13
「宅配が?」
嫂から連絡を受けて耕輔が店に足を運ぶと、早和と善次郎に送った宅配便が受取人不在で保管期限を過ぎ戻って来ていた。伝票には店の住所と電話番号を記してあったので、耕輔のところでなく店のほうに連絡があったようだ。
宅配業者の話では、届け先に不在票も入れ何度か電話もしたが、ことごとく留守であったとのことだった。帰ってきた荷物の伝票を見ても、届け先住所の書き間違いといった根本的なミスは見当たら無かった。
早和は今年は郷里へ帰らない、ずっとあの家に居る予定だと言っていたのだ。予め確認した上で、送付する約束までしてあったのだから、一度くらいはたまたま不在でも、不在票には留意しているはずだ。
携帯電話から蕪井家に電話を掛けてみたが、何回コールしても早和は出なかった。
その夜も、次の日も。
蕪井姉弟に何か起こったのだろうかと俄に心配になったが、他に確かめるすべもない。早和は携帯電話を持っていないし、善次郎の番号も知らなかった。せめて善次郎の勤めている会社の名称でも判れば調べようもあったのだが、それも知らない。
耕輔は途方に暮れた。蕪井姉弟について何一つ知らなかったことを思い知らされた。
「ちゃんと居るって確認したの?」
「こっち着いたら送るからって、前もって言ってあったんだよ。うちの干物は美味しいから遠慮しない、って喜んでいたんだよ」
「ならおかしいわねえ。他に連絡方法は無いの? メールとか」
「メールなんて知らない」
「そう……じゃしょうがないわね」
東京に戻って確認しようかと思った。往復したってたかだか四、五時間程度のことである。だが戻ってやはりいなかったら同じことだ。とりあえず荷物は冷凍保管してもらって自分の帰る日に合わせて自分の住所に送ることにした。
耕輔は落ち着かない気分のまま、初盆供養の当日を迎えた。
蕪井家にたびたび電話を入れてみるが、やはり誰も出る様子は無い。
急なことでもあって、田舎へ帰ったとしか考えられなかった。
とりあえず、明日の朝には東京に戻ろうと思った。
法事は身内だけで行うことになっているので、耕輔にとっては誰に気兼ねするものでも肉体的な負担があるわけでもない。黒い服を着て、皆で寺に行って経をあげてもらい、墓参りをして、会食するだけだ。
叔父の初盆なので本来なら槇雄叔父の妻である叔母の春子が仕切るものだが、その負担を慮って、春子が主催する体で実際は長兄の航がもろもろの手配をした。『たがみ』の経営に心血を注いでくれた叔父だ。『たがみ』としてはそのくらいは当然であろう。会食も、叔父の家では手狭だし大変なので、航が市内の料理屋の座敷を手配したらしい。
ただ、こういうときにいたたまれないのが秋江であった。生前槇雄叔父と家族同然の生活をしてはいても、親類として縁のうすい秋江である。実質的に『たがみ』が法事を執り行うことは田上家にとっては自然なことでありながら、彼女の存在によってそれがどこかゆがんで見えてしまう。
そんな違和感をこの場で誰よりも実感しているのが秋江であろう。そしてそれに気づいているのはやや引いて見ている耕輔だけかもしれなかった。
菩提寺の本堂でも、秋江と秋里の親子は黙ってひっそりと隅に立ち、始終うつむいて目立たぬように振る舞うのだった。
「お久しぶりです」
寺の本堂の片隅で耕輔が挨拶すると、秋江はおどおどした様子も隠せずに、
「……お久しぶりです」
と他人行儀に深々と頭を下げた。
傍らに寄り添っている秋里も、同時に頭を下げた。
ふだん秋江と接することのない耕輔にとっては秋江の態度をとやかく言えた筋合いではない。しかし近くにいる春子や『たがみ』の者たちからみれば、秋江のこのいつまでも頑なな態度は窮屈なことだろう。そしてこの母につきあう秋里にとっても。
菩提寺における法要、墓参りは滞りなくすんだ。さいごに会食の席を設けた市内の料理屋へ皆で車を分乗して向かうことになった。兄たち二人の車のほか、秋里の車で来ていた春子と秋江は料理屋への道のりも田上家とは行動を別にした。
「まさかこの前みたいに帰っちゃうなんてことはないよね。料理だって人数分頼んであるんだし……」
秋里の車を見送ってぽつりと呟いたのは、次兄の嫁の頼子だった。
「んなことあるか。向こうには春子叔母さんだって居んだから」
と、次兄の拓朗は航の息子の隆太を両手で持ち上げぶんぶん振り回しながら言った。
頼子の心配は杞憂に終わった。秋江もきちんと最後まで列席して、会食も無事終わった。槇雄叔父の初盆法要はすべて滞りなく終了したが、朝から運転手であった二人の兄たちが酒を飲めなかったため、田上家に戻ってあらためて飲もうということになった。当然ながら春子叔母と秋江も誘ったのだが、両人とも申し訳ないがここで失礼させてもらう、とのことだった。
春子は春子で実妹の秋江に対する気遣いからか、こんな時は秋江に付き合って遠慮するのが常だった。そして代わりに秋里が申し訳か義務のように、田上家の行事にひとりでぽつんと参加するのだ。
今回も耕輔の考えていた通りになった。悪気はないが押しの強い航に「秋里は行くよな?」と当然のように言われ、力なくはいと小さな声で応えたのを傍目で見て、毎度のことながら耕輔は秋里のことをとても不憫に思うのだった。
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