第四十三話◆拠点の家
「おまたせ、エンテル!」
街の門には、シルビオ学長もいた。
「よひや!」好矢に抱きついてくるエンテル。
「本当に我々に何もしてこなかった……。」門番が呟く。
「だから言ったのに。エンテルは大人しい良い子なんです。それとシルビオさん。」
「……なんだね?」
「エンテルを入れない理由は、人間しかこの街に入れないという決まりがあるからだそうですね。」
「あぁ。だからゴブリン族は入れられない。」
「この街にゴブリン族は入れないで、エルフ族や魔族を入れる正当な理由を教えてください。」
「…………。」
「……無いようですね。お世話になったことは感謝しています。ただ、こんな下らないことに拘る街には二度と戻りたくはありません。では、俺はこれで。」
「……そうだな。」シルビオ学長はそう言って、歩き去っていく好矢のエンテルを見送る。
ソフィナには悪いが、二度と戻りたくないというのが本心であった。
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エレンの街の門で、日付が変わる直前のそのやり取りから、既に三日ほど経っていた。
5月24日の夜―草原。
草原の中心でテントを張って、テントの外には火を起こしてある。
こんな時、火属性魔法を使えれば楽だが、残念ながら使えないので、結局余った6個の携帯松明を使用して、焚き火をしていた。
保存食も、ゴブリンの口には合うようで、「おい
「エンテル、あとどのくらいか分かるか?」そういうと、地図を見ているエンテルが言う。
「あと、ふつかでつくよ。」
「二日か……。」
どの種族も等しく迎える魔族領……今はそこへ向かっている。二日で着くというのは、魔族領に着くという意味であり、
実際にそこから街や村へ行くにはさらに時間が掛かる。それに、もうすぐ保存食も底が付きそうなので、少し遠回りになるものの、近くの町で保存食を買っておくことにした。
今進んでいるルートは、エレンの街から東に進んでいった先だ。
エレンの街の南に、バルトロ森林。その先にバルトロの町があるが、数十キロ離れた東には、ガトスの町がある。
硬そうな名前の通り鉱山の町で、世界中の金属のおよそ3%を占めている有名な鉱山だ。
そこに住む住人は人間が多いものの、魔族との親交も深い者が多いので、エンテルも町へ入れてくれるのではないか?と思っていた。
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――ガトスの町。
「ダメだ!得体の知れない魔物を入れるわけにはいかん!」
本で読んだ、ゴブリン族が人間の種族の一つであるというものは、世界中に広まり切っていないようだった。
この調子では、好矢が書いたゴブリンの生態についてのレポートも役立てられるには何年掛かるやら……。
「ゴブリン族は人間の種族の一つです!」
「人間の種族の一つであるとすれば、魔力があるはずだ。お前、魔力数値はいくつだ?」
「わかんない。」エンテルは素直に答える。
「この町に魔法館はありますか?」好矢が聞くと、門番は答える。
「魔法館はないが……魔力検査用のイスが目的なら魔導士ギルドにあるぞ。」
「エンテルが、魔力があると確認出来れば、街に入っても良いってことですよね?」
「あぁそうだ。」
「……検査用のイス、持ってきて下さい。」
「…………よかろう。」
検査用のイスは、普通の木のイスに、魔法モニター装置を取り付けただけなので、折り畳んだりは出来ないものの、
移動するくらいなら簡単に出来る代物だったことが幸いした。
まず、エンテルは見方を知らないので、好矢がお手本を見せる。と言っても、喋ればいいだけだが。
「魔法モニター・オン!」
名前:刀利 好矢 所属:なし
職業:放浪魔導士 趣味:草むしり
魔力:1143
使用可能魔法属性:水・氷・風・雷・土・光・植物・金属
使用不可魔法属性:火・闇
得意魔法属性:植物
「放浪魔導士の割にはかなりの魔力だな……。」
「あぁ俺、トーミヨ出身なので……。」
「トーミヨ出身!?卒業生なのか!?」
「いえ……トーミヨの三学年で辞めました。」
「そうか……一流魔導士の近道かつ王道を捨てるとは……世捨て人にも程があるな。」そういう門番を無視してエンテルに声を掛ける。
「……さ、エンテル。このイスに座って、そこにあるモニターを見つめながら「魔法モニター・オン!」だ。言ってごらん。」
エンテルもちょこんと座り、言った。
「魔法もにたー・おん!」
名前:エンテル 所属:なし
職業:なし 趣味:好矢の手伝い
魔力:399
使用可能魔法属性:火・水・氷・風・雷・土・光・闇・植物・金属
使用不可魔法属性:なし
得意魔法属性:なし
エンテルが人間であるという証拠が実証された瞬間でもあった。
しかし、何よりも驚いたのは、魔法が使えるということと、使用不可属性が存在しないということ。
使用不可属性が存在しない人物は身近ではソフィナだけで、非常に珍しく、
ヨエル家の家系で使用不可属性が存在しない者は名家であるヨエル家の家系図を見ても、ソフィナただ一人だった。
これからの焚き火はエンテルに頼もう……と呑気なことを考えていた。
「門番さん、これで分かったでしょ?エンテルはゴブリン族という名の人間です。」
「うむ……認めよう。すまなかった、エンテル殿。」頭を下げる門番。
「エンテルは女ですよ。」
「えっ、そうなのか?」
「すまなかった。エンテル嬢。」再び言い直し頭を下げる門番。
「きにしない、きにしない。」エンテルはにこやかに応える。
こうしてようやく、エンテルは人間が住む町に入ることが出来たのである。
それと同じ頃――エレンの街。
「ヨシュアは一体どこへ消えたんだ!?」学校の教授や教官達が話している。
「ヨシュアくんはとんでもない置き土産をして行ったな……。」シルビオ学長が言う。
「でも、俺たちは感謝しています。」そう言ったのは、ミハエルとミハエルの母親だった。
「トール・ヨシュアさんのお陰で、主人の魔力欠乏症が治りました。」
「ミハエルくんのお母様ですか。お久しぶりです。……現在の旦那様のご体調は?」
「今は車椅子生活です。動けない時期が長かったものですから……。でも魔力は409にまで回復しましたし、命は落とさずに済みました。」
「ミハエルくん、君の話ではヨシュアくんからもらった赤紫色のポーションを飲ませたら、急に最大魔力が400増え、徐々に回復していったということで間違いないな?」
「はい、間違いありません。」
「ふむぅ……」
シルビオ学長が気にしているのは、赤紫色のポーションのことである。
万が一、好矢がそのポーションを量産して売りに出そうものなら、危険すぎる。
世界中の犯罪者がこぞってそれを買い求めることだろう。善き行いも、悪き行いも力無くしては何も出来ない。
しかし、売るなという言葉を好矢に伝える術はなかった。彼はもう放浪魔導士。トーミヨの学生ではないし、住所というものも存在しない。
そんな人間に、手紙を送ることなど不可能だったのだ。
「今回は、ミハエルくんのお父さんを治してくれた彼の功績を労おう。そして、彼が赤紫色のポーションの技術を広めないことを祈ろう。」
「そうですね……。僕も飲んでみたかった所ですが………。」ミハエルの返答に、シルビオ学長も賛同する。
「それは俺だって同じさ。魔力を増やすのにポーションを飲むだけだなんて……考えたこともなかった。」
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好矢はというと、町へ入れただけでは安心出来ない。次は住処となる家を探すことにした。
ここガトスの町は、魔族領の一部とはいえ、人間の町。魔族が多く住む町にエンテルと共に入れる保障はない。
もしかすると、エンテルが入れて好矢には入れない可能性だって出て来る。何としてもそれだけは避けたかった。
そう考えると、ガトスの町を拠点にするのも良いということになる。
「すみません…この家なんですけど……。」
好矢は住居仲介所へ行って、間取り図を指差した。間取りは2LDK。
一部屋をエンテルに。もう一部屋を好矢の研究室兼自室にしようとしていた。くつろげるスペースはリビングだけでいい。
「あぁこの家か。……契約金で10000コイン、一月の家賃が6000コインだ。どうだ?」
仲介所の職員にそう言われたが、これをあえて日本円で換算しよう。
前に銅貨1枚=1円、銀貨1枚=100円と言ったが、そんなことはなかった。
…というのも、居酒屋でビール一杯が40コイン…つまり銅貨40枚だ。日本だと400~600円程度だろう。
つまり、この世界でいう10000コインというのは、日本円で10万円。アパートの契約金だけで10万円も掛かるのだ。
しかし、好矢が求める環境の最低限がそのレベルだった。本当なら、研究室と自室で分けたいところだが、自分の財布と相談することにした。
「じゃあ……これでお願いします。」好矢は素直に契約金の10000コインを支払った。
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