06.村の裏手にある林

 ***


 村の裏手にある林、と聞いた時はもっと明るい場所を想像していた。しかし、ブルーノに連れられて向かったその場所は鬱蒼と生い茂る名前もよく分からない植物で埋め尽くされている。その上、人の手が入れられた形跡も無い林は木々が伸び放題に伸びていて非常に薄暗い。


「思っていた以上に……魔物が湧きそうな場所だ」

「湧くでしょうね。リナーブ村の管轄はドミニク大尉だったはずですが、この林を撤去するよう命じなかったのは愚策でしたね。まさか、回り回って私達にその災難が降り掛かるとは予想出来ませんでしたが」


 そう言ったイアンだったが、言葉とは裏腹に至極愉しそうな笑みを浮かべている。


「イアン殿、何か楽しそうに見えるが……?」


 ――馬鹿、余計な事を訊くな!

 リカルデの言葉に心中で反発する。しかし、それが言の葉にならなかったのはイアンが恐ろしかったからか、或いは彼女が何と答えるか気になったからか。両方かもしれない。

 気分を害した様子も無く、愉しげにイアンが問いに応じる。


「愉しいですとも!人生とは何があるか分からないものだと、実感出来る事が何と素晴らしい事か!」

「はあ?」

「帝国にいたのならば、恐らくリナーブ村の林に魔物が湧こうが、私には何の感慨も抱けない事案でした。しかし、帝国から一歩出たばかりにこのような些事に振り回される。運命とは奇怪なものですよね」


 含んだような嗤いを流石に不気味だと思ったのか、リカルデは口を閉ざした。そのまま、たっぷりと数十秒の沈黙が落ちる。


 居たたまれなくなってきたジャックは、先頭を歩いているブルーノへと声を掛けた。


「ブルーノ、あんたはこれまでどこを旅していたんだ?」

「あん?俺か?俺はなあ、そうさな、大陸の中をずっとグルグル回ってんよ。さっきも言ったが、道すがら情報収集もしなきゃならなくてな。本当は、そろそろ大陸を出ようと思っているんだが、そうもいかねぇ」

「そうか……リナーブにはよく寄るのか?」

「おう。大陸に来て、初めて世話になったからな。帝国はともかく、村は良い場所だぜ。親切にして貰った礼も返さなきゃならねぇしな!」


 良い人、ただただ良い人である。発言の裏表の無さからして、情報収集が得意だとは思えない。情報を収拾する為には、情報を持っている相手に疑われてはならないが、彼に器用な嘘が吐けるとは思えないからだ。


 だけど、とサングラスの向こうに広がる空を見ながらブルーノがぽつりと呟く。


「そろそろ拠点を変えなきゃなんねぇかな……。長居し過ぎたしなあ」


 先程から気になっていたのですが、とイアンが邪悪な笑みを浮かべている。本日2度目の、嫌な予感。


「ブルーノさん、貴方――おや、池がありますね」

「え、何だよいきなり。気になるじゃねぇか、何とか言えよ」


 険しい顔をしたイアンが足を止める。彼女の視線の先には小振りの溜め池があった。水は半分より少し少ない量しか入っておらず、手入れされた様子も無い。雑草のせいでイアンが池に気付かなければ、誰か一人くらい池に転がり落ちていた可能性もある。


 立ち止まるイアンを余所に、ブルーノもまた怪訝そうに口を「へ」の字に曲げていた。


「あ?何か、違和感が……。何だっけな、何か忘れているような気がする……」


 4人の内2人が立ち止まってしまったせいで、完全に全員の動きが停止した。考え中の相手に口を挟むのもマナーが悪いので、何の気なしに池を覗き込む。


「なっ……!?」


 水が盛り上がっていた。それは弾力性があり、滑らかに伸びながら池から溢れ出て来る。まるで、そう、スライムのような――


「あ!思い出したぜ!そういや、村の連中が危ないから、つって池の水は抜いてるって言ってたんだったな!昔、子供が溺れた事件があったらしいし」

「そうだな、戦闘だぞ。構えろ!」


 ブルーノの有力な情報は少しばかり思い出すのが遅かったか。ともあれ、池からぬるりと出て来たそれは薄い青色の無形物だった。心なしか、頭と思われる場所に黒い目のようなものが確認出来る。

 間違い無い、スライムだ。


 スライムと言えば触れた生物をグズグズに腐敗させる特性を持つ。物理攻撃に対してかなり強く、一見すると無敵に見えるが――そう、自身の質量を上回る量の水で、溶ける。

水が苦手だと思われがちだが、自身の質量以下の水は取り込んでしまうので強ち苦手という訳でもない、存在そのものが意味不明な魔物だ。


 つまり、今必要なものはイアンの魔術。物理攻撃では精々、スライムの足止め程度しか出来ない。


「おい、イアン!あんたの出番だぞ」

「……ええ、そのようですね」


 何故か無表情で考え事をしている今回の重要人物を呼ぶが、返事は上の空だ。その視線はどうしてだかブルーノへ注がれている。

 なお、ブルーノその人はいつの間にやら凶悪なメイスをその手に持っていた。実に彼らしい武器である。


「ジャック、イアン殿が術式を編み上げる間に、私達で足止めを!」

「ああ、了解」


 が、的確な指示を出したリカルデは今日購入したばかりの騎士剣で素振りをしている。時折首を傾げているのが大変不安だ。


「イアン殿、イアン殿済まない、得物が手に馴染まない。長くは足止め出来そうにないぞ!」

「正直で大変よろしいですが、そんなものでスライムを斬り付ければ、買ったばかりの剣をロストしかねないですよ」

「何!?」

「金属とスライムは、相性があまり良くありませんからね」


 ようやっとブルーノから視線を外したイアンが我に返ったかのように、金色の術式を作り始める。意志を持ったように中心から文字を描きながら広がっていくそれは、さながら手品のようだ。

 一方で、メイスを肩に担いだブルーノは楽しそうに笑っている。


「おう、たまには協力戦も悪くねぇな。俺、いつもソロだし」

「――ブルーノさん、貴方には後で伺いたい事があります」

「……?」


 訝しそうな、しかしどこか興奮しているようなイアンの様子に、ブルーノが首を傾げているのが見て取れた。

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