小さな愛
露薫
第1話
広い広い森の中、小さな少女が一人で座っていた。
少女は、腰までまっすぐに伸びた深い藍色の髪を風になびかせ、深淵まで覗くような深い藍色の瞳で湖を眺めていた。
彼女は息を呑むほど美しいが、表情が変わらないことが残念に思える。
彼女は森の中にある大きな湖に生まれた、湖の妖精である。
湖の周りには他にも多くの妖精が生まれていた。妖精である彼女たちは、自分の色をまとい、少女の姿で生まれてくる。鮮やかな色をまとった少女は、楽しいことが好きなため、湖の周りはいつでもにぎやかであった。深く考えることができず、人間相手にも恐れずいたずらを仕掛ける。
人間からすると、小さな悪戯が大きな災厄に繋がることもあるため、妖精は厄介な隣人であった。また、大人に見ることはできないが、子供には見ることができた。
そんな中に生まれた湖の妖精は、どこか異質であった。
髪の色も、瞳の色も光を当てれば、藍色だとわかるが、ぱっと見、黒にしか見えず、湖の凪いだ水面のように変わらない表情と落ち着いた雰囲気が、周りの子たちから彼女を浮かせていた。彼女は他の子と違い深く考えることができた。考えた結果、わざわざ他人に関わることをして来なかった。
また、妖精の背丈は葉っぱの影に隠れられるほどしかないのに、彼女は人間の6歳の子供ほどもあり、他の子と戯れることは難しかった。
彼女は、それを特に悲しいとは思わない。ただ、ただ、自分は他の子たちとは違うのだという認識を持つだけであった。
生まれてからどれだけの年月が経ったのか、いつもと同じように他の子たちが湖で戯れるのを見ていた。
生まれてから変わらぬ風景は彼女にとって、つまらないものだった。戯れている他の子にたいしても、よく飽きないなと思うし、なにか変わったことが起きればいいのにとも思っていた。
どんなに彼女が異質で、落ち着いているとはいえ、やはり彼女も妖精であった。
急に水しぶきとともに悲鳴が上がり、彼女は遠くに飛ばしていた意識を呼び戻す。
湖の方へ移動すると、彼女の手に乗るほどの大きさの小鳥が浮いていた。
急いで掬い上げて陸に連れて行く。小鳥に手をかざして、目を瞑った彼女は、周りには聞こえないほど小さな声で《治って》とつぶやいた。
苦しそうだった小鳥はどこか安らいだように見える。
普通、妖精と言っても、なにか特別な力を持っているわけではない。小さな体で空を飛び、自然の力を少し借りることができる。そのくらいだ。
彼女は違った。空をうまく飛ぶことはできないが、『治す』ことができた。妖精だけでなく、森の動物、木々や草花の怪我や病気をまるで何事もなかったように元通りにしてしまうのだ。
小鳥が目を覚ます。
それを確認すると、彼女は何事もなかったかのように、小鳥に背を向けて歩きだした。
しかし、それを許さぬものがいた。小鳥は彼女の行き先を邪魔するように飛んでいくとひたすら彼女に話しかける。
『ねぇねぇ!あたしを助けてくれたのってあなたなんでしょ?ありがとね!!流石に死ぬかと思ったわ!今回ばかりはもうダメかと思っちゃった!まさか、迷惑な隣人に助けられるとは思ってもいなかったわ!迷惑な隣人っていうのはね?人間があなたたち妖精を呼ぶときに使ってる俗称なんだけど、、、というか、あなたも妖精でいいのよね?あなた大きいのね!それに、魔法使ってたでしょう?あれって、魔法でいいのよね?それとも何か、他に分類されるのかしら?うーん、、、今まで読んだ本の中には載っていなかったわね、、、あぁ、今度また調べてみましょう!やっぱり世界って広いわね!知らないことだらけで面白いわ!今度また、あなたの力見せてちょうだいね!なんの本に載ってるかしら?そうねぇ、、あの本は、まだ、、、』
彼女は閉口するしかなかった。
こんなに小鳥がおしゃべりだとは思わなかったし、今まで、人と接してこなかった彼女には、人(とり?)とのうまい接し方がわからなかったのである。
「ちょっと落ち着いたらどう?」
『あら、ごめんなさい!
あたしちょっと興奮しちゃって!
あたしの名前はラウラっていうの!
あなたの名前は?』
「私は名前がないの。
今まで、名前がなくって困ったこともないし、別に名前はいらな、、」
『そうなの?でも、そんなのもったいないし、つまらないわ!
それに、私があなたを呼ぶときに困るもの!あたしが、名前をつけてあげる!』
「え?いや、でも、、」
『そうねぇ、あなたの髪や瞳は、光に照らすと綺麗な青よね、、青、ブルー、、コバルトブルー、、コバルト、、、コバ?
いやいや、女の子だし、、、
うーん、、、そうだ!ルトってどうかしら!あなたの髪と瞳の色は深い青でしょ?
色がね?コバルトっていう宝石に似てるの!
ちょっと単純かもしれないけど、
コバルトからとってルト!
何より響きが気に入ったわ!』
ルトは驚いた。初対面であり、見知らぬ人(小鳥)に急に名前をつけられたからである。
種族によっては、名が大きな意味を持つ。妖精は、そうではないが、もしそうであったなら、どうするつもりだったのであろうかと考えたのである。
しかし、それ以上に、ラウラに名前をもらって喜ぶ自分に驚いたのである。
ルトにとって、名前は自分を縛るもので、いらないものだったはずなのに。
ルトにとっての生まれて初めて他の人(小鳥)からの贈り物は名前になった。
「る、と、、ルト、、、」
『そうよ!ルト!いい名前でしょう?
これであたしも1児の母ね!
あ、そうだ!
ルトに恩返しをしたいのだけど、、』
「ちょっと待って?1児の母?どういうこと?」
『あら?聞いたことないかしら!名付け親よ!あたしが母でルトが子供!
つまりは家族ね!!興味はあったけど、あたしと番になってくれる奴なんていなかったのよね!なんでかしら?
こんなにかわいい嫁がもらえるなんて幸せなのに!!』
ルトは思った。ラウラが姦しいからではないかと。しかし、家族という響きは何となく好ましく思った。
『そうよ!
そんな話をしたかったわけじゃないの!ルトはあたしに命の恩人なわけでしょ?
だから私が、お返しとして、あなたに世界を教えてあげる!こう見えても、あたしってば、読書家なのよ!』
ルトは、ドキドキしていた。
つまらないと思っていた矢先にこの提案である。ルトにとって世界とは、湖と妖精たちだけであり、ひどく狭いものだった。
世界が広がったら、面白いことも増えるのではないかと考えたのである。
人と関わることにより、世界を広げるのは、自分に襲い掛かってくる危険が増える。
しかし、読書というのは、人と関わらなくていい。
ルトにとって、世界を広げる最適な方法に思えた。
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