全力で応援したい

 第一日曜日。レトロファイト世界大会当日。

 ケイは、朝早く起きて着替えた。台所で朝の挨拶。

 朝食を作る母親を、途中から見た。父親も見ていた。

『いただきます』

 と家族で言って、和風の朝食をおいしく食べる。

『ごちそうさま』

 と言ったあと。マスクをつけず、外出しなかった。

 サツキが家にやってきた。照れながら、髪に櫛を入れてもらう。

 支度をして、一緒に出発する。桜水駅さくらみずえきを出る列車。

 幕海まくうみドームへ向かった。

 まだ、関係者しかいない会場。

 一万人が収容できる広いドーム内。舞台とその前の客席が形になっていた。

 緑色の舞台の近くに、ずらりと千の椅子が並ぶ。溢れた人は、うしろで立って観戦。

 左に進んだ先が、選手たちの控え室。

 控え室に人はいない。選手たちは、舞台の近くにいた。たくさんの照明が見下ろしている。ケイは雑談中。

 試合の前に撮影する段取りで、集まっていた。補欠選手もいる。

 欠員が二名出たらしい。サツキが言う。

「参加するより、全力で応援したい。応援させて」

 それから、準備がおこなわれ、トーナメント表が発表された。

 ケイは一回戦でヨウサクと当たる。

 ほかは、エリシャ対ヴィーシ。ジョフロワ対ユクシ。ナイナ対カクシ。

 アサト対ボニー。ダニオ対コルメ。フリードリヒ対ネリャ。キャロル対ロクミチ。

 ケイのいるブロックがAで、アサトのいるブロックがBだ。

 一回戦を勝ち抜くと、ケイはエリシャ対ヴィーシ戦の勝者と当たることになる。次が、ジョフロワかユクシかナイナかカクシ。

 誰が勝ち残っても苦戦は必至。

 ケイは、ニヤリと笑った。


 大会の前に、記念撮影が始まった。

 女性陣の華やかさがまぶしい。

 なかでも人目を引くのは、流れるような長い黒髪の、小柄な少女。

 スカート部分に横縞があるように見える、淡いピンクのワンピース姿。

 赤いカーディガンを羽織っている。結んだ紐が、リボンのようで可愛らしい。

 少女は、気合い十分でファイティングポーズを取った。

「いいぞー!」

「可愛いポーズしてよ」

 という、少年少女の声が聞こえる。グレーのシャツ姿の少年が微笑む。

 ほかの参加者は、すこし緊張がほぐれたようだ。

 見慣れない名前の五人はプロゲーマーらしい。ケイは興味がない様子。

「控え室に入れてくれても、いいのにな」

「会場で、応援するね」

 柔らかな表情で手を振る、ミドルヘアの少女。

 諸々の挨拶のあとに、最初の試合が近付いてきた。

 選手たちは控え室にいる。

「いきなり当たるなんて、ついてないな。できるだけやってみるぜ」

 ヨウサクは神妙な面持ちだ。

「多分、俺以外も全員強いから、誰と当たっても同じだと思う。今の自分の力を全部出せよ。そうすれば、勝っても負けても後悔しないだろ」

 いつもとは違う服装のケイが言った。

 坊主頭の少年は、普段どおり笑う。

「ああ。らしくなかったな」

「俺は全力で楽しむ! ついでに勝つぜ」

 ケイは、いつものように笑った。


 レトロファイト世界大会が始まる。

 会場となる幕海まくうみドームには、大勢の人々が訪れていた。

 座っている人よりも、立っている人のほうが多い。

 見守る、サツキ、マユミ、ホノリ、ユズサ。ケイの両親の姿もある。

 緑色の舞台を彩る照明が、頭上に並ぶ。

 対戦する台には、映像出力用のディスプレイが二つ置いてある。ゲーム機は台の中。

 その後ろ。壁のすこし高い位置に配置された、巨大なディスプレイ。試合の様子が映るようになっている。

 最初の試合をおこなう選手の名前が呼ばれ、歓声と拍手が起こった。

 二名は台の近くへ行く。隣同士の椅子に座った。ヘッドフォンをつける。会場の音を軽減し、ゲーム音を聞くため。

 コントローラーを握った。

 サツキは、司会者の話を聞いていない。応援していた。

 試合が始まった。ステージは平原。

 どちらもライトタイプ。板のような装甲で細身。設定は巨大ロボット。

 ヨウサクは、いきなり長距離エネルギー砲を構えた。

 ケイは直進。弾を、一瞬展開したビームシールドで防ぐ。灰色の機体。

 そこに、相手の中距離ミサイルが飛んでくる。同じように無効化。なおも接近する。

 ヨウサクはハンドガンでけん制し、接近戦を拒否。

 ケイは寸前で横に移動し、隙をついて中距離ミサイルを撃った。ヨウサクが防御態勢に入っているところで、横から短距離ビーム砲を直撃させる。

 重いヒット音。

 ヨウサクがナイフを構えたときには、ケイはすでに移動していた。ナイフでカウンターを決める。

 ケイは、追撃で回り込むように見せて、反転して逆から回り込んだ。ビームシールドの逆方向からハンドガンを浴びせ、右腕を破壊。

 両者、ほぼ同時に右腕を換装準備。

 ヨウサクが撃つハンドガンを無視して、短距離ビーム砲を当てたケイ。

 直後に、両者の右腕がヘヴィに換装され、マシンガンを撃ち合う。

 ケイは相手を撃破した。

 正面からの攻防と、選手の楽しそうな顔に、会場は沸いた。

「やっぱ強えな」

「やるじゃん。俺に傷を負わせるとはな」

 画面を見たまま言って、笑った二人。

 2戦目。ヨウサクは、長距離エネルギー砲を撃たなかった。

 両者、同時に接近した。ヨウサクはハンドガンでけん制する。絶妙な間合い。

 ケイはハンドガンを撃ちつつ、脚を換装準備。跳んだ。

 一発当たる弾。弾切れになるヨウサク。

 着地時に換装され、隙が消える。ミドルタイプに脚を換えた機体が、短距離ビーム砲を直撃させた。すぐに、背中の巨大な可変式実体剣を構える。

 ヨウサクは、ケイが距離を取ると読んで、中距離ミサイルを撃っていた。

 ミサイルの発射とほぼ同時に、巨大な実体剣が横薙ぎに振るわれる。ミサイルの爆発も含めて大ダメージ。

 ケイも爆発を受け、笑っていた。

 リロードされたハンドガンを撃つヨウサク。ケイもハンドガンを撃ち、お互いに何発も当たる。ケイはヨウサクの機体を破壊。勝利した。


 観客の中に、ツインテールの少女がいる。

「マユミさんなら、もっといい勝負になったかも」

「いえ。私は目立つのが苦手なので」

 ショートヘアの少女は表情を変えなかった。三つ編みの少女もフォローする。

「これだけの人が見ている中で、よく頑張ったと思うよ」

 ミドルヘアの少女は、大きな目でディスプレイを見つめていた。


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