第三章 レトロファイト

すごく強いって聞いて

 まだ夕食には早い時間。ケイは台所にいた。

 母親が料理を作るのを見ていた。しばらく見続ける。

 できあがった頃に父親が帰ってきた。ただいまとおかえりを言い微笑む。

 夕食の席で、服の話はない。自分から話題にする娘。

 いつものように、冗談のようなことを言う父親に笑う。なだめる母親を見て優しい顔になる。ただ、いつ着るのかという問いには答えない。

 食事のあとも、他愛たあいのないおしゃべりが続く。家族だんらんが過ぎていった。

 歯磨きと入浴が済む。長い髪を乾かした。自室に戻る、パジャマ姿の少女。

 情報端末じょうほうたんまつを見ると、アサトから着信ちゃくしんがあったらしい。

 メッセージのやり取りはれていた。しかし、通話つうわにはれていない。メッセージを送った。

【なんだ?】

 メッセージすられていないアピールだ。アサトいじりに余念よねんがない。

 ケイは、着信ちゃくしんおどろいて変な声を出した。情報端末じょうほうたんまつを顔の横に持つ。

「も、もしもし?」

『まだメッセージにれてない? ひょっとして、長電話ながでんわしているとか?』

「そんなことは、どうでもいいだろ。要件を言えよ」

 ベッドに座ったケイは、動揺どうようさとられまいとしているようだ。

『前にゲーセンで大会があった。これは覚えてるよね』

「先に結論けつろんを言えよ、お前は」

 アサトは特に悪くないのに怒られた。だが、反論はんろんはしない。

世界大会せかいたいかい、出場おめでとう』

「ふーん」

『あれ? もう知らせが届いていた?』

「え。マジばなし?」

『ゲーセンの大会が、動画に撮られていて、それを偉い人が見たってさ』

 ケイが意味を理解するまで、すこし時間がかかった。

「それで?」

『すごく売れてるよね。レトロファイト。ここでもう一度火をつけたい、って思惑おもわくだよ』

「まだ、発売から十日ぐらいだろ? 大会やって強い奴集やつあつまるのか?」

『それは分からないけど、イベントとしてはこのタイミング、ってこと』

「で、何でそれをお前が知ってるんだよ。まさか、偉い人の息子?」

 ベッドの上でごろごろしながら話すケイ。

『そうじゃなくて、ちょくちょくゲーセンに行ってて、準優勝者じゅんゆうしょうしゃってことで顔覚えられてたらしくて』

「ふむ。続きを」

『それで、優勝した人と親しいようだったから、ぜひ連絡取ってくれ、って』

 変なうなり声を出して、身体からだを起こしたケイ。ベッドに座る。

「連絡取って、どうすんだ?」

『ゲーセンに来てくれってさ。手続きするんじゃない? 日程教にっていおしえてくれるとか』

「ん? 今から?」

『すぐとは言ってなかったから、明日でいいかも。心配なら、今からでも』

 ケイは、もうお風呂を済ませたことは言わなかった。

「まあ明日でいっか。悪いな。電話させて」

『いいって。それよりどう? これから』

「いいね。強くなってるそうじゃないか。見せてもらうぜ、アサト」

『まだ、ケイには負けると思うけど』

「戦う前から何言ってんだよ! さっさとやるぞ!」

 通話つうわが終わる。

 戦いが始まった。


「強くなったな、少年しょうねん

 戦いが終わり、感慨深かんがいぶかそうにつぶやいた、長い黒髪の少女。

 大勢になったフレンドリスト。部屋を開いている人にかたぱしから挑む。その姿は道場破どうじょうやぶりのようだった。

 赤茶色のエリシャと、ドリル合戦がっせん

 水色に近い青色のダニオと、ジャンプ勝負しょうぶ

 赤いボニーと、近距離射撃戦きんきょりしゃげきせんを楽しんだ。

「あれ? まだ寝るには早いな。こいつら強すぎだろ。疲れた」

 ストレッチを始めるケイ。満足そうな顔。

 大きくびをしたあとで始まる、筋力きんりょくトレーニング。

 眠気に勝てなくなったのか、寝支度ねじたくをしてとこいた。


 第四木曜日だいよんもくようび

 朝早く。ケイは、制服姿せいふくすがた山上学園やまがみがくえんへと歩く。

 レンガづくりの門に近付いたとき、偶然ぐうぜんサツキと出くわした。

 挨拶あいさつをして、校舎に入る。上履うわばきにき替え、一階の一組に向かう。

 ケイは、教室に入ってからマスクを外す。試作型空気清浄機しさくがたくうきせいじょうきのスイッチを入れた。静かで、ほとんど音がしない。

 席について雑談ざつだんをする二人。

「世界大会?」

 ぱっちりとした目のサツキは、さらに目を大きくして聞いた。

「らしいけど。まあ今日の放課後ほうかごに、ゲーセン行ってみるよ」

 まだ信じていないのか、はっきりしない物言ものいいのケイ。

 サツキは興味津々きょうみしんしんだ。

「ついていっても、いい?」

「いいけど。特に面白いこともないと思うけどな」

 時間が過ぎ、みのホノリとツインテールのユズサが登校してきた。

 サツキが世界大会せかいたいかいのことを話して盛り上がる。

 さらに、坊主頭ぼうずあたまのヨウサクと七三分しちさんわけのロクミチが登校してきた。

 ヨウサクがサインくれと言い出す。まだ早いだろと断ったケイ。

 チャイムが鳴る。ケイは真面目まじめに授業を受けた。

 授業が終わり、放課後ほうかご

 ケイは、サツキと待ち合わせをして、一旦帰宅。着替えて落ち合う。

 駅前のゲームセンター。

 中に入った二人は、銀色の場所に行く。大会でかかりをやっていた人から、詳細しょうさいを聞いた。

「来月の最初の日曜日?」

 すこし背の低い少女は、今すぐでもいけるぜ、とは言わなかった。

 かかりの人から、実はまだ人数が足りないので、世界で強い人を知らないかと聞かれる。

おれ互角ごかくやつらが、七人ほどいるけど」

 アサトに、黙っとけば勝てるだろ、と言ったことを忘れたようだ。


 第四金曜日だいよんきんようび。レトロファイト発売から二週間にしゅうかん

 いつものように、マスクをして学校へ向かうケイ。

 教室に着くと、空気清浄機くうきせいじょうきの電源が入っていた。

 マスクを外し、サツキと挨拶あいさつ。雑談の前からゆるんでいる表情。

 みのホノリと、ツインテールのユズサが加わり、雑談ざつだんに花が咲く。色恋いろこいとは無縁むえんだった。

 坊主頭ぼうずあたまのヨウサクと、七三分しちさんわけのロクミチもやってきた。ゲームの話で盛り上がる。

 今日も、ケイは真面目まじめに授業を受けた。

 放課後ほうかご

「明日、おれの家で、適当てきとう雑談ざつだんして時間潰そうぜ。アサトとマユミにも声かけてみる」

 勉強しとけよ、と言って、それぞれの帰路についた。日は高い。

 自室で二人に連絡し、了承りょうしょうされる。

 レトロファイトを起動。

 ケイは、自分でフレンド部屋を開いた。

 開幕パージするフリードリヒと、格闘戦かくとうせん

 白いキャロルとも、格闘戦かくとうせんを楽しんだ。

 強敵きょうてきたちと戦闘後に、メッセージをやり取りする。何人かが出した大会たいかいの話題。

 ケイは、にやりとした。休憩きゅうけいには運動と、勉強をおこなう。

 日が傾き、夜になる。

 しばらく世界でポイントをかせぐ。

 幸せそうな顔で寝支度ねじたくを済ませ、布団にもぐり込んだ。


 第四土曜日だいよんどようび

 朝食のあとに、普段着のケイが言う。

「今日、七人ぐらい来るけど、昼までには返すから」

「仕事なのが残念だ」

 悲しそうな顔の父親。母親が言う。

「私が、しっかりチェックしておきますから」

「何もチェックしなくていいよ」

 ケイが即座に反応はんのうした。

 父親が、いってきますと言って家を出る。しばらくして、誰かがやってきた。

「こんにちは」

 サツキを家に入れるケイ。

 家は木の部分が多い。居間で座布団ざぶとんを探した。六つしかない。

「アサトに椅子に座ってもらって、おれがベッドでいいか」

 他の人が来る前に、サツキと服の話をする。

「明日、どうかな?」

「断る理由がない!」

 二人は違う種類の笑顔になって、雑談ざつだんをした。

「こんにちは」

「こんにちは」

 やってきたのは、アサトとマユミ。自室に招き入れる。

 北に、空気清浄機くうきせいじょうき。近くには小さなテーブル。南に本棚。近くにはベッド。

 東の奥には窓がある。

 右側に、PCが置かれた机と椅子。左側にはTVがあり、近くに並ぶゲーム機。

 アサトを椅子に座らせる。

初代世界しょだいせかいチャンプ予定の部屋の、椅子に座れるとは」

 感慨深かんがいぶかそうに言った、短髪の少年しょうねん。グレーのシャツ姿。

「いいですね。私にも座らせてもらえませんか?」

 ショートヘアの少女が食いついた。制服せいふくのようなきっちりとした服装。

「何だよ。二人とも、変なフラグ建てるなよ」

 ケイが言って、みんなで笑った。

「こんにちは」

「こんにちは」

 次に来たのは、みのホノリと、ツインテールのユズサ。

 部屋が狭く感じられるほどの密度になった。

「この可愛かわいい方々も友人ですか」

 アサトはブレなかった。ケイが即座に反応はんのうする。

「何言ってるんだよ、アサト」

「え? そう言わないと、ケイが怒るから」

 アサトの言葉に、ケイは点と点が線でつながったような表情を見せた。

「いやいや、言わなくていいから。怒らないから」

 なぞの会話に、ホノリとユズサは興味津々きょうみしんしんの様子。

 座布団ざぶとんに座ったホノリが、椅子に座っているアサトを見上げる。

「こんにちはアサトさん。すごく強いって聞いて、楽しみにして来ました」

「マユミさん、思ったとおり格好いい」

 ユズサはマユミに夢中だ。

「そうだ。まだ来るから、今の内にID交換しとけよ」

 ケイの提案ていあんで、交換会がおこなわれた。

「こんにちは」

「こんにちは」

 坊主頭ぼうずあたまのヨウサクと、七三分しちさんわけのロクミチがやってきた。ケイはベッドに座った。

「この人がアサトか。オーラが違うぜ、オーラが」

「ごめん、悪いやつじゃないんだよ。ちょっと口が悪いだけだから」

 ヨウサクが適当てきとうなことを言って、ロクミチがフォローした。

 談笑だんしょうしながら、またもや交換会がおこなわれる。

 どれだけアサトが強いのか、見てみたい、という話になった。

「どうだ。ハードル上げられる気持ちは。おれの気持ちが分かったか」

 ケイは、自分のアカウントでプレイさせる気満々きまんまんだ。

「はい。やらせてください」

 アサトは真剣しんけんな表情で言った。


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