第2話

 それから、ルトとラウラは一緒に暮らすようになった。

 もちろん、ルトが好奇心に突き動かされたからではない。いや、それも少しあったかもしれない。

 ラウラの提案(一方的な宣言)で心揺れたルトを、ラウラが強引に引っ張ったのである。


 ルトが嫌がればラウラが物理的にルトを移動させる手立てはなかった。そこから、ルトが嫌がってなかったことがわかる。



 ラウラと一緒に暮らしてみて、ルトが知ったことは、ラウラは自称した通りの読書家であったことだ。

 いや、読書家とはだいぶよく言ったものである。実際のラウラは本の虫であった。


 ラウラはどこから集めてきたのか分からないような大量の本を洞窟の中に貯蔵していた。小鳥にとっては大きなこの洞窟を巣とし、本に囲まれ住んでいる。


 しかも、一度、本を読み始めると寝食忘れて、ひたすら本を読んでいる。本を読んでいる間は、おしゃべりなラウラが一言も発さなくなり、ルトが話しかけても気が付かない。大した集中力である。



 話を聞けば、あの湖に落ちた日は、本を読み終わったあと、お腹が空いていたことに気が付き、食料を求めて飛んでいたそうだ。

 飛んでいたのだか、眠気が急に襲ってきて、湖の上で意識を失った結果、落ちていたらしい。


 なんとも、生存本能の薄い鳥である。それを聞いたルトは呆れた。



 さらに、そのような目にあったことは、初めてではないようで、食虫植物に捕まったり、木にぶつかったり、犬に咥えられたり、木から落ちたり、木の実を食べながら寝てしまい喉に詰まったり、、、。


 ルトは、呆れるのと同時に感心した。よくここまで生きてこられたものだと。口に出すことはなかったが。



 そんな中でルトがラウラのお世話係になるのに時間はかからなかった。お世話係と言っても、食事を用意し、掃除し、ラウラに食料を与えることが仕事であり、自由にできる時間はたくさんあった。


 そこで、ルトは、片っ端から本を読むことにした。



 しかし、ルトの前に大きな問題が立ちふさがる。

 湖のそばで生きてきたルトは、文字を読むことができなかったのである。つまり、本を読んで世界を広げる前に、文字を覚えて読めるようにならないといけないのだ。


 ラウラの巣には何ヶ国もの本が並び、中には、古代文字で書かれているものもあった。

 本を片っ端から読むには、世界中の言語の習得が必要である。


 生まれてこの方、困難にぶつかったことのないルトにとって、大きな壁であったが、ルトは柄にもなくワクワクしていた。


 まず手始めに、何からしようか悩んでいると、


『言語を学ぶなら、まずは、自分の話す言葉を読めるようにするべきよ!

それを基準として他の言葉を知っていくの!そっちのほうが遥かに効率的だと思うわ!

まぁ、あたしは話すこともできないからほんとに1からだったけどね!あたしは天才だから?どうにかなったけど、ルトには無理だと思うわ!


そうねぇ、、、

この辺の絵本なんてどうかしら?』


 ラウラが選んでくれたのは、人間の女の子が主人公の絵本だった。絵が大きく描いてあり、文字が少なく読みやすかった。


 さっそく、ルトは読んでみることにした。が、1文字目から、なんて書いてあるのかわからない。仕方なく、ラウラに読み聞かせをしてもらうことにした。


『仕方ないわねぇ!ここはお母さんが読んであげるわ!』



 ラウラは頼まれたことが嬉しかったのか、毎回、自分の本を読み始める前にルトに絵本を読んでくれた。


 ラウラが一冊本を読む間中、ルトはおなじ絵本を何度も何度も読み返した。おかげで、ルトは自分が話している文字を早々に習得してしまった。

 いつものように、読んでもらいたい絵本をラウラのところへ持って行くと、


『これって、東の大陸の絵本じゃない!

あなたの話してる言葉とは違うわよ?』


「私の話す言葉は読めるようになったから、次の言葉を覚えたくて、、読んでもらえない?」


 ラウラは驚いていた。正直、文字を覚えるまでにもっと時間がかかると思っていたのだ。それに、ラウラは読み聞かせはしてあげていたが、何も教えてはいなかった。


『もう覚えたの?結構早かったわね!

別にいいわよ!いくらでも読んであげるわ!

あなたは私と同じで天才なのかもしれないわね!』


 そこから、ルトは様々な言葉、文字、言語に手を出していったが、自分の話している言葉のように習得するのは難しかった。

 更に、言語だけでなく、文化、文明の差がルトの前に立ちふさがった。

 やっと読めるようになった言葉の単語の意味がわからないのである。


「ラウラ、ちょっといい?わからないことがあるのだけど、、、」


『なになに、どうしたの?読めない文字でもあったのかしら?まかせなさい!このあたしにかかれば、なんだって、、、』


「ば、し、ゃ、って何?」


『ばしゃ?馬車ってあれじゃないの?馬が車を引くやつ!、、、、、あ、なるほどね?見たことないのか!確か、この辺に、、、あ、ほら、あった!この絵に描いてあるのが馬車よ!』


 ラウラは、とてつもなく分厚い大きな本を引っ張り出してきた。ルトは、あの体でどうやって本を運ぶのか疑問に思いつつも、今更だったので、質問するのはやめておいた。ラウラが持ってきた本には、絵がたくさん描かれていた。


『これはね、図鑑っていうのよ!こういうふうに、絵と文字で説明してくれるの!文字だけで説明してくれる、辞書って言われるのもあるんだけど、とりあえず、ルトが必要なのはこっちね!馬車っていうのは、こういうふうに馬が、車輪のついた箱を引っ張るの!人とか、物とかを簡単に移動させてくれるらしいわよ!ほかにも、、、、』


 ルトは、ラウラの話なんて耳にも入っていなかった。ラウラの見せてくれる図鑑に釘付けだったのだ。今まで見たことのないものがたくさん描かれていた。色までついており、ラウラの心をつかんで離さなかった。


『ふふ、、、仕方ないわね、、、』


ラウラはルトが夢中なことに気づき、話すのをやめ、静かに自分の本を読みはじめた。

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