第一章_2
晴明の住む邸は、
身分に対して
敷地を囲む
額にじっとりと
大内裏から安倍邸まで、さほど
しかし晴明は、ひと月ほど前からずっと、大内裏陰陽寮への出仕だけでかなり体力を
原因はわかっているのだが、それを改善するにはまだ至っていないのだ。
額の汗を手の
ふいに、その足がぴたりと止まった。
「─────」
進めかけていた足を、すっと引く。そのまま三歩ばかり
晴明を囲むようにして、ふわりと風が立った。彼のまとう
「──……」
口を開きかけた晴明は、後方から近づいてくる足音を聞きとめた。
「おおーい、せいめーい」
その声を聞くなり、晴明は舌打ちした。
先ほどとは
瞬く間に追いついてきたのは、ひとりの青年だ。
「やー、やっと追いついた」
「何の用だ、
冷たく問われ、
「なんだ、
己れの
彼の様子に気づいた岦斎は、
「……なんだ?」
晴明の足元より、三尺ほど進んだ位置だ。
そこはちょうど、西洞院大路と土御門大路の辻の、中心にあたる
それまでのほほんとしていた岦斎の表情がすっと引き
「晴明……」
晴明がやおら片手をあげて岦斎を制した。
右手で組んだ
「──オン、アビラウンキャン、シャラクタン…!」
彼の放つ真言が空気を
「
岦斎が息を
「ナウマクサンマンダ、センダマカロシャダソワタヤウン、タラタカン、マン」
ぼこぼこと音を立てていた
晴明を
しゅうしゅうと舌を出す
晴明はそれを冷然と見据え、
「……っ」
ふいに、晴明が息を
「晴明、どうした!?」
色を失う岦斎の手を
その
かっと吐き出された瘴気の塊が叩きつけられ、息が詰まり呪文が
「…っ、しま…っ!」
眼前に
男の
瞬時に
それが命取りだ。
「晴明!」
ばたばたと手を動かして瘴気を
大蛇を使役する術者が、
巻き起こった
同時に、
術者は目を
大蛇を退け、晴明たちを囲む風にはらまれているのは、
術者は震える指で、神気を放つ影をさした。
「……じゅ…」
わなわなと震える唇から、疑念と
「十二…神将…!?」
指さされた相手は、据わった目で
「そうよ。何か文句、ある?」
「……っ!」
術者は絶句した。
晴明は呼吸を整えながら額ににじむ汗を拭い、
「無理もない…」
小さなその声を聞き
「ちょっと晴明、いまの言葉、どういうことよ!」
はっきりとした
晴明のような
十二神将は、力ある者ならば
これまでは。
晴明は、いま己れが使役する神将を
その
れっきとした十二神将のひとりなのである。
「わたしが十二神将に見えないとでも!?」
きゃんきゃんと
「
「失礼な!」
風をまとって振り返った少女は、にわかに右手を
「わたしは
掲げた
晴明の横で、岦斎は目を剝いた。いくらなんでもあの竜巻を
「おい、太陰!」
「はあっ!」
放たれた竜巻は術者の足元に落とされ、蠢いていた大蛇を
太陰はくるりと後ろを向き、宙に浮いたまま
「何か文句ある?」
彼女を止めようとのばした手をそのままに、岦斎は
「…………ありません」
ふんとばかりに
「あの程度の
無言の晴明の横で、岦斎が
「おいおい、ちょっと待て。理由ならお前たちが一番よくわかってるだろう? いちいちあげつらうようなことを言うのは、感心しないなぁ」
長い栗色の髪をふたつに分けて、両耳の上のところで結わえている太陰は、体の線に沿った異国風の
その様相は人間とほとんど変わらないが、ひとつだけ大きな
「わかってるわよ。でも、
本気でそう思っているのだろう、太陰の燃え上がる
彼らのまとう
「安倍晴明は、わたしたち十二神将の
晴明は苛立ちの混じった息を吐いた。
太陰の言は、
神々の末席に名を連ねる十二神将を、安倍晴明は従えた。ひと月ほど前の話だ。
その事実は、陰陽道に
「……安倍晴明…!」
うめき声に視線を向ければ、竜巻の
「式など使わず、最初からこうしていれば良かった! 貴様の命もろとも十二神将を我が手に!」
太陰の表情が険しさに彩られる。
前に出ようとした神将の
「ちょっと岦斎、放しなさいよ」
「いやいや。あっちより、あの辺でざわざわしてる
見れば、
それに、と、岦斎の目が晴明の背を示した。それを追った太陰は、主の背に立ち
安倍晴明は結印し、術者をひたと見据えた。
「──この術は
術者は目を
そこに立ち昇る
「こんな…!」
それ以上声が出ない。
氷のように冷たい
これが、安倍晴明。
「───
悲鳴を上げた術者は、最後の力を
術と結界が
太陰の目が
霊気の
冷めた目で辺りを見回した晴明は、ふいによろめいた。
なんとか
一方の岦斎は、太陰とともに、群がっていた
「うーん、晴明の奴、やっぱり調子が悪そうだなぁ」
心から案じている
「仕方ないわ。こんなの、わたしたちを
宙に浮き、自分より高い位置にある岦斎と目線を合わせて、太陰は言った。
「あんただって
少しだけ
「いやー、俺は晴明ほど才能ないからなぁ」
額を押さえて息をついている晴明を振り返り、岦斎は
「十二神将は、俺には荷が重い。あいつを見ていて、それを心底痛感した」
神の末席に連なる十二神将は、
しかし。
「……」
「それで、何の用だ、岦斎」
「あ? あー、そうだった」
「お前に渡してくれと
岦斎を太陰がさえぎる。
「そんなのあとにして、とにかく
宙に
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