第5話 悲劇の主人公

それからというもの、政秀に訪れたのは哀しみと怒りとそれから虚無だった。

学校にも行かなくなった。亮介が訪ねてきても出なかった。全ての机のものをばらまいて、引き出しを全部開けて放り投げた。服もきちんと畳んであったのにぐちゃぐちゃにしてやった。

全ての整ったものが煩わしさに変わった。

「憎むなと言うな。憎まざるを得ない。僕は棄てられたんだ」

トキは物音を聞き付ける度政秀の部屋に行っては政秀、政秀と呼びかけて泣いた。

トキにはこうなることが分かっていた。平太にもきっと分かっていた。私たちの嘘が孫を苦しめている。突きつけるべきではなかったかもしれないとも悔いはした。しかし、嘘は突き通せなかった。

それから半年政秀は引きこもった。トキが寝ているすきに起きてはテーブルに用意されていたご飯を食べた。風呂にはなかなか入れなかった。祖母が鬱陶しく感じた。それは政秀の思春期以上のそれであった。

気づけば秋から冬に差し掛かった時だった。政秀は部屋でゲームをしていた。ただ、時間を過ぎ去らせたかっただけであった。政秀は一花も拒絶していた。この世の全てを拒絶した。

ふと、ノートの存在を思い出したのであった。混乱と絶望のスパイラルの中で失われていた存在、祖父と祖母のノートだった。

政秀は本を読むのが好きだった。平太とトキがどのような気持ちで自分を育てたのかがだんだん日を追う事に気になって言った。

政秀はノートをとうとう読み始めた。

「今日なんと、ワシの孫が現れた。悲しいみすぼらしい姿だった。だが、一太の子どもの頃にそっくりじゃった。トキは素早かったなあ、ワシもこの子を育てなくてはならない。一太の時と同じ失敗は繰り返したくない」

ノートの1ページ目にはそう書かれていた。

「父さんの時の失敗???」

政秀にはその意味が全く分からなかった。

ページを少しめくった。

「政秀はまだ怯えとる。でも最近は手を握ると握り返してくれる。今日は3人で川まで散歩した。トキには少し心を開いとるじゃろうが、ワシにはなあ。しかし、ここで諦めちゃあダメなんじゃろうな。粘り強うしていかねば」

「一太…ワシは間違えとった。平凡がいい、平凡に生きろ、ワシはそうお前に言い聞かせてお前の才に気づいてやれんかった。トンビが鷹を産んだことになあ。」

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