ほめて、ほめて

 ゲーム機の電源を切ったケイは、久しぶりに小説しょうせつを読んだ。

 SF(サイエンスフィクション)でバッドエンドの多い短編集たんぺんしゅう。色々な、見たこともないものや情景じょうけいが頭の中に浮かび、物語の終わりと共に消えていく。

 そして、また次の世界が目の前に広がった。

 いつのまにか、夕食の時間がせまっていた。本棚に本をしまい、台所に行くケイ。

 手伝わなかった。母親が料理を作るのをながめる。

 両親は、微笑みながら娘を見ていた。

 完成したメニューは、白菜のクリーム煮と、ポークソテー。トマトスープ。

 お団子だんごヘアの母親が言う。

「お待たせ」

「待ってないよ。たまたま早く用事が終わった、っていうか」

 ケイは、言い訳をしているような口ぶりだ。

「今日も外出して疲れただろう。しっかり食べて力をつけよう」

 父親は、食事を待ちきれない様子だ。母親と娘は、お互いの顔を見てほおを緩めた。

 料理が盛りつけられ、ごはんが入れられる。

 ケイは、自分のコップに牛乳を注ぐ。

「いただきます』

 全員で言って、夕食の時間が始まる。

 なごやかな雰囲気で、おいしそうな匂いが食欲をそそる。味わって食べる三人。

「サツキさんが選んだ服、可愛いわよね」

 母親の言葉に、ケイは牛乳を吹き出しそうになった。

 短い髪がすこし伸びている父親は、くやしそうにしている。

「可愛いのは分かるんだが、おれには選べないな」

「何これ。ずっと言われる感じ? 恥ずかしいなあ」

 ケイは顔を赤くしながら、食事を口に運ぶ。

「私が買ってきても着ないでしょう? また一緒にいってらっしゃい。今日の分も含めて、あとでお金を渡しておくから」

「そうだな。リョウコが選んでも駄目だめなら、おれなんか、もっと駄目だめだしな」

 納得した様子の父親。

「あら。私はいいと思うわ。ツネハルの趣味」

 母親が食いついた。

「分かったから。もう服の話は、なし。なし」

 言ったあと、眉を八の字にしたケイはもぐもぐしていた。


「ごちそうさまでした」

 服の話題が終わり、機嫌が直った様子のケイ。先に食べ終わった。

 両親の食事を見守る。

 ケイが部屋に戻ろうとしたところで、母親から服のお金を渡される。

 それを受け、部屋から財布さいふを持ってきた。名刺交換めいしこうかんのような雰囲気ふんいきでレシートを渡す。

 歯磨きと入浴を終え、長い髪も乾かした。

 ケイは、パジャマ姿でいつでも眠れる態勢たいせい確保かくほ

 いつもと同じく、すぐには寝ない。ゲームをプレイし始める。いつもとは違って、たまに情報端末じょうほうたんまつを見て、いつものように運動うんどうをした。

 レトロファイトのオンライン対戦を続ける、ケイ。

 ひたすら世界の相手を撃破げきはし、ポイントをかせいでいく。ヘヴィタイプを使い、相性の悪いライトタイプにも接近戦せっきんせんいどむ。

 休憩中きゅうけいちゅう柔軟体操じゅうなんたいそうをしながらフレンドリストを見る。

 アサトとマユミが、それぞれ、部屋でフレンドと戦っている表示になっている。

「追ってこい。待っているぞ」

 つぶやいたケイは、さらに対戦たいせんを繰り返し、ランクを16に上げた。

 負け続けるとポイントが減り、ランクも下がる。ランクが高くなるにつれて相手も強くなるのは必然。ちなみに、ランクは20まで。

 なおも、ポイントをかせいでいく。変な声を出した。

 寝るにはすこし早い。筋力きんりょくトレーニングをする。寝支度ねじたくを済ませて目を閉じた。


 第三月曜日だいさんげつようび

 いつものように起きたケイは、びをしてから制服せいふくに着替える。上着が白で、スカートが黒。

 台所で、朝の挨拶あいさつをした。

 いただきますと家族で合唱がっしょう。和風の朝食をおいしく食べた。

 ごちそうさまのあと、支度したくをしてマスクをつける。父親と同時に、いってきますと言った。

 雨が降っていた。だが、ケイの心はれとしていた。心なしか呼吸こきゅうも楽な気がした。

 かばんを持ち、かさを差して学校へ行く。レンガづくりの門を抜けた。

 傘立かさたてにかさを入れ、靴をき替える。

 教室へ向かう途中で、マスクを外した。長い髪が揺れる。

「おはよう」

 サツキの姿を見つけて、先に挨拶あいさつをするケイ。挨拶あいさつが返された。

 まだ、教室の中に生徒はすくない。

 ケイが席につく前に、笑顔で話を始めるサツキ。

「やったよ。ついに、ランク10になったよ。ほめて、ほめて」

 ミドルヘアの少女は、すでに身体からだの向きを変えていた。席についたあとでケイが言う。

「おめでとう。でも、簡単に勝てただろ?」

「頭の回転を上げると、ゲームでも有利だね」

 サツキは、遠回しに感謝かんしゃの言葉を口にした。

「知らないということは、それだけで、選択肢せんたくしを減らしているってことだから」

 ケイが、もっともらしいことを言った。

 サツキは、ぱっちりとした目をかがやかせる。

「できないのと、そもそも知らない、っていうのは違うってことだね。何か、いいこと言ってる」

「でも、ランクは、10あればいいって感じの仕様しようだから。そこから先はエンドコンテンツだよなあ」

 専門用語せんもんようごに、サツキが首をかしげていた。ケイが続きを言う。

「ゲームは、全員が全部をやり込むわけじゃないから。一般的なプレイヤー用のある程度簡単ていどかんたんなものと、やり込む人用の、難易度なんいどの高いのがあるっていうか」

「分かりやすい説明、ありがとう」

「一人用で色変えられるようになるとかも、そういうことだろうな。ランクで解放かいほうされるようにすると、上達してない人がそこまでいけずに、もういいやってなるし」

 ケイが話し続け、サツキは満面まんめんみを浮かべる。

「ふふっ」

「あれ? 何か変なこと言った?」

 長い髪の少女は、困ったような顔をしていた。

「あのとき、勇気を出して話しかけてよかったなって」

 サツキが告白した。

「普通に話してるように見えたけど、そうだったのか。まあ、話しかけづらいだろうからな、おれ。本当に、知らないっていうのはよくないなあ」

 ケイは自己完結じこかんけつした。

「そうだよね。話さなかったら、こんなに優しいって分からなかった」

 サツキはおだやかな顔を向けていた。

 ケイは、お前のほうが優しいだろ、とは言わなかった。


 授業じゅぎょうが始まり、終わる。そして、放課後ほうかごになった。

かさ、忘れないようにしないとな」

 雨はあがっていた。かさを持って校舎を出ようとして、ケイが何かを思い出す。情報端末じょうほうたんまつを忘れていた。

 マスクをして、サツキと一緒に門へ向かう。二人を虹が見守っていた。

「じゃあ、また明日ね」

「今日は勉強いいのか?」

「大丈夫。分からなくなったらお願い」

「分からなくならないように、分かりやすく授業内容じゅぎょうないようをノートにまとめとけよ」

 ケイがツッコミを入れた。

 またね、と言い合う。笑顔の二人は、別の道を進んだ。

 二上ふたがみと書かれた入り口を抜け、開く玄関げんかん

 かさを開いて足元に置く。いで、そろえられる靴。マスクを外して、からの弁当箱を母親に渡した。

 殺風景さっぷうけいな部屋で服を着替える。

 レトロファイトを起動したケイ。アサトがオンライン。ジョフロワが部屋を開いている。入室を希望し、待った。

 許可きょかり、選択画面になる。

 左腕のみミドルで、他がヘヴィ。右肩に中距離ちゅうきょりミサイル。左肩に長距離ちょうきょりエネルギーほうという、遠距離用えんきょりよう装備そうびにした。

 ロボットは、いつものように灰色。ステージは平原を選択。

 試合開始。ステージは荒野になった。

 相手は紺色。左腕をのぞいて重そうな機体きたい。ケイは同じ装備そうびを選んでいた。

 開幕。下がる相手。ケイは、その場でビームスナイパーライフルを構える。

 ジョフロワは、すぐに長距離ちょうきょりエネルギーほうかまえた。お互いの攻撃が交差し、同時に当たる。一瞬遅いっしゅんおそかったためにケイの攻撃はまらなかった。

 ケイがデコイを使い、遠距離戦えんきょりせんを続けようとする。

 今度は、ジョフロワがビームスナイパーライフルをかまえた。

 ケイの操作なら回避かいひできる距離きょり。しかし、中型ちゅうがたハンドガンに命中。重い音とともに破壊はかいされた。

「おいおい。実戦で初めて食らったぞ」

 武器ぶき破壊はかいは、設定された点に遠距離攻撃えんきょりこうげき。それも、クリティカル判定のみを当てた場合にかぎる。クリティカル判定が現れる時間は短い。場所もかぎられる。重いヒット音が合図。

 お互いに動いているため、実戦で当てられるのは奇跡きせきに近い。ケイはふるえた。

「やっぱり、同じ装備そうびで相手をするのが、面白いな」

 自然と笑みがこぼれる。

 ジョフロワがデコイを使った。

 見えない相手に向けて、ビームスナイパーライフルをかまえる、ケイ。

「当たれ!」

 ビームはデコイを突き抜け、紺色の相手に迫る。そして、左腕に命中して破壊はかい

「まあ、そう簡単にはいかないな」

 お互いほぼ同時に、長距離ちょうきょりエネルギーほうかまえていた。発射されたたまは、交差してお互いに命中。ケイは相手を撃破げきはした。

 2戦目。ケイは、相手が動くのを待った。

 相手はななめうしろに移動。右側に方向転換。その瞬間しゅんかんを、ビームスナイパーライフルで狙う。

 直後にジョフロワがデコイを使い、姿すがたかくれる。

「この辺かな?」

 デコイを突き抜けて、相手に迫るビーム。中型ちゅうがたハンドガンに命中し、破壊はかい。重いヒット音を残して、そのまま胴に命中。

「うわ。なんで、微妙なこと言ったときに当たるかな」

 与えているダメージはケイのほうが上。動揺どうようすることなく戦い続けるジョフロワ。

 おたがい同時にデコイを使ったあと、片方ずつをち抜いたたまが交差し、直撃ちょくげき。お互いに重い音を響かせる中、ケイが勝利しょうりした。

「あー、面白かった」

 試合終了後の画面で、すぐにメッセージを入力する。

【十本勝負してもらってもいいですか?】

 すぐにメッセージが届く。

【私でよければ、ぜひお願いします】

 激闘げきとうは1時間以上続いた。


 ケイは、戦いのあとでテンションが上がっている。

 情報端末じょうほうたんまつで、サツキにメッセージを送った。

【世界にヤバイやつがいた。遠くからどんどん当ててくる!】

 送ったあとに、よく分からない内容だと気付きづいた。だが、ときすでにおそし。

【まさか、負けちゃった?】

 サツキが意味を理解してくれていて、ほっとした表情になる。

【勝っちゃった。ほめて、ほめて】

 ちょっと調子に乗ったケイ。

【えらい、えらい】

 サツキもノリノリだったので安心した。満足そうな表情を浮かべ、ベッドに倒れ込んだ。

 今日もケイは、母親が料理を作る様子を途中から見ていた。

 そして、夕食の時間になった。父親はまだ戻ってきていない。

 ケイと母親は夕食を食べる。合間に話して、なごやかにごちそうさまをした。


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