Code-302 鋼と僕と、君と愛と

夢を見た。


鋼の中に死ぬ、夢を見た


周りを見渡せば、鋼の腕が店を仰いで、火花を散らしていた。


燃える世界、溶ける鉄屑。


全てが赤と鉄色で塗られた世界は



むせ返るように、愛おしかった。





昇ってくる朝日を眺めながらコーヒーを入れる。


ベッドに眠る彼女が愛おしい、とその髪を撫でる。


レーベン・フルージェン


軍人、准尉、『ホーネット』。


彼女を指す言葉は、山ほどある。


だけど僕はそんな言葉を知るほど、彼女が遠ざかるような気がした。


「…ん、………ハルート……」


彼女が僕の手を両手で掴んで、その頬に連れて行く、その仕草はまるで飼い主に戯れる猫のようで、つい頬が緩んでしまう。


いつもは凛とした彼女が、僕の前だけこんなにも油断した姿を見せる、と言うことに少し嬉しさを感じる。


「ハルート、好きだ」


寝惚け眼の癖に、こう言うことははっきり言ってくるから、僕は不意をつかれて焦る。


そんな僕の様子を見て、彼女は


「お前は、どうなんだ?」


すこし悲しそうな目をしながらそう言うから、僕は


「ああ、僕も、大好きだ」


返すように、そう嘯いた。






「うん、やはり拘っているだけはあるな」


僕の淹れたコーヒーを飲みながら彼女は言う、焼いたパンとコーヒーだけ、軍人の朝食としては少ないが、彼女はこれがいい、といつもこれを好むのだ。


「ん、ありがとう」


手元のパンをちぎって口の中に放り込みながら礼を言う、こんなどうもない日々が、どこにでもあるような平凡が。たまらなく愛おしい。


「ハルート、私は今日は非番だ」


そう、と流しながら残りのパンを一気に食べる。


口の中の水分が持ってかれ、急いでコーヒーを流し込む。


程よい苦味が口の中に広がって、喉を突き抜ける。


「……っと、僕は今日は他のやつの調整があるから、午前中は仕事かな」


そうか、と彼女はまだコーヒーを飲んでいる、彼女が遅いのはいつものことなので、乱れたシーツを正してそこに腰掛ける、点呼まではまだ早い。


僕らに与えられた部屋はそう広くはない、狭いキッチンに、シャワールーム、それと少し広めのリビングのみ。


たしかにこの基地には多くの人員が必要だ、そしてその中で宿舎ではなく専用の部屋を置いてもらっているのはいい待遇ともいえる、もちろん彼女もエースパイロットである以上、同じ部屋は与えられている。


あれ、じゃあなんで毎日僕の部屋に来るんだ?


まあいいや、と思考を中断して、整備班の服に着替える。


じゃあ出るよ、と言いながら彼女を見る。


「そうか」


……ちがう、そうじゃない。


「いや、鍵閉めるから」


すると彼女はまた


「そうか、わかった」


などと言う。


こいつ居座る気か。


「あのな、そう言うわけじゃなくて」


「留守番は任せろ」


サムズアップする彼女の顔を見ているともう何もいえなくなって、僕は部屋を後にするのだった。





金属の打ち合う音が響き、時折怒号が飛び交う。


「すまん!少し遅れた」


俺のその声に反応するように、皆がこっちに手を振りながら挨拶をしてくれる。


「整備長、また『ホーネット』とですか?」


「はっ!? ち、ちげーよ、単に飯食うの遅れただけだ、それより副整備長、進捗は?」


じっと俺を見つめながらデータカードを差し出してくる、受け取ったらため息をつかれた、わけがわからん


「……まあいいですが、新型の調整はあらかた終わっています、午前中には終わるかと」


その言葉に時計を見る、時計の針はすでに8時を回っていた。


「ん、わかった、終わり次第転換訓練に回してくれ」


データカードを端末に差し込み、進行状況を確認しながら指示を出す。


「了解、それと整備長」


真剣な目で見つめてくる副整備長、長い睫毛が目を惹く。


「ん? なんだ」


少し息を吸い込んで


「あの、お昼とか、一緒にどうでしょうか……?」


すこし顔を赤くしながら彼女はそう言った。


「ああ、いいよ、じゃあ作業が終わり次第食いに行こう」


そういうと彼女は嬉しそうに返事して、スキップしながら持ち場へと帰って行く、やれやれ、と俺はため息をつきながら、煽り立ててくる男どもに仕事を叩きつける。


もう一度ため息をついて、空を仰ぐ。


決戦の時は近い、メガロスの生産ラインも悲鳴をあげてATLASを作り上げているし、開発班も給料はいいがブラックすぎる、と泣き付いてくる。


できれば彼女には戦いに出て欲しくない、もし彼女が居なくなれば僕はこの世界になんの価値も見出せないだろう。


やれやれ、と佇む機体を触る。


傷一つない機体にはすでに分隊番号と所属基地のマーキングが行われている。


その番号は昨日僕が調整した一機、彼女のための機体。


新型ATLAS『グレイヴ』


その隊長機。


上から見れば三角形のセンサーユニットを持ち、その腕部には備え付けのマシンガンと、展開式の小型化ブレードが搭載されている。


「守ってやってくれ、お前の ご主人様マスターを」


そういって、昨日できなかった調整をすませる、マシンガンの速射間隔や、ブレードの展開速度、機体制御に関する全ての調整をすませる。


彼女がいなければ、僕はここにいる意味がない。


ならば、僕のすることはただ一つ。


彼女が生きて帰るため、最善を尽くすのだ。


そういって、パーツに触れる


整備場には、まだ鉄の音が鳴り響いている。





「整備長、整備長、起きてください」


頬を優しく突かれて、まどろみの中から目を覚ます。


「……ん、おはよ」


意識がまとまらない、また整備中に寝てしまったようだ。


「整備長、もうお昼ですよ、みなさんもう帰っちゃいましたよ」


もう鉄の音は聞こえない、お腹は空いた。


「ん、サンキュー」


そう言い、ATLASの腕部に手を掛け立ち上がる。


「じゃあご飯いこっか」


「はいっ!」



廊下で雑談をしながら、食堂へと歩く、最近何があったとか、本を読んだとか、当たり障りのない話で会話が続く。


「あ、それよりハルートさん、嫌いなものってあります?」


歩きながらこちらを覗き込んでくる、前向かないと危ないよ、と言いそうになるも、無防備なその姿に顔を逸らす、危ないのはどっちだよ。


「ニンジンとか嫌いかな、あとピーマン」


我ながら子供臭いとは思う、しかし仕方がないだろう、あの味がなぜか無理なのだ、口に合わない、苦い、そもそも肉派、栄養はサプリメントで補える、いろんなことがあるが、絶対俺は嫌だ。


「ふふっ、先輩って、子供っぽいんですね」


懐かしい響きだ、工科学校にいた頃、彼女とはあまり縁がなかったが、俺を先輩と呼び、慕ってくれた。


しかし、子供っぽいと言われると腹がたつ、俺だって別に食えないわけじゃあない、単に食いたくないだけだ。


「そういうところも子供っぽいです」


そういうやり取りには必ず負けるのが俺なのだ、悔しいが、諦めていじられることにした。


決して彼女の顔が魅力的だったとか、そう言うんじゃない。




食堂に立ち入り、流れ作業の様に料理を受け取る。


「げっ、ピーマン」


食いたくない、と顔をしかめると、隣の席からピーマンが追加される。


「ダメな子はいっぱい食べないとダメですよ?」


「やめてくれ……」


他の料理はたべれるのに、この二つだけは食べれない、そう言うと彼女は難しそうな顔をして、閃いた様に


「じゃあ先輩、あーんです」


「は?」


いや、わけがわからん、やめてくれ、そんな嬉しそうな顔で俺に悪魔の食べ物を押し付けないでくれ。





「口の中が苦い……」


そう呟きながら、廊下を歩く、彼女は宿舎、俺は部屋へと行く道ですでに別れた。


「うう、早く口を濯ぎたい……」


トボトボと歩きながら、部屋へとたどり着く。


電子カードを端末に押し付けると、ロックされていた扉が開く。


「疲れた」


その言葉しか出てこない、やっぱりピーマンはダメだ、ダメったらダメ。


そんなことを思いながらレーベンを探す、反応がない、おかしいと思いながらリビングを見回す。


普段食事をする机、グラスに飲みかけのビールが入っている、他にも三本くらい空いた缶が床に転がっている。


テレビはついたままで、画面には民間人向けのコマーシャルマーケティングが流れている。


それにしても新しいタイプの冷蔵庫か、欲しい、この部屋には一人用の冷蔵庫しかないはずなのに、なぜか既に埋まっているし、ビールなんかそこら辺に箱で置いてある、おかしい、俺一人暮らしでこの部屋借りてるんだけど。


「レーベン? いないのか?」


反応がない、そろそろ真剣になってくる。


少し歩いて気づいた。


いつも寝ているベッド。


そこにあるはずの布団はすでにベッドからずり落ち。


朝、綺麗にしたはずのシーツは乱れに乱れ。


そこには。


綺麗な金糸を広げた、彼女がいた。


「勘弁してくれ……」


そう言いながら、ベッドに腰掛けて彼女の頬を撫でる。


流れる様な触感なのに、どこか吸いつく様で、弾力を感じさせる。


「ハルート……? おかえり」


惚けた、それでありながら、慈しむ様な瞳をこちらに向け、嬉しそうに僕の名を呼ぶ。


「……ああ、ただいま」


彼女の頬に口付けすると、嬉しそうに笑う。


「へへ、ハルート……」


「ん? なんだ?」


子供の様に嬉しそうな彼女の声が珍しいので、もう少しこの時間を楽しもうと思う。


「寒い……」


あのなぁ、と口にする、そもそも言えば、秋なのに布団を蹴飛ばしたお前が悪い、と僕は思う。


「はいはい、じゃあとってく……」


「いや、ここにいて」


縋るように手を離さない。


なんだこの生き物、可愛すぎる。


「いや布団……」


しかし、体を温めなかったら風邪をひく、エースパイロットが布団を蹴飛ばして風邪を引くなど、お笑い種だ。


どうやってこれを抜け出すか、そう考えていると、突然腕を引かれ、ベッドへと倒れこむ。


「痛た…… 大丈夫か?」


気が抜けていた、突然腕を引っ張られるなんで、考えてもいなかった。


「えへへ、ハルートだ」


いつもはクールなのに、寝起きはこんなにキュートだなんて、ギャップ萌えってやつか、あざとい、さすが准尉あざとい。


「……ああ、僕はここにいるよ」


彼女の胸に抱きしめられて、少し苦しい。


「ハルー……ト」


そう言って、彼女は眠る。


僕もその寝息を聞きながら、ゆっくりと眠りに落ちていく。


オートロックの音が聞こえた、だんだん、意識が彼女と共に、眠りの中に。


「ハルート、行かないで」


そんな寝言に、僕も彼女も、少し涙を流すのだ。

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