07.ドミニクの指示

 ***


 リナーブの村が目前に迫ったところで、ドミニク・シェードレは愛馬の背から軽やかに飛び降りた。細々とした林を抜けた先には、自分の管轄下である村が見える。


 戦争が始まってからというもの、義務化されている見回りを怠る事が多々あった。戦時中に村人の反乱まで起こると面倒な事この上無いので、たまには足を運べと上司に言われたのをうっすらと思い出す。


「馬から下りろ」

「ドミニク大尉、皆で村へ入るのですか?」


 ぞろぞろと引き連れた部下の1人が困惑した顔で訊ねた。問いに対し、ドミニクは神妙そうな顔で頷く。

 本来なら、事件でも起きない限りこの大人数で小さな村に押しかける事は無い。しかし、相手はあの血も涙も無いイアン・ベネットだ。兵士を外で待たせていたら全滅していた、が本当にあり得る相手。特にまとめ役がいなければ烏合の衆に他ならない彼等を、外に放置するのは避けたかった。


 ――本当にこの程度の兵力でイアンを殺害し、127号を奪還する事が出来るのだろうか。

 ふと脳裏を掠める疑問。しかし、その冷静な判断力は婚約者の事を想えば薄らいでいった。そう、ここで足踏みしている訳にはいかない。何としてもイアンを討伐し、127号を回収して帝都へ帰らなければ。


「行くぞ」


 連絡も無しに、兵士を引き連れて村を訪問したからだろうか。住人達が不安そうな顔でわらわらと集まって来た。

 一先ず安心させる為に、妙齢の男性に事情を説明する。


「すまない、この村に脱走者が立ち寄っている可能性が高い。少し村の中を捜索させて貰って構わないだろうか?脱走者はキメラを召喚出来る、大魔道士だ。放置していれば貴方達の身が危険に晒されないとも限らない。是非とも協力して欲しい」


 騒ぎが男を中心にじわじわと広がっていく。瞬く間に広がった情報は、集まって来た村民に動揺を与えているようだ。

 少し情報を盛ったのは否めないが、これも脱走者を捕らえる為。仕方のない事だ。

 多少の罪悪感を必死に打ち消していると、近くで話し込んでいた女性の言葉が耳に入って来た。


「やだ、帝国の脱走者?それよりも、こっちはスライムが出て大変だって言うのに……」

「え、でもスライムは――」


「スライムが出たのか?」


 スライムは一般人での討伐難易度が高い。あの魔物を完全に消し去る為には一定以上の水が必要であり、それを瞬時に用意する為には魔術が一番の近道だ。しかし、村民の中にそのような中規模魔術を駆使できる者は少ないだろう。


 残念な事に、こちらも物理特化の編成で来てしまったが、得物を幾つか駄目にすれば討伐出来ない事も無い。イアンの件も大事だが、脱走者の為に帝国内の村を見捨てたとあっては本末転倒だ。


 ここは大人しく討伐を申し出るのが正解だろう。

 しかし、その申し出は他でもない村人の1人によって遮られた。


「ブルーノ坊が討伐しに行ったって誰か言っていなかったか?軍人さんに出て貰うまでも無いさ。何だか、仕事の途中みたいだし……」

「ブルーノ……?」

「ああ、たまに村に来る冒険者なんですよ。かなり強いみたいだし、任せておいて問題無いと思うんですけどね」


 ――非常に不安だ。

 スライムは成長すると手が付けられなくなる。以前、別の村に発生したスライムはあまりにも巨大になりすぎていて、最終的にイアンを遙々帝都から召集する羽目になった。そのイアンは帝国を裏切ったので、もういない。


 やはり、成長する前に討伐を確認しておいた方が良いだろう。


「いえ、僕が見て来よう。スライムはきっちりトドメを刺さなければ、何度でも巨大に成長する。それに今は――最大級に成長したスライムに対し、打つ手が帝国にも無い」

「でも、ドミニク様はお仕事で来られたのでしょう?」

「ご婦人、確かに僕は別件でリナーブへ来たが、軍とは本来民を守る為に存在するものだ。任務外の事案とは言え、放っておく訳にはいかない。ただ、一つだけお願いしても構わないだろうか」

「え、ええ。私達に出来る事でしたら」

「3人組の脱走者を見掛けたら、足止めしておいてくれないだろうか。リナーブ村に滞在している外からの人間を、僕が帰って来るまで村の外へ出さないで欲しい」


 分かりました、と村人達が頷いているのを確認してドミニクは踵を返した。黙って待機していた兵士の1人が狼狽えたような声を上げる。


「あの、我々の誰かが村へ残りましょうか?」

「いや、止めておいた方が良い。何度も言うようだが、イアン殿は敵味方に容赦がない。あの人の部屋の前に倒れていた兵士の死体を忘れたのか?彼女は、ああいう人だ。そしてそれは間違い無く僕達も例外ではないだろう。分断されて叩かれるのは分が悪い」


 村人の方にイアンが手を出さないとも限らないが、その可能性は低いだろう。彼女も逃げるのに手一杯でそんな余裕は無いはずだ――否、そうであって欲しい。


 拭いきれない嫌な予感。頭の後ろが冷えるようなそれに、無理矢理目を瞑ったドミニクは来た道を戻った。とにかく、まずはスライムの討伐を優先。出来ればこの村で裏切り者達の身柄を押さえたいが、無理だった場合でも港町に先回り出来れば進路を妨害出来るはずだ。

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