第6話 故人の回顧
平太の日記にはこう続けられていた。
「ワシは一太の非凡な才の全てを否定した。一太はすこぶる優秀じゃった。だから、否定した。一太はいつも悲しんでおった。しかし、平凡な事がどれほど幸せなことかということをついぞ伝えることは出来んじゃった」
「ワシは金持ちの次男として生まれた。生まれたはいいが父は母の他にも女をいっぱい囲っておった。ろくに家に帰らんことも多かった。母は母で浮気性じゃったし、家事などはお手伝いさんがしてくれていた。陰鬱な婆さんじゃった。友だちはワシを特別扱いした。金持ちじゃったから。時にはやっかまれた。ワシは辛かった。友だちはおらん。ましてや親友なんぞおらん…辛かったんじゃ。自分の人生の生まれながらにしての不幸を呪った。ワシは家を飛び出した。田舎へ行こうと思った。田舎で誰も知らんような所へ、そして新しい人生を始めようと思った。」
「それを一太に押し付けたのが間違いじゃった。もっと間違いじゃったのは一太の話をワシは全て否定した。聞かなかった。愛情は注いできたつもりなのに、独りよがりじゃったんじゃ。結局ワシは間違っていた。そして、政秀…この子には同じ思いはさせとうない」
政秀は驚いた。平太はいつも政秀の話を聞いてくれていた。時には叱ったりすることもあったのだが、政秀を受け入れて抱きしめてくれていた。祖父から否定される時は祖父はきちんと理由を話した。政秀はいつも納得して聞いていた。
祖父と祖母の記録を見ながらページをめくるうちに、いかに自分が祖父母に愛されて育ってきたかを知った。細かく今日はどこどこに行った。一緒に本を読んだ。学校で友達ができたなど全て書かれていたのである。
そして、12歳になった時、政秀の日記はこれが最後になるということが書かれていた。
「政秀、立派に育ったなあ。父譲りの才覚じゃ。トキの方の聡明さがあるかもしれんのお。政秀、立派に育て、ワシが教えられることはもう少ない。この日記もいつか政秀の手に渡ることになるかもしれんなあ。そうじゃなあ、未来の政秀、いくつになったかのお。健康で元気で生きとるかのう。ワシはそれだけで嬉しいぞ。平凡でなくともいい、苦難の道もええじゃろ。幸福になりなさい。我が道をいけじゃ。これが一太には言えんかった…でも、政秀には言える。お前を信じとるからのお。真っ直ぐに育ってくれた。ありがとう」
「いい嫁さんを貰って欲しいのう。一花ちゃんなんかどうじゃろうか。純朴で少し天然なところがあるが聡明な子じゃ。今度権三に話してみるか」
それで終わっていた。
政秀はいつの間にか温もりに包まれていた。かくも愛されて育ったとは知るよしもなく、今初めて祖父の葛藤と決意と反省とをみたのであった。
政秀はその日部屋を出た。髪は伸びきっていた。髭もぼうぼうだった。政秀は居間にいるトキに謝り、抱きしめた。
「政秀…」
トキはただ、泣いていた。
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