第4話 察した女

 「何でここがわかったの」

 汐実は突然の生身の来客であるその女にバスタオルとお茶を渡し、先ほどの追及を再開した。

 「ありがとう。・・・このキヨミの湯の玄関前で座って泣いていたら、扉が開いたの。勝手によ。てっきり実家に帰ってきていたのかと思って、勘違いしたわ。もう嫌だっててっきり自分の部屋だと思って」

 「苦しい言い訳だね。この湯は俺とおばあちゃんしか知らないんだよ。まぐれでもここが分かるはずがない。営業時間に何度か来て、この場所を探っていたんじゃないか?」

 「ここは好きよ。私も休みの日に来たことがある。職場の人も使っているって聞いたことがあるけど、探る人なんかいないしもちろん私も探ってないわ」

 「その職場の人の差し金かい?」汐実は目を細める。キヨミの湯には最近、立ち退き業者が来店しており、昼の番頭である清に再開発のための建て壊しを持ちかけていた。自分と霊の憩いの場を部外者に土足で入られることは、汐実にとっては阻止しなければならないことであった。

 「私はそんな身分じゃないわ」

 「怪しいね、最近では請負のそのまた請負がそのような泥仕事を請け負うって聞くよ。君のその格好だとキャバ嬢だろう。出し抜かれて泥仕事の手助けをしているんじゃない?」

 すると女は立ち上がり、汐実の頬を平手で叩いた。薄暗い休憩所にパチンと高い音が鳴った。

 「早くその服を乾かしたら出てってくれ。どんな奴か分からないし知りたくもない。君がなぜここに来られたのかはわからない。でももういい。二度とここには来ないでくれ」冷たくそう言い放つと女は声を震わし、少しヒステリックに言う。

 「あなたが思っているとおり私はキャバ嬢だけど、立ち退きのスパイなんてしない。あなたが不快な思いをしたのなら、私はもうここには二度と来ないわ。ご迷惑おかけしました。ごめんなさい」

 己の居場所を奪われると勘違いしている男、見ず知らない立ち退き業者のスパイだと思われている女。真夜中の休憩所でお互いのことを知らない二人が怒号を放つ。すると、階段から足音が鳴る。

 「おや、しーちゃん、お客さんかい?」

 通常の営業時間が始まったかと勘違いしている清が、二人の空気を遮った。すると清が女の元に向かって走り出す。

 「おや、こんなに濡れて、雨でも降っていたのなら、体が冷えてしょうがないわね。お風呂に入って温まりましょう」

 「おばあちゃん、この人は客じゃないよ」清は寝ぼけているのか。そう思い、冷静に声をかけた汐実に清は優しく反論する。

 「顔を見てみなさいな。この子は化粧は濃いがつけまつげが落ちているじゃないか。つけまつげが落ちるほど泣くってことは何かあったんじゃないのかい?だとしたら彼女はお客さんなんだよ。あなた、ミヤビちゃんね」清は彼女の存在を認識していた。そう言えば、ビンタされたこの失礼な女の名前は知らない。いや、知る必要はあるのだろうか。

 「あ、ミヤビは源氏名で、本当の名前はひへんに愛情の愛で、曖です」

 「そう、曖ちゃんなんて良い名前じゃない。私は清よ。そしてこの子は汐実、私の孫」

 清は余分なことを話す。早く魂湯の掃除をさせてくれ、こいつに俺の名前を言っても意味ないだろう。汐実は面倒な顔をしてただ床を見て時間が経つのを待っていた。

 「汐実って・・・いい名前ね」

 「ねえ、世間話するつもりないんだけど」

 「あるわよ」清は汐実に言う。

 「曖ちゃんの悩み、聞いて解決してあげなさい。私は先に寝るから、二階に上がってもらいなさい」

 清には逆らえない。渋々承知した汐実は、魂湯を掃除した後に話を聞くこと条件に、清の提案を受け入れた。時刻は二時五十分。もうすぐで魂湯の営業時間が終了する頃であった。

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