第4話 真実を告げるもの
政秀は差し出された湯呑みをもった。味気ない地味な赤茶色をしたいつもの湯のみだ。茶を啜ると、トキが静かに政秀を見つめた。その目は少し震えていた。
「爺さんが言おうとしたことなんだけど、私が言うしかないよねえ。そうね」
遠い目をしていた。
「あれは18年くらい前の夏の頃だったわね。ある人がやってきてね。私たちの一人息子が死んだと告げたわ。そして、幼子を一人連れてきたのよ。まあ、痩せてみすぼらしい姿でね。連れてきた人にくっついて離れようとしなかったわ。目は怯えていた…悲しい姿だったわ」
トキはそこで話をやめた。茶を啜った。セミの声がうるさかった。
「聞けば一太は結婚していて子どもがいたのよ。それが、あなたよ、政秀。そして、一太は病気で死んだみたいでね…あなたのお母さんは…名前も分からないけれど…どこかへ行ったわ」
「何それ」
政秀は貫かれた。衝撃、それも信じられない話だった。両親は事故死したのではなかったのか、祖父母は自分に嘘をついていたのか。母はどこへ行った?なぜ、母は…。
政秀は確実に狼狽えていた、視界がぼやけた。トキはすぐに政秀にすり寄って撫でた。トキもすすり泣いていた。
「政秀…それで、私は思ったわ。一太の分までこの子を大切にしようって。私たちが育てようって。爺さんは愕然としてたわ。でも、私は決めたの。だから爺さんも決めたのよ」
トキはゆっくりと政秀の背中を撫でた。小さい頃から政秀に悲しいことがあるとこうやって抱きしめて撫でてくれた。政秀は狼狽していたが、トキのその温かい手には確かに温もりを感じていた。
「母さんはどうしたの」
「どうだっていいのよ。そんなこと。あなたにはでも、大事なことかもしれない。お母さんは一太の財産を全て持ってどこかへ行ってしまったそうよ。私たちは深くは追求しなかったわ。どうだっていいもの」
何たることだろうか、自分は母から棄てられた子だったのである。母…父母がいたら、そんなことを思ったこともあった。しかし、政秀には平太とトキが常にそばにいた。その事実が政秀を大きくした。立派に成長さした。それが政秀の救いになった。しかし、母の事実を聞いてしまって、政秀は母を恨んだ。
「許せない…。僕は許せないよ。ばあちゃん。お母さんはどこにいるの?知ってるんでしょ?ほんとは」
優しくたしなめるようにトキはゆっくりと政秀の目を見つめた。
「政秀…憎しみは何も生まない。あなたがお母さんを許せないのは仕方がないけれど、そして、お母さんには非難されるべきことがあるけれども。私たちは過去を振り返らないと決めたの。それには理由があるのよ」
そういって、書斎の右の本棚にあった、数冊のノートを持ってきた。
「ここにはね、爺さんの政秀が来てからの思いが書いてある。そして、時々わたし。交換日記に近い形で私たちの懺悔とそして、反省と、そして前進が書いてあるのよ。これを読んでちょうだい」
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