第百六十七話◆それぞれの準備
――玉座の間。
「はっ……!?………あれ?」好矢とオルテガが会話している同じ頃、ソフィナは自分を取り戻していた。
「お目覚めかしら?」エルミリアが声を掛けてくる。いつの間にか玉座の間から降りて近くに立っている…。
「はい……えっと、その……好矢くんは……?」
「彼と我々は協力するということで話は決まったわ」
「……えぇっ!?」
「貴女の中に悪しき者がいるって話だったけれど……その悪しき者…パラディースの命令よ。邪悪なる者を退治するために一旦休戦して、皺月の輝きと組むことになった……」
「そ、そうなんですか……」
「いやに納得するのが早いわね……」
「他の人たちから最近様子が変だとか色々言われてましたから……認めたくありませんが……」リーベルという人物の強さがもし私の想像通りもしくは想像以上のものであれば、私程度の力を測ることも簡単だろう。
「そう……。ところで、ソフィナ。貴女も私と謁見したいとのことだったけれど……何の用だったのかしら?」
「二つあります。まず一つ目は、皺月の輝きと怪光一閃に対しての休戦を申し込むことです。これに関しては目的の半分は既に完了してます」
「なるほどね……で、皺月の輝きに加えて、怪光一閃とも休戦してほしいと?」
「はい」
「別に怪光一閃程度のチームにどうこうしよう何て考えてないけど……まぁいいわ。貴方たちがこちらに何もしてこなければ、我々も手出しはしないと約束しましょう。……もちろん、邪悪なる者を退治するまで…という条件付きだけど」
「ありがとうございます。それでお願いします」ソフィナは軽く頭を下げて礼を言う。
「それで、もう一つの謁見理由は?」
「もう一つは質問です。既にご存知かと思いますが……邪悪なる者はトーミヨのシルビオ学長です。彼はどうするおつもりですか?」ソフィナがそう言うと、エルミリアは少し考えたような表情を浮かべた。
「シルビオの事か。…あれは妙よね……シルビオの魔力はおよそ7000前後のはず……力だけで言えば、どう考えても邪悪なる者が乗っ取って得する人間ではないはずだ……」
「邪悪なる者自身が欲しい物をシルビオ学長が持っている……ということでしょうか?」
「恐らくは、その通りね……。或いは…学長兼市長としての立場が色々と動きやすいとか……」
「…………もしかして、エンテルちゃんをエレンの街へ入れなかったのは、パラディースを封印まで追いやったサラ・キャリヤーの魂がエンテルちゃんの中に居ると知ったから……?」
「現世にサラ・キャリヤーが生きているのって、そのエンテルって人の身体に魂があったからなの?」
「……そうなんです」
「そう……。とはいえ、邪悪なる者を表に出す術しか分からないわ。」
「え…!どうやってそんな事を!?」
「それは、私と一緒に戦う時に見せてあげるわ……皺月の輝きには五大魔器を持った人物が三人もいる。それこそが邪悪なる者を表に出す術よ」
「……??」
「ソフィナ、貴女もそろそろ仲間の所へ行きなさい。他にも色々と話しておきたい事もあるけど、私はこれから行く所があるから、貴女も早くここから出なさい」
「…はい」
玉座の間を出て廊下を歩くソフィナ。
このままで良いんだろうか……?私は仮にも怪光一閃というハンターチームのリーダーだ。
状況に流されるまま、周りの好矢くんやエルミリア……ましてや、敵だったはずのパラディースの協力でさえも受け入れて、私自身何もしていない気がする……。
だからといって、私しか出来ないことなんて何も……
「おう、ソフィナ。謁見上手くいったか?」ガブリエルが声を掛けて来た。
「あぁ、ガブ……大丈夫だ。停戦の申込みは出来たし、それはエルミリアも承諾してくれた」
「そうか、それは良かった。……応接室に戻ろうぜ」
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――応接室。
「――まさか、こんな事態になるとは思わなかったわ。……エルミリア様の協力が得られれば、邪悪なる者を倒すのも夢ではないのかも!」嬉しそうに言うレディア。
「まさか、お前たちを裏切った俺が…共闘することになるとはな……」そう言ってフッと笑うオルテガ。
「まぁ~…今回だけは大目に見てあげるよ~!……さて、挨拶が遅くなったけど…初めまして、トール・ヨシュアさん。あたしは、アグスティナ四天王二番手のサイラ・アルゲモアですよ~」
「サイラか…こちらこそ、よろしく」
「……それで、リーベル・エルゴーンは?」
「エルミリア様とお楽しみ中なのだ~!」笑顔で言うサイラ。おいおい…それって不敬にならないのか……?
――リーベルの私室。
「お待たせ……」
「あぁ、エルミリアか……まぁ座れ」
リーベルはそう言うと、座っている二人掛けのソファの隣に置いてあったクッションをどけて、エルミリアに隣へ座るよう促した。
「うん……」言われた通り、隣へ座るエルミリア…。
「皺月の輝きは……?」
「たぶん、まだ応接室に居ると思う」
「そうか……」
「ねぇ…パラディース様がさっき表に現れて、私に命令したの」
「どんな命令だ?」
「鮮血の女帝エルミリアとして、皺月の輝きに協力せよ……だってさ」
「なッ……!?」
目を丸くし、口を開けっぱなしで驚くリーベル。そしてその顔を横から覗き込むエルミリア。
「ふふ…貴方の驚く顔、かわいいわね」
「そんな事を言っている場合か!?……パラディース様は一体何をお考えなのか……」
「貴方はどうするの?レディアが、サイラとリーベルに報告するって言っていたけど、今のところ聞いていなかったんでしょう?」
「あぁ……パラディース様自身はどうすると仰っていたんだ?」
「何も……。私達に命令だけして、ソフィナ・ヨエルの身体に戻っていったわ」
「……協力するのも良いのだが……俺は遠慮しておこう」
「どうして?」
「考えてもみろ……。アグスティナ四天王全員が帝都を離れて、さらに女帝までいなくなった時、もし他の国が総力を挙げて侵攻してきたらどうする?間違いなく帝都は陥落する」
「そうだった……」
「そこまで頭が回っていないとは……最近働きすぎて疲れているんじゃないか?……とにかく帝都の護りなら俺一人で十分だ。お前は生きて帰ってきてくれればいい……」
「えぇ……ありがとう、リーベル」
エルミリアはその後、リーベルと共にソファのすぐ側のベッドに倒れ込んだ――。
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――翌朝。エルミリア城、四天王の廊下。
ガチャリと扉を開き、寝間着姿のまま廊下をペタペタと歩くレディア。
「ふわあぁ~~あ……あ、おはようサミュエル。」
「おはようございます、レディア様…駄目ですよ、四天王ともあろう御方がそんな格好で……」
「偉くなったわねぇ…じゃあ、私の着替え手伝ってよ」
「……命令ですか?」
「うん、命令」
「……はぁ、解りました。ちゃんと装着しないと駄目ですよ?四天王にだけ許された特製のブラックミスリルメイルなんですから。他の兵は着たくても着られません」
「でも、こうしてサミュエルは私のお世話してくれるから大好きよ」服を脱いで裸のエルミリアがこちらを向いてニッコリ笑う。
「い、良いから早く着替えてくださいよ!」
因みにブラックミスリルというのは、魔法鉄クロイズという金属と、魔法銀ミスリルを精錬した物を焼いたものである。
クロイズもミスリルも温度を上昇させると、溶けて加工が出来るのだが、クロイズは表面だけを火で焼けば強度が増すという特殊な性質を持っている。
クロイズとミスリルを合成させたブラックミスリルであっても、火で焼けば強度が増すという性質は変わっておらず、アグスティナ魔帝国でのみ使われている特殊な合金である。
そのまま、サミュエルは目のやり場に困りながらレディアの着替えを手伝って、一緒に城を出た。
皺月の輝きと怪光一閃の皆さんには城下町の宿に泊まってもらっている。
何故か二番手の玲瓏の光芒サイラ・アルゲモアさんも一緒に宿に泊まると言って聞かず、私室には戻らなかった。
レディアとサミュエルが城下町の宿の前に着くのと同時に、宿の扉が開いて、サイラが出てきた。
「うおっ!?……サミュりんとレディアじゃん!おはよ~!」
「おはようございます、サイラ様。……ヨシュア先輩たちは…?」
「まだ寝てたよ?……人間族やエルフ族って朝に弱いわね~!」
……時刻は朝の5時である。サミュエルは学生時代から勉強のために早起きは基本だったし、それはアグスティナ魔帝国に就職してからも同じだった。
たぶん、同じ環境なら僕も朝に弱かっただろうな……と考えていた。
「ねぇ、サミュりん!皆を待つ間暇だから、魔力調べに行かない?」
「良いですよ。皺月の輝きの一行に見せて、僕たちが戦力になるということを教えてあげましょう!」
「ところで、サミュエル。……ビリーはどうした?」基本的に仕事が無ければサミュエルのそばを離れないビリー。それをよく見ているレディアは聞いてみた。
「あぁ……レディア様の旅立ちの荷物をまとめさせています」
「えっ……」ギクリとした表情になるレディア。
「どうせやらないだろうなぁと思いまして、昨日の夜指示しておきました。必要最低限の装備類だけをまとめさせています。衣類に関してはご自身でお願い致します」
「貴方ねぇ……まぁ、間違ってないし、全部筒抜けなのね……」
「ついでにサイラ様の分もバッチリです」
「えっ!…あ、ありがと……衣類は自分でちゃんとするから……」
「感謝すべきか怒るべきか解らない、微妙な事をしてくれるわね……」そう言って頭を押さえるレディア。
「……とにかく、魔導士ギルドへ行こうか~!」サイラに続き、レディアとサミュエルが付いて行く。
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