世界に小さな粒子が漂っている

 のんびりとくつろいだあとに、歯磨きと入浴を終える。

 長い髪を乾かした、パジャマ姿のケイ。

 自室で一度大きく伸びをすると、再びレトロファイトを起動した。フレンドの状態を見る。オンラインはアサトとマユミだけ。

「ナイナとも同じ装備でやりたかったけど、仕方ないな。明日いるかな」

 世界でのポイント稼ぎ。

 ケイは調子に乗って、マントのような形状の全方位中距離エネルギー砲を使った。

 背中の左右と両肩の装備欄を同時に使用する、完全なロマン武器である。燃費が悪い上に装備の数が減るため、素人にはお勧めできない。

 ケイの戦術は、ライトタイプの機動力で翻弄して接近。いつもの戦い方だった。

「さすがに、ロマン武器をメインで使うと、勝てなそうだな」

 ひたすら勝利を重ね、ランク17になった。合間に身体を動かす。

 何戦か同じ装備で戦い、撃破していく。

 次の相手は、ランク18。プレイヤー名はフリードリヒ。ステージは平原を選択。

 試合開始。

 ケイは、ライトタイプにマントのような武装。

 相手もライトタイプ。黒い機体。両手とも近接武器。右肩には大型実体剣。

「ヤバイな。こんな装備で勝てるか、これ」

 言い終わらないうちに、フリードリヒは全装甲をパージした。むき出しになるフレーム。

「色変えた意味、ないだろ、それ!」

 直進してきた相手に、肩と背中の全砲門を展開。全方位中距離エネルギー砲を使った。

 相手は、何発か躱してビームナイフを構える。ケイの機体には届かず、エネルギー砲が一発当たる。そのまま次の攻撃が当たり大破した。

 2戦目。今度は、ケイが全装甲をパージした。

 ほぼ同時に相手もパージした。

「お見通しかよ。最初のは試したんだな。めったに使われないからな、この武器」

 中距離武器の射程に入った。使わず、相手の出方を見る。不規則な動きで翻弄し合う両者。

 ケイのナイフ攻撃は、相手が一瞬使ったビームシールドに弾かれる。

「ちくしょう。近接武器の数が違いすぎる」

 攻め手を欠くケイ。フリードリヒの手数に負け、撃破された。

 3戦目。両者は開幕パージした。

 ケイは接近戦に持ち込むと見せかけて、肩と背中の全砲門を展開。全方位中距離エネルギー砲を使った。

「来いよ。さあ」

 相手は流れるような動きで、何度も攻撃を避けて接近してくる。だが、一発当たったあとにまたしても次の攻撃が当たり、ケイは勝利した。

「パージ戦法に相性抜群じゃないか、この武器。でも納得できないな」

 ケイは、戦闘終了後の画面でメッセージを作成。フレンド申請した。

【マントは何も着ていない相手に強いですね。今度は同じ装備でやりましょう】

 知らない人が見ると、意味不明な内容だ。

 相手の名前はフリードリヒ。かなり短い髪で、ニヒルな笑みを浮かべた男性のアバター。

【いや。おれの動きが悪かっただけだ。また頼むよ】

 ケイのフレンドは六人になった。

 さすがに戦い疲れたかと思いきや、ケイはさらにポイントを稼ぐ。

 今度は、背中の左右両方の装備欄を使用する、大口径実弾長距離砲を使っていた。

「さすがに、これで武器を壊すのは厳しいか」

 遠距離狙撃の醍醐味が分かったケイは、しばらく的当てゲームを楽しんだ。

 あくびのあとで、電源が落とされるゲーム機。肩をぐるぐると回す。運動を始めた。あまり力が入っていない。目がしょぼしょぼしてきた十代前半の少女。

 父親が帰る前に寝支度を済ませて、ベッドで横になった。


 第三火曜日。

 朝早く起きたケイは、視線の定まらない様子で制服に着替えた。

 台所で朝の挨拶。父親におかえりと言う。

 朝食を作る母親を途中から見た。

 食事のあと、支度をしてマスクをつける。父親と同時にいってきますと言った。

 すこし家を出るのが早かったようだ。教室にサツキはいなかった。

 ケイはマスクを外した。机の上にべったりと上半身をつけ、うつろな目をしていた。長い髪が机から垂れ下がっている。

「おはよう」

 声が聞こえた。ケイは、びくんと動く。椅子が鳴った。

「おはよう」

 ぱっちりとした目のサツキに挨拶をした、あまり険しい目つきをしなくなったケイ。

「夜に何かあった?」

 サツキが心配そうな顔で席につき、身体を向ける。ケイも身体を向け、楽しそうに答えた。

「いや。強い相手と戦って疲れただけ。世界は広いね」

「でも、勝っちゃうんだよね」

 ミドルヘアの少女が、楽しそうに声を弾ませた。

「うーん。互角ぐらいだと思うけど。運が良かっただけで」

「わたしもね、ちょっとは上達したかも」

 サツキが自信をのぞかせた。ケイはすぐ聞く。

「フレンド戦、やってるの?」

「そう。マユミさんもね、強くなってるよ」

 腕組みをしたケイ。感慨深そうに呟く。

「アサトは、ちゃんとやってくれてるか。そうか」

「うん。さすが準優勝しただけあるよ。まだ全然届かない」

「ちゃんと、5回隙作ってくれてる? やってるなら、あいつも強くなってるんだな」

 嬉しそうに言うケイを見て、サツキも嬉しそうな顔になる。

「やってるよ。しかも何か、色々試しながら戦ってる」

「俺がやってるみたいなことか。成長したな、少年」

 ケイは真剣な顔で呟いた。


 昼休憩。

 並んでお弁当を食べるサツキから、

「元気ないんじゃない?」

 と言われるケイ。普段と変わらないテンションで否定した。

 授業が終わり、放課後になる。

 すこし背の低いケイは、マスクをした。門まで一緒に歩く二人。

『またね』

 と言い合って、別々の帰路についた。

 家に帰り、マスクを外す。床に転がる情報端末。忘れたことに気付く。夜に電源を切ったままだった。

「まあいいか」

 普段着に着替えた。

 レトロファイトを起動して、フレンドリストを見る。

 ナイナがオンラインで、部屋を開いていた。すぐに入室許可を申請。

 許可が下り、選択画面になる。

 腕をミドルで、胴と脚をヘヴィに変更。トラップとデコイを装備した。ステージは平原を選択。

 試合開始。平原になった。

 トラップを設置し、後ろに下がる両者。銀色の相手と同じ装備を選んでいるケイ。

 相手がデコイを使った瞬間に、ケイは中型ハンドガンの射程ギリギリまで接近。一発撃つ。すぐに中距離小型ミサイルを撃ち、相手の出方を見た。

 デコイが破壊され、それと同時に迫るミサイルが、ナイナの機体にヒット。

 少女がにやりと笑う。相手は、接近戦を読んでビームシールドを展開。ケイは、左に移動しつつデコイを使う。姿の見えない相手に向かって放つ、右手甲の小型ガトリング。

「ここだな!」

 最初の一発がデコイを破壊。連続して発射され続ける弾が、相手の右腕を破壊した。

 お互いに中距離での差し合いを希望し、どちらもダメージを与える。

 ナイナは、消滅しなければ次が設置できないトラップを使おうとして、隙を作る。ケイが一気に接近。大型実体剣を振り下ろし、重い音を鳴らす。撃破した。

「やったぜ。いや、単に相手のミスだな」

 2戦目。開幕。両者は中距離を保つように動いた。

 ケイが笑う。続く読み合いと差し合い。

 銀色の相手のデコイを絡めた戦術が、戦いながら上達している様子。接戦になる。

 読みが当たり、ケイの勝利。ナイナは換装を使ってこなかった。

「戦いの中で成長しやがって。強すぎるだろ」

 ケイは心から笑った。

 戦闘終了時の画面。金髪少女のアバターからメッセージが届く。

【近距離戦以外もできるんだね。すごいな。でも何で換装しなかったの?】

 ケイは唸った。

「ヤバイ。舐めプレイだと思われたか? ジョフロワと戦ってて、あいつ換装しないから忘れてたんだな。っていうか、お前も換装してないだろ」

 悩んだケイはメッセージを送った。

【できないよりは、色々できたほうが、いいからね。換装は切り札だよ】

 もっともらしいことを書いていた。画面を閉じて、休憩に入った。


 台所で、ケイが水分補給をしている。

 玄関が開き、母親が出迎えに行く。

 父親が何かを持って帰ってきた。袋の中にあるのは、大きな箱。苦笑いしている。

「ちょっと重かったな。運動不足だな」

「早いね。忘れ物?」

 ケイが廊下に出て、出迎えた。家族三人がフローリングの廊下に立つ。

「いや。帰ってきた。これを持ってね。自信作だ」

 父親が箱から中身を取り出す。白い空気清浄機だ。製品のような細かい表示はなかった。

「試作品? 部屋に持っていけばいい?」

「いや、いい。政府は公表していないが、世界に小さな粒子が漂っている。ケイはその影響を強く受けている、と俺は見ている。粒子及びフィルターの研究をして、何とか形になった」

「組み立てるほうの仕事かと思ってた」

 娘は、それだけ言った。

 三十代の母親は腰に手を当て、すこし口を尖らせる。

「ほら。ツネハル、言わないから、分からないじゃない」

「そうだな。リョウコ」

 三十代の父親は照れ臭そうにして、話を続ける。

「性能が大幅アップして、形になったから話した。明日学校に持っていけ。すでに話はしてある。気密性が低いため、必要だろう」

 大きく伸びをした、父親。二階に上がろうとして、引き返してくる。何かをケイに渡した。

「ついでに、マスクも性能アップした。使ってくれ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る