第八十九話◆街案内

「「「「「「満優弍優不空五……」」」」」」卒業生六人はそれぞれの自宅で、偶然にも同時に魔力増幅魔法を使っていた。

恐ろしい疲れが襲ってきた為、水を飲んで卒業生たちは眠りについた。


一方、危険な客を家に招き入れたサミュエルは、四畳ほどの広さの自室の布団にレディアを寝かせ、その枕元に青いリンゴを置いてから、サミュエルは机に向かって勉強を始めた。

両親は傷を負っている上級魔族を、息子が連れて帰ってきたので、何も言わず部屋へ通してくれていた。

もちろん、アグスティナ魔帝国の人間だということは気付いている。翼が生えた上級魔族だからだ。

だが、父親は敢えて何も聞かずに女性を担いで両手が塞がっているサミュエルの部屋のドアを開けてくれた。



しばらく勉強をしていると、後ろから冷気が漂ってきた。しかし、攻撃によるものではない。目を覚ましたのだろう。


「おい、お前……」サミュエルが後ろを振り向くと、布団の上で座っているレディアの姿があった。相変わらず傷だらけだが、応急処置のお陰で大事には至っていないようだ。


「……大丈夫ですか?」サミュエルは声を掛けた。


「……ここは、お前の家か?」レディアが言う。


「えぇ、そうです。」


「ボロっちい家だな……強い奴は良い家に住めばいい。」


「僕もそうしたいですよ。そうなりたいからトーミヨで勉強しているんです。」


「…………邪魔したな。」レディアは立ち上がろうとしていた。

「ッ……!!」応急処置はしたものの、傷は治っていないのでそのまま座り込むレディア。


先程までとんでもなく激しい魔族だったのにもかかわらず、何もしないで帰ろうとしていた。その光景に目を疑っていたサミュエル。


「…なんだ?」レディアは不思議そうにしているサミュエルに気付く。


「……変なこと聞きますけど、どうして攻撃してこないんですか?」


「攻撃してほしいのか?」冗談混じりではなく、本気で聞いてきているレディア。そんなわけあるか と言いたいが、丁寧に返す。


「そうじゃなくて……さっきは命を狙ってきてたので……。」


「あぁ……気が変わったんだ。」レディアは壁を背もたれにして話し始めた。

「自分より強いやつがどんな生活してるのか気になってな。お前の家に行くことにした。」


「そんなボロボロの状態でですか?」サミュエルは驚く。


「お前は私に変な気は起こさないだろうし、助けてくれるのも分かっていた。」


サミュエルは妙な違和感を覚えた。人間族と上級魔族は敵対しているはずだ。何故こうも簡単に人を信じられるのか……?

その答えは彼女の口からは発せられなかった。


「とりあえず、それ食べてください。」サミュエルは枕元に置いていた青いリンゴを指差した。


「あぁ。」食べていると、少しずつ体力を取り戻していっている様子が見て取れた。

ちなみにサミュエルが青いリンゴを持ち歩いているのは、青いリンゴの効能を凝縮すれば、すごいポーションが作れるのではないか?と思ってサミュエルは研究しているからだ。

好矢の背中を追っているからこそ、植物学の勉強も積極的に行っている。


「明日も学校か?」レディアは聞いてくる。


「いえ…今日が卒業式だったので、二週間休みが出来ました。その間に僕は外で仕事して稼ごうかと……。」


「一つ命令してやるぞ。」


「なんですか?」


「私を二週間かけて街を案内しろ。そしたら金銭を払ってやる。」何故こんな提案をしてきたか一瞬で分かった。


「まさか…僕の家に居候する気ですか……?」


「あぁ。」



理由を聞けば、お前を知りたいからだ。と言われた。これが男女の仲であれば嬉しいものだが、そういったことではない。

「それに加え、お前が一般的な魔法を使えない理由や原始魔法の力を更に開放させる方法を教えてやる」という話をしてくれた。

自分でもいくら考えても解らなかった為、敵対する国の四天王レディアへ対して、教えを乞うことにした。


「あ、因みに明後日は先輩たちの見送りに行くので、案内出来ませんからね。」サミュエルは言った。


「ソフィナ・ヨエルたちか?」


「そうです。」


「……見送った後は空くだろう?」


「見送った後でなら……でも、準備が朝から夕方くらいまで掛かって、出発は夜だそうですよ。」


「じゃあ、彼らが出発した後でいい。」


夜は勉強したいし、僕が困るんだけど……と言いかけたが、何されるか分かったもんじゃないので「分かりました」とだけ返した。



――翌日、両親に見送られて家を出た二人は、街中を並んで歩いている。

翼が生えた魔族……つまり、上級魔族がエレンの街を歩いているので、みんなはギョッとしている。

そして、トーミヨの学生がその女性と一緒に歩いている姿は異様な光景だった。


「まずどこへ行きたいですか?」


「今はどこへ向かってるんだ?」


「大通りです。」


「じゃあ、魔道具屋を案内しろ。」レディアがそう言ったので、連れて行くことにした。



「ここです。」こぢんまりとした、木造のお店だった。


カランカラン……玄関のベルが鳴る。


「いらっしゃ…えぇッ!?」店主はレディアを見て絶句している。


「あの……暴れたりしないでくださいね……?」サミュエルはレディアに耳打ちした。


「お前は私を何だと思ってるんだ……。それくらいの常識はある。」

突然僕を殺そうとしたのは誰だったか……すごく言いたいが、喉まで出かけたその言葉を飲み込んだ。


「あー……おい。これいくらだ?」レディアが店主に聞く。


「そ、それに目を付けるとはさすがお客様!お目が高いですねぇ!!」明らかなゴマすりを始めた店主。


「私は値段を聞いているんだが?」ギロッと睨むレディア。


「ひっ!?そ、そちらは、110万コインの代物でして……中々買えるものでは……。」


「これをもらう。ここから110万コイン出しておけ。」そう言ってレディアは大量の硬貨が入った大袋をカウンターに置いた。

ギョッとしながらも、110万コインで売っている商品をショーケースから出して、レディアに渡す店主。

その後で大袋を開けて硬貨を取り出し始める。


「あの……」サミュエルはレディアに聞いた。「それ、なんですか?」


「非常に珍しい魔宝珠だ。……本来ベルグリット村でしか売られていない品だが……こんな所で買えるとはな。」満足気に言って、レディアは自分の剣の窪みに魔宝珠をはめた。



「では、お二人様デートを楽しんでくださいね!」110万コインの商品が売れてホクホク顔の店主は手を振っていた。


「……そういう関係ではない。殺すぞ。」

「ひぃぃっ!?」


最後までヒヤヒヤするやり取りを見て、レディアを次のお店へ案内する……


僕は何をやってるんだろう……?

だんだん、そう思えてきた。




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