アバターと違うね

 幕海まくうみホテルのロビーに入り、フロントに行く。

 中も茶色。建物が木造というわけではない。部分的に木で飾り付けされている。

 桜水さくらみずの大会で貰ったカードを見せ、大会関係者だと説明。世界からやってきた人たちの居場所を聞いた。

「つまみ出されないで、よかった」

 ケイの言葉に、サツキが微笑んだ。

 十代前半の少女二人は、エレベーターに乗り込み、上へ向かう。

 扉が開く。広いホテルだった。フロアを丸ごと貸し切っているようだ。関係者の姿が見える。ケイは顔パスした。

 フロア全体が和風。少人数で泊まる部屋のほかに、大部屋がいくつもある。そのうちの一つに、ゲーム機と映像出力用のディスプレイが横一列で並んでいた。

 靴を脱いで、畳の部屋に入る。

「いいのか、外国から来てるのに。まあいいのか」

 紫色の座布団に座る、ゲーム中の人々。足の長い椅子はない。

 ケイはフレンドを探したが、そもそも顔を知らなかった。

 おろおろしているサツキ。

「ど、どうしよう」

「戦えば分かるだろ」

 近くでコントローラーを握っているのは、金髪ミドルヘアのかわいい少女。

 おかっぱに近い髪型。ゆったりとした服を着ている。歳は同じくらい。

「対戦しようぜ」

「うん、いいよ」

 レトロファイトは、一台のゲーム機による大画面対戦ができない。人数分必要。ディスプレイも。

 隣のディスプレイに映る、相手のロボット。

 横目で見る。腕がミドルで、胴と脚がヘヴィ。背中にトラップとデコイだ。

 ケイは同じ装備を選ぶ。ステージは平原を選択。

 荒野に決定した。

 開幕。相手はトラップを設置し、うしろに下がる。ケイが近付きながら中型ハンドガン一発で破壊し、さらに接近。

 デコイを使い、距離を取る相手。ケイは、デコイを中型ハンドガン一発で破壊した。

 トラップを設置したあと、一瞬物陰に隠れた相手が現れ、デコイを出す。

 ケイはトラップを破壊しなかった。

 相手は、なぜか自分でデコイを撃って破壊。姿を見せた。

 表情が緩むケイ。左に移動しつつデコイを使う。姿の見えない銀色の相手に、小型ガトリングを撃った。最初の一発がデコイを破壊。そのあと連続して発射された弾が、相手の機体をかすめて消えていく。

 お互いに中距離での差し合いを希望し、どちらもダメージを与える。

 2戦続いた、読み合いと差し合い。かろうじてケイが勝利した。

「マジかよ。こんな子だったなんてな」

 ケイの読みは外れていたようだ。自分の名前を告げる前に、相手が言う。

「アバターと違うね」

「ナイナ。可愛すぎだろお前……こんな子が、何であんな戦法を」

 ケイは動揺を隠せない。ナイナがサツキのほうを向く。

「そっちの子は?」

「わたしは、補欠のサツキです。ケイの友達です!」

 緊張した様子でサツキが答えた。


 近くで見ていた精悍な顔の男性が、口を開く。

「おれとも戦おうぜ」

 髪はかなり短い。体格も相まって、スポーツ選手のような雰囲気。背が高い。

「いや。お前、フリードリヒだろ。イケメン的に考えて」

 ケイが意味不明なことを言って、相手は屈託のない表情になる。

「何で気付かれるかな。アバターはあんまり似てない、と思うがな」

「す、すごかったです。マントみたいなのを、びゅーん、ってかわして。最後当たっちゃったけど、すごいです!」

 サツキがよく分からない言葉で、フリードリヒを褒めた。

「ああ、ケイの隣でおれの戦いを見ていたのか。格好悪いな」

 男性は爽やかな笑みを見せた。

 ウェーブした髪の色っぽい女性が、部屋に入ってきた。薄着で肌の露出が多い。

「ケイがいるって聞いたけど。どこ?」

「ここだよ」

 ナイナが答えた。指差してはいない。

「二択問題ね」

 ウェーブした髪の女性は悩んだ。黙っているケイとサツキ。

 悩んだあとで、色っぽい女性が選択する。

「こっち!」

「ちょ、ちょっと」

 いきなり抱きしめられたケイは、全力で照れた。

「この反応。当たったみたいね。私はエリシャ。ドリルを使っている、って言ったほうが分かりやすいかな?」

「ど、どうも。ケイです。よろしく」

 ケイは、たじろいでいた。優しい表情のフリードリヒが尋ねる。

「もう、全員集まったのか?」

「まだだよ」

 ナイナが即答した。

 実は、他のフレンド同士を仲介していたケイ。相手の強さをメッセージで伝えて、大会参加者を結び付けていた。

 みんな実力者なので、元々知っている者同士の場合も多々あったが。

「ダニオは、のんきに観光しているみたいよ。せっかくケイが来てくれたのに。もう」

 エリシャは、言ったあとで口角を上げた。

「わたしは補欠でケイの友達の、サツキです。よろしく!」

 サツキは緊張していた。そして、エリシャに抱きしめられた。


 レトロファイトの対戦がおこなわれた。

 ナイナとエリシャが戦っている後ろで、ケイたちは好き勝手なことを話して、笑った。

 気付けば、部屋に誰かが入ってきていた。

 金髪ロングヘアで、つり目の少女。頬を染めて、ちらちらと見ている。服も髪も、きれいにまとまっている。何も言う気配がない。

 おたがいに歳が近い。近付くケイ。

「対戦しようぜ」

 金髪ロングヘアの少女は、もじもじしながら頷いた。

 隣のディスプレイに映る相手の装備。

 腕がミドルで、胴と脚がライト。左手にナイフ。右手にソード。両肩に至近距離専用ビームナックル。

 ケイは、同じ装備を選択した。

 試合開始。平原。

 ケイが間合いを詰めた。相手も一気に接近してきた。

 相手のナイフ攻撃。ケイは、先読みでビームシールドを展開していた。防いで、相手の隙に攻撃しなかった。

 隙を見せるタイミングでナイフを使うケイ。相手は、ビームシールドで弾く。何もしなかった。ケイが、声を出して笑う。

 お互いに、換装を使わずひたすら攻めた。ミスをしたほうが攻撃を食らう。

 かろうじて、白い相手を撃破したケイ。

 2戦目。両者は、同時に全力で直進した。同時にナイフを使い、クロスカウンターの形になる。

 ノーガードの殴り合いになり、至近距離専用ビームナックルの撃ち合いになった。わずかな差で、ケイは勝った。

「こんな可愛い子が、何でこんな戦いかたしてるんだよ。キャロルか。また読み間違えた」

 ケイは、勝負に負けたような悔しさを滲ませていた。

「……ありがとう」

 つり目の少女は、頬を染めてそれだけ言った。

「今、着いたのか? おれのライバルが、こんなに可愛いお嬢さんだとは、な」

 フリードリヒが、爽やかな笑みを浮かべた。

 対戦が終わり、全員が、キャロルに自己紹介。

 それから、キャロルとフリードリヒが対戦する、みんなで見ながら騒いだ。

 ほかの人同士でも対戦を重ねる。

 冗談交じりで、外野は好き放題言っていた。


 お昼になり、ホテル内のレストランで昼食をとることになった。

 エレベーターで下に向かう。

 テーブルと椅子がありながらも、和風な装いの場所に着いた。

 六人とも和風の食事を選ぶ。

 ゲームの話で盛り上がっていると、髭を蓄えた中年男性がやってきた。

 背はあまり高くない。すこしふっくらとしている。

「残念だよ。桜の季節は、もう過ぎていたんだね」

「ちょっとダニオ。どこまで行っていたのよ。もうお昼よ」

 エリシャが言った。

 ダニオは、お土産だと言って何かのフィギュアを取り出す。

 エリシャはそれをスルー。ケイとサツキと、キャロルが紹介される。

 昼食が終わり、ケイは歯磨きをした。

 和風の大部屋に戻った一行。靴を脱ぐ。

 畳の上に、独自の雰囲気を持つ、白髪の年配男性が立っていた。

 細身でスーツ姿。穏やかな口調で話し出す。

「おや。ケイさんというのは、もしかして、そこのお髭の方ですか?」

「それが違うのさ。驚くなよ?」

 フリードリヒは得意げな顔。

「冗談ですよ。長い黒髪の、あなたですね。私はジョフロワです。よろしくお願いします」

 ジョフロワは、微笑んで軽く会釈をした。

 初対面の人同士で挨拶したあとで、やはり始まる対戦会。

 サツキも対戦に参加。

 元気のいい声を出して、かわいがられることになる。女性陣から。

 ケイは、対戦を見ながら楽しそうに表情を緩めた。

「もう、みんな集まってたんだね。いい盛り上がりじゃないか」

 部屋に入ってきた金髪ショートヘアの女性が、嬉しそうな声を上げた。美しい笑顔。

 きっちりとした服では、しなやかな肢体を隠しきれない。

 自己紹介して、ケイのライバル達が集結した。

「面白いよね、見てるだけでもさ」

 さきほど到着したボニーが言った。対戦を眺めるケイは、素直に答える。

「うん。観戦モードがあればよかったと思うよ」

「でもさ、この雰囲気が、いいと思わない?」

 その言葉に、ケイは満面の笑みで答えた。


 部屋の窓から、幕海ドームが見える。

 日は大分傾いている。

 対戦は終わる気配がない。切り上げることにしたケイ。

「明日は、手加減なしだぜ!」

「ありがとうございました」

 二人は、茶色の幕海まくうみホテルをあとにして、幕海駅まくうみえきへ。

 薄い水色の建物は、地元の駅よりも大きい。列車で桜水駅さくらみずえきへ向かう。

 並んで座る。珍しく、ぼーっとしているサツキ。

「すごかったね」

「いやあ。面白かった」

 マスク姿のケイは、心の底から楽しそうだ。

「明日早いから、今日は早めに寝よう」

 サツキは、自分に言い聞かせるように言った。

「ああ、明日か。写真とか撮られるのかな。やっぱり」

「そうだ。もう、アバターをケイに似せてもいいんじゃない? 優勝したら、変えても意味ないでしょ」

「だから、変なフラグ建てるのやめろって。一回戦で負けたら恥ずかしいだろ」

 目尻を下げるサツキ。ケイがつられる。二人で笑った。

 駅を出て手を振り、お互いの帰路につく。

 マスクを外して、台所に行くケイ。母親に料理の作りかたを聞く。手伝うことはなかった。

 完成して、父親が戻ってきた。夕食の時間になる。

 食事のあとで和やかに話す家族。

 歯磨きをして、お風呂に入る。出て、パジャマに着替えて、髪を乾かして。

 柔軟体操をした。

 そして、すこし背の低い少女は、ゲーム機の電源を入れなかった。

 友人と通話。恥ずかしそうにしたあとで笑う。心からの笑顔だった。


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