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確認を済ませると、邪魔にならない内に講堂を後にして、自分たちは教室へと戻った。鞄に荷物を詰めながら、再び講堂での東條女史の姿を思い浮かべる。美しくも凛とした大和撫子の姿。仮に、運命的な出会い方をしていなかったとしても、世の男であれば密かに想いを募らせるのに十分すぎる相手だった。
「想い人が見つかって良かったよ。だが、これからどうするんだ? 相手は学よし、声よし、器量よし、の超高層高根の花だぜ」
「それは、ううむ……」
言われてみると、言葉に詰まった。
確かに、何の接点も無い相手であるし、仮に運命を感じていたのだとしても、いきなり想いの丈を伝える事ははばかられる。
「もし行動に移すってんなら、流石にそっちの面倒までは見れないから、裸一貫でなんとかしてくれよ」
「もちろん、分かっている!」
奮い立たせるつもりで声を荒げた所で、教室の扉がガタンと音を立てた。視線を向けると、見たことない女生徒が1人、入口の所で驚いたような青い顔をして立っていた。
「ご、ごめん。お邪魔だったかな……?」
「ああ、佐倉。驚かせたなら悪いな」
そうして立ち去ろうとする女生徒を、藤はニッコリと笑みを浮かべながら引き留める。名前を聞いて、今朝眼鏡を奪われているうちに訪ねて来た女史の事だと気が付いた。
定まった視界の中で捉えた彼女は、ふんわりとしたウェーブの髪が特徴的な可愛らしい女生徒だった。丸く大きな瞳と、対照的に慎ましやかな唇。ちょんとのっかった鼻。身長は女生徒の平均的なくらいであるが、スレンダーな印象の先ほどの東條女史に比べれば、ずいぶんと女性らしい身体つきをしている。もちろん太っているという意味ではなく、出るとこが出ているという意味だ。
東條女史が平坦すぎるという見方もあるが、やはりその、目のやり場に困る程度には健康的な体躯である。
「今朝言ってた話をしに来たんだろ? 丁度ひと仕事終えた所で、今なら時間あるけど」
「そ、そう。よかった。じゃあ、折り入ってお願いがあったのだけれど……」
口にしながら、彼女は怯えたような目線でちらちらとこちらの様子を伺った。
なんだかよく分からないが怖がらせてしまったようで、自分はそそくさと帰り支度を始める。そんなこちらの様子を尻目に、佐倉はしどろもどろと口を開いた。
「探して欲しい人がいるんだけど、頼めるかな?」
「尋ね人ね。最近多いんだよな」
言いながらちらりとこちらに目配せをする藤。佐倉女史はキョトンとした様子で惚けているので、自分は睨みつけるような視線を藤に返しておいた。
「いや、こっちの話だ。で、どこの誰?」
「それが、分からないから頼みたいの」
「分からないって……?」
藤が再びこちらを見た。「またか」と言いたげなのが、眉を潜めた視線からひしひしと伝わってくる。
「おいおい、流石にどこの誰か分からない相手を探すのは無理だ。特徴とか、何でも良いから情報をくれないかな」
「え、ええっと……」
佐倉女史が口元に手を当てながら俯いて、視線を流す。
「背は結構高い……と思う。髪は短めかな。服装はウチの学校の制服だから参考にならないとして。あとは……」
記憶を掘り起こすようにして、彼女は1つ1つ口にしていく。傍にいた自分は、いつしか手を止めて藤と一緒にそれを聞いていた。
「あ、あとね、こう、憂い気な表情をしているの。目を細めて、思い詰めたような!」
不意に声が上ずって、佐倉女史は恥ずかしそうに顔をそむけた。その反応だけで何となく、探しているのは想い人なのだろうなということが手に取るように分かった。
「ふぅん、なるほどね……ま、高身長ってだけで結構『的』は絞れそうか。なあ、この海道と比べてデカい? それとも小さい?」
言いながら、藤が俺の肩をポンと叩いた。
「えっと……たぶん同じくらい、だと思う」
これでも物心ついた頃から実家の道場を継ぐため、身体づくりには力を入れられてきた。おかげて180を超える恵まれた肉体を手に入れたが、それと同じくらいだという。
「ありがとう。今のでかなり絞られたから、何とかなると思う」
「ほんと!?」
藤の答えに佐倉女史の顔が輝く。なるほど、今朝、自分はこんな表情をしていたんだろうなと、横顔を見つめながら思った。
「もし見つけたらどうしたらいい。出会いのセッティングくらいなら請け負えるけど」
「え、えーっと、その」
佐倉女史は顔を赤らめながら言葉を詰まらせた。藤め、自分の時は「裸一貫でなんとかしろ」と言っていたくせに、女子の頼みと聞けばこれだ。
「ううん、やっぱり大丈夫。学年とクラスと名前さえわかれば、あとは1人でやるから」
そう言って、佐倉女史は胸元でぐっと拳を握り締めた。
「今度ね、ウチの部活――演劇部の定期公演があるの。そこに、その人を招待したくって。今回の演劇はね、あたしが主演なの。とっても元気になれる演目だから、その……あの表情を笑顔にしてあげられればなって思って」
「ふぅん、良いんじゃない。そういうの好きだよ」
にやけた表情で相槌を打った藤に、佐倉女史は慌てて首を横に振った。
「ご、ごめんね! なんか、語っちゃって! 結果待ってるから! 良かったら2人も公演に来てね! お礼に招待するから!」
そう取り繕うようい言い残して、彼女はダーっと教室から去って行った。取り残された自分達は、小さくため息を吐きながら、どちらからともなく顔を見合わせた。
「そういう訳で、協力を頼むよ海道」
「何でだ。お前の仕事だろう?」
「いや、だって、お前にもお礼くれるって佐倉言ってただろ」
確かに……それとなく聞き流していたが、いつの間にか頭数に入れられていた。
「それに、今回はお前が居た方が楽そうだし。ほら、背比べとか」
「あくまで『自分くらい』って話だろう。比べる必要は無いんじゃないのか?」
「そう言うなって。1週間分から5日分にまけてやるからさ」
「む……」
その条件は、正直やぶさかではない。
「……わかった。ただ、一緒について行く以外、本当に何もできないぞ?」
「おーけー、交渉成立だ。よろしく頼むぜ、相棒」
そう言って、藤は自分の肩に横から手を回して組み合った。
なお、1週間のうちで学校へ行くのは5日だけだという事に改めて気がついたのは、家に帰ってからの事だった。
もちろん、時は既に遅かった。
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