第3話 音楽

 楽器を本格的に習った経験はなかったが、高校生の頃思い切って吹奏楽部に入部した。担当楽器はホルン。同じ金管楽器でありながら、トランペットやトロンボーンなどの直管楽器にはない、独特の優しい音色を奏でることができる楽器だ。


 ちなみに、ホルンは世界で最も演奏が難しい楽器としてギネス認定されている。難しさの理由は、あの丸みを帯びた特徴的な外観にある。見た目はコンパクトな楽器だが、管の長さは実は5メートルにも達する。あの巨大なチューバという楽器にも劣らない長さである。そのくせ、やたらと高音域を演奏することを求められ、オーケストラではトランペットの音域を演奏することもしばしばある。


 毎日仲間と共に演奏していると、一つの音楽の中にも様々な要素が詰め込まれているということがよく分かる。たった1小節の間にも、リズムを刻む、ハーモニーを鳴らす、メロディーを歌う、そのほかにも各楽器が様々な動きをしている。みんなバラバラなことをしているように見えて、しかし曲全体としては一つとして聞こえてくる。今まで漠然と聞いていた音楽は、こんなにも複雑で、面白い。この事実に気づいた僕は、今までよりも音楽を楽しめるようになった。


 まず、ボーカルのない音楽を聴くことに抵抗がなくなった。今までは、クラシックやジャズとか、聞いていたらお洒落だなぁとは思うものの、どうしても途中で飽きてしまい、長続きしなかった。楽器を始めてから、どの音がどの楽器で、この場面が聴かせどころで、このフレーズはあの曲のパロディで、そんなことが分かるようになった。楽器の音を理解できるようになると、音楽鑑賞の幅はぐっと広がる。


 音楽は外国語に似ている。単語、文法、イディオム、発音など、他の言語を理解するには様々な要素を学ぶことが必要になる。しかし、それらを少しでも身につけ、たどたどしいながらも外国人とコミュニケーションを取ることができるようになった時、我々は形容しがたい興奮を覚える。


 音楽も同じだ。毎日いろんな楽器の音に触れることで、次第に音の文法を覚えていく。いろんな国の音楽を聴くことで国独特の音楽表現を知る。英語の発音を練習するように、上手い人の音をまねて演奏してみる。こういうことを積み重ねると、いつの間にか音楽を自分の言語として理解することができるようになる。


 今日も僕はCDレンタルショップでジャズのCDを5枚借りてきた。全部違うアーティストで、年代も様々だ。多様なジャンルに触れ、音楽のバイリンガルになるべく精進している。


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