが
エンデウィルの笑顔が、緋瑪にはまるで見えるように感じた。我ながらお人好しなことだと苦笑しつつ、エンデウィルを軽く大地に突いて立ち上がる。
「さて、そろそろ宿題を片付けて寝なきゃ。もうこんな時間だし」
「あ、それならお夜食にベコまん! 王都名物のベコまん食べましょう、マスター」
「……嫌よ、夜に食べると太るもの。って、ゲームの中なら関係ないか」
現実世界と時間が同期しているので、ブライダリアも夜である。
「じゃ、今日はログオフするけど。明日からその、本格的に」
「はい、じゃあまたお待ちしてま――あ、マスター! あっ、あの!」
「何?」
「さっきの話なんですけど……」
「ああ、大丈夫。運営チーム報告とかしないから。少なくともエンデウィルに黙ってしたりはしない。約束する。ふふ、ますます秘密のゲームになっちゃったな」
「そうじゃなくて、ヒメさんです! 初心者に優しいヒメさん! 過去ログの中に、毎日決められた時間に初心者を手助けしてるヒメさんが居るんですけど……」
緋瑪の鼓動が高鳴った。同時に思い出される日記の一文――
「
「毎日夜の七時、場所は
現実とリンクした時刻の表示を念じれば、もう十時過ぎだ。
「うっ、こんな時間。エンデウィル、とりあえず明日……明日、その冒険庁? とかってのに行ってみる。付き合ってくれる?」
「はい、マスター! よかった、突然ログアウトされてキャラクターを削除されたりしたら、本当にどうしようかと」
「まあ、そんなに
なにより、こんなに喋ったのも久しぶりで、もしかしたら始めてかもしれないから。緋瑪は再会を約束して、明日の学校に
おやすみなさいと
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