二人で競争だよ!

 夕暮ゆうぐれ。大通りの向かいにある広い公園。緑に囲まれている。

 東には海が見える。道に近い場所のベンチに座る、長い黒髪の少女。マスクはしていない。

 近付いていく、赤いチェックのスカートをはいた少女。

 リボンの付いた上着を羽織はおっていた。つややかなミドルヘアがれる。

「どうしたの?」

 ぱっちりとした目のサツキが、ベンチの隣に座った。

 ケイは一瞬サツキのほうを見た。すぐに海のほうを向く。

「ごめん。急に呼び出して」

「……」

 ケイが口を開く。

「話しておきたかったんだ。早いほうがいいと思って。政府は公表してないけど、小さな粒子りゅうしが世界中に飛んでる。父さんはすごい人だった。粒子りゅうし吸着きゅうちゃくするフィルターを作ったんだ」

 サツキが何かを言う前に、ケイが続ける。

「普通の人には影響えいきょうないけど、おれ身体からだが弱いから影響えいきょうが強く出てるんだろうって、父さんの推測すいそく医療機関いりょうきかんも知らないから、根本的こんぽんてき治療ちりょうっていうのができないんだよね。普通の人はまだ問題ないから、知らせてないんだろうな」

 ケイは、せきを切ったように一気に話した。

「普通の人には問題なくても、ケイは、ケイには大問題じゃない!」

 サツキが叫んだ。ケイの手をにぎる。

 手を見ながら呟く少女。

「だから、サツキに聞いてもらったんだよ。おれがどうにかなったとき、知らないのは嫌だろ」

「やめてよ。そんなこと言うの。ケイは弱気よわきになってる! 心が弱ると、体まで弱るから。だから、ダメ!」

 いまにも泣きそうな声。ケイの表情が変わる。

「確かに、ちょっと呼吸がつらいからって、心までつらくなってたら駄目だめだよな。分かったよ。おれ粒子りゅうしそのものを何とかする。父さんを超える」

 途中からサツキの顔を見て、笑顔で宣言した。

 サツキは、目になみだめて笑う。

「じゃぁ、わたしはケイを超える! ケイより早く何とかする!」

おれの問題なんだから、おれがやるよ」

 ケイが困ったような顔で口元をゆるめる。

「やりたいから、やるって決めたから。二人で競争だよ!」

 目からなみだをこぼした少女の手を、ケイはにぎり返した。


 マスクをして家に戻ってきたケイは、マスクを外して台所に行く。

 母親が料理を作る様子を、ただ見ていた。

 仮眠をしていた父親が二階から下りてきて、いい匂いで目が覚めたと言った。

 ケイが、あんまり無理しちゃ駄目だ、と言う。ツネハルは感動した様子で、リョウコに意見を求める。

 母親は笑った。それを見た娘も笑って、みんなで笑った。

 食事が終わっても、家族は話をしていた。いつものような、幸せな時間だった。

 歯磨きと入浴がむ。長い髪が温風で乾く。

 飾り気のない、パジャマ姿のケイ。自室でレトロファイトを起動。

 オンライン対戦開始。世界でポイントをかせぐ。ランクを18に上げた。

おれより強いやつがいなくなるまで、徹底的てっていてきに強くなるぞ」

 真剣しんけんな目で戦いを続ける。合間の柔軟体操じゅうなんたいそうも忘れない。いじられる情報端末じょうほうたんまつ

 しばらくして、ランク19の相手が現れた。プレイヤー名はエリシャ。

 ケイのロボットはミドル一式。ステージは荒野を選択。

 試合開始。

 相手の機体きたいは、茶色に近い赤。全身ミドルで、背中にドリル。

「お手並み拝見だな」

 ドリルを警戒するケイ。

 中距離小型ちゅうきょりこがたミサイルとビームシールドをじくに、中距離ちゅうきょりでの戦いを仕掛けてきた相手。

 ケイはトラップを要所で使い、相手との装備差そうびさ勝利しょうりした。

「やっぱドリルはムズいだろ。中距離ちゅうきょり、上手いな」

 2戦目。ケイはトラップを使わなかった。

 中距離戦ちゅうきょりせんを狙っている相手に対し、ビームシールドを一瞬使う。攻撃こうげきを防ぎつつ接近せっきん近距離戦きんきょりせんを挑む。

 展開てんかいまで時間があるビームシールド。使いこなすには、行動を読むことが必須。

 エリシャが左腕を換装準備かんそうじゅんびした。一瞬あとに、ケイはあし換装準備かんそうじゅんびした。

 赤茶色の相手がビームシールドを使い、はじかれるビームナイフ。

「しまった!」

 相手の左腕がヘヴィに換装かんそうされ、ビームシールドが消える。ドリルをかまえた。

「なんてね」

 はじかれたケイの機体きたいは、あしがライトに換装かんそうされて止まる。その場でジャンプ。大型実体剣おおがたじったいけんかまえた。エリシャのドリルがくうを切る。直後、着地しながら振り下ろされる、大型実体剣おおがたじったいけん

 相手の得意な中距離ちゅうきょりで、互角ごかく勝負しょうぶが続く。ケイが押し勝った。

「ドリルじゃなかったらヤバかったな」

 試合後の画面で、相手のアバターを見る。名前はエリシャ。ウェーブした髪の、色っぽい女性。

【ドリルすごいですね。フレンドになってください】

 フレンド申請のメッセージには、何のひねりもなかった。

 承認される。

【ありがとう! 当たらないけど、やめられないんだ】

 メッセージを見て、ケイは声を出して笑った。フレンドは七人になった。


 筋力きんりょくトレーニングをしたあと、ケイは再び世界で戦い始めた。

 ジョフロワとフリードリヒに偶然ぐうぜんマッチングして、強すぎだろ! と言いながら退しりぞけた。

 もうすこしでランクが上がる、というところまで貯まったポイント。

 現れた、ランク20の相手。プレイヤー名はダニオ。

 ロボットをミドル一式に決定した、ケイ。ステージ選択は、荒野。

 試合開始しあいかいし

 ダニオの機体きたいは、水色寄りの青。胴がライト、腕がミドル、あしがヘヴィ。

 見慣れない装備そうびの組み合わせ。様子を見る少女。相手はあし換装準備かんそうじゅんびをして、んだ。

「冗談だろ」

 相手の狙いが分かったケイ。あえて邪魔をせず、ブーストでうしろに下がった。

 着地と同時にあしがミドルに換装かんそうされ、着地のすきをキャンセル。すぐに動ける状態の相手。

「ゲーセンじゃないと、安定しないだろ、普通。ラグもあるっていうのに」

 ケイは、何かをたくらんでいるような顔で笑った。中距離小型ちゅうきょりこがたミサイルをって、すこしを置いてあし換装準備かんそうじゅんびする。そして、んだ。

 邪魔をしてこないダニオ。悠々ゆうゆうと左右に振って、ミサイルの誘導ゆうどうを切ってける。

 ケイの機体は、着地と同時にあしがヘヴィに換装かんそうされ、すぐ動ける状態。何もしなかった。

準備運動じゅんびうんどうは終わりだ」

 心底楽しそうにケイは言った。

 換装かんそうは連続してできない。着地のすきをなくすために換装を使えば、換装かんそうで相手に対応することはできない。地力じりきがないと勝つのは難しい。

「相手がジャンプしてくるなんてこと、ないからな。いい練習になる」

 ジャンプの合間に戦う。おたがいに着地を狙わず、わずかにダメージレースで勝ち、相手を撃破げきはした。

 2戦目。ケイは、ダニオの着地を狙った。

 攻撃がヒットすると、ヒットストップ(一瞬動きが止まる演出)がある。着地を含めた諸々もろもろのタイミングがずれることになる。基本的に、ダメージがすくないと止まる時間もすくなく、大きければ長い。

 レトロファイトでは、体感できないほど止まっている時間が短い。さらに、そのあいだもスローモーションで動く、という仕様しよう採用さいようしている。

 小型こがたガトリングが何発か命中。タイミングがずれた。

 ダニオは、着地のあとにあしをミドルに換装かんそうすきがない。

「あらかじめ攻撃を予測して、タイミングをずらしたのか」

 小型こがたガトリングで攻撃こうげきする青い相手。ダメージが逆転ぎゃくてんする。

「これも結局、読み合いだな」

 ケイは嬉しそうに笑って、強敵きょうてきとの戦いを楽しんだ。読み合いが続く。

 あえて攻撃こうげきせず、着地時の相手のすきをついて削りきった、ケイの勝利しょうりとなる。

 戦闘終了後の画面。ダニオのアバターは、整えたひげたくわえた中年男性ちゅうねんだんせい

 ケイは、フレンド申請のメッセージを考えている。

【すごい操作精度そうさせいどでびっくりしました。また戦いましょう】

 すぐに承認しょうにんされ、返事がきた。

【ぼくは、いつもノリで戦っているんだ。気楽にいこう】

 軽い内容に吹き出しそうになるケイ。フレンドは八人になった。

 そして、ランク19になった。


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