05.情報換金
「……21……万?」
「おう。アート・ウェポンの武器と言えば、今や並ぶ物の無いブランド品だぜ。これでも安値で譲ってんだ、これ以上は何と言おうとまけられねぇな」
でしょうね、とイアンがブルーノの意見に同意する姿勢を見せる。彼女は良くも悪くも平等にして公平だ。
「順当な値段と言えるでしょう。リカルデさん、アピが足りないのですか?」
「――……ああ。10万アピしか持っていない。そうだ、イアン殿」
「金なら貸しませんよ」
「そ、そうか」
そうですね、と何事かを思案したイアンが手を合わせる。何故だろう、何か思いついたような顔をしているが言い知れない嫌な予感が拭えない。
「どうせ追われている身ですし、これ以上何か面倒事が増えても痛くも痒くもないでしょう。盗賊の真似事でもしてみますか、リカルデさん?」
「は!?いやいやいや、正気かよお前!悪い事は言わねぇから止めときな、俺と争って怪我するのはそっちだぜ。具体的にどうしてかは説明しねぇが、お前等じゃ俺から物を盗るなんて絶対に無理だ」
とんでもない事を買い物のノリで言われた事もそうだが、ブルーノの絶妙に冷静な言葉にも頭を抱える。
――あんたが相手にしてるのは心を失った殺戮マシーンみたいな魔道士だぞ。
そう声高に叫んで刺激するなと言ってやりたい。
あんまりな一言に意識を完全に飛ばしていたリカルデが我に返った。慌てた様子でイアンを止めに入る。
「あ、貴方は何を考えているんだ……!!だいたい、盗賊の真似事と言ったって、対象の目の前で暴露したら意味無いだろう!?もっとこう、秘密裏に……」
「よう、ジャック。お前の連れに問題しかねぇって事はよく分かったぜ。苦労してんのな」
――あんたはもっと慌ててくれ……!
あまりにも余裕こき過ぎのブルーノに苦言を呈そうとしたが、他でもないブルーノその人によって遮られた。
「あーあー、分かった。こっちの品は1アピもまけられねぇが、お前等にはまだ、情報を換金するって手段があるぜ。聞いていくか?」
「聞こう。すまなかったな、騒がしくして」
「良いって事よ。何か大変そうだしな。それで、俺の提案なんだが――」
周囲を態とらしく確認したブルーノはグッと声を潜めた。対峙している自分達にしか聞こえないくらいの声量だ。
「俺、ちょっと故郷の連中から仕事を貰ってんだよな。それで、帝国の情報を集めてるんだが、その情報を換金するぜ。見た所、騎士剣のお嬢ちゃんは帝国の騎士兵で間違い無いだろ」
「わ、私に国を売れと……!?」
「無理だとは言わせねぇよ。戦争中だってのにこんな片田舎にある村に、騎士兵が怪しげなお仲間を引き連れてプラプラしてるなんざ、明らかに『何か』あるだろ」
眉根を寄せて硬く目を閉じ、葛藤していたらしいリカルデ。しかし、最終的にはその首を縦に振った。
「分かった。話そう。何が聞きたいんだ?」
「何でも良いが、出来れば一般人の知らないような情報が欲しいな。モノによっては21万アピで買ってもいい」
「そうか。では、研究所の話をしようか」
それはホムンクルスの話だろうか。話のネタにされるのは心地の良いものではないのだが。
そんなジャックの不安を余所に、肩を竦めたリカルデはおよそ人造人間など、生物兵器の話では無い話を始めた。
「帝国お抱えの、巨大な研究施設の話だ。あそこでは色々な――そう、人道も外れた色々な研究を行っているが、私がよく知っているのは武器開発だな」
「お、面白そうな話じゃねぇか」
「例えば、この帝国印の騎士剣。魔石は2割加工だが、市販のそれより安値で売られている。何でも、魔石を効率よく採集出来る採集所を押さえたとか何とか。更に、今はそう、どこぞの伝承種族の専用武器。あれのレプリカを造る事に力を注いでいるらしいな」
「へぇ……。伝承種族……専用武器、ねぇ。穏やかな話じゃねぇな。ま、戦争始めてる時点で頭のネジはどっかトんでんだろうが」
伝承種族。主に獣人や人間、魚人と言った「一定数以上いる、お馴染みの種族」を除いた種の事だ。
具体的に述べるのであれば、吸血鬼や人魚、エルフとかだろうか。彼等彼女等は特殊な性質を持ち、数が圧倒的に少なく、そして基本的に不老だ。一個人で大きな力を持つが、永遠の時を生きるせいで繁殖という本能を忘れてしまっていると見える。
「どうだ?幾らぐらいで買う?」
「15万アピだな。貴重な情報をありがとよ。残りは普通に金で払えばいいだろ?」
残り6万アピ。リカルデの顔色はあまり良く無い。そういえば、彼女はブルーノの店へ来る前に服を購入しているのだ。あまり経済状況が芳しくないのだろうか。
仕方が無いので、ジャックは緩く片手を挙げた。
「うん?どうかしたのか、ジャック」
「あんた、金が無いんだろ。俺の知っている情報も売るよ。それでもう一度計算してくれ」
「おう、良いぜ。つか、お前も帝国関係者だったのか。それっぽくねぇから分かんなかったわ」
へぇ、と僅かに面白そうな顔をしているのはイアンだ。いったい、今の会話のどの辺りが面白かったというのだろうか。懇切丁寧に説明して欲しいものである。
「俺は――ホムンクルスの話をしよう。帝国では年齢およそ25歳程度の成人男性を、人工的に造る事で兵士の補給をしようとしている。人間の子供から育てれば戦えるようになるまで単純計算で25年掛かるが、ホムンクルスはおよそ1ヶ月で造り上げる事が可能だからな」
「お、おおう……。エグい話来たな……都市伝説かよ」
「まあだが、実験の成果は良く無いな。今の所、養液から出して20時間以上活動出来る個体は1体だけだ。それ以外のホムンクルスは……ドロドロに溶けちまったし」
「その1体の成功例は何なんだろうな。というか、話してるお前もちょっと変わってる感じがする。具体的に言うと――魔力回路が発達してんのかな。まあ、よく分からん。その情報も15万アピで買うよ」
15万から6万アピ差し引いた札束を手渡される。とはいっても、タガーを買った時に消費したアピが戻って来ただけなのだが。
しかし、ブルーノの最後の発言は気に掛かる。
どういう意味だと問い掛けようとしたが、それまで黙ってことの成り行きを眺めていたイアンによって中断させられた。
「魔物の討伐でしたね。少し時間が掛かりすぎてしまいましたし、そろそろ村を出た方が良いかと」
「マジで手伝ってくれんのか?よろしくな」
「そういう約束で店を開けて貰いましたから、仕方ないでしょう。私は基本的に嘘を吐かない性分なので」
――嘘吐け!!
きつく歯を噛み締めて出掛かった言葉を飲み下した。
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