第二章 好敵手

よかった。ひらひらじゃない

 夕食を済ませ、歯磨きも終えた。

 お風呂から出た長い黒髪の少女は、灰色のパジャマ姿でストレッチをしていた。

 動き続ける、白い縦長の空気清浄機くうきせいじょうき。すこし音がする。

「眠くなってきたな」

 昼間にさわぎ過ぎて、疲れた様子のケイ。レトロファイトで世界に挑む。

 オンライン対戦を何戦か終えた。アサトの言うとおり、ラグがひどい相手はいなかった。

「どんな仕掛けなんだ?」

 通信に光を使う場合、光の速度という物理的ぶつりてきな限界があり、距離きょりでラグが発生する。また、電子機器内部でんしききないぶでのデータのやり取りにも、わずかな時間がかかる。

 ケイは頭が回っていないのか、深く考えるのをめたようだ。

 撃破げきはを重ねながら、合間に運動をはさむ。


 次の相手はランク16。プレイヤー名はナイナ。

「マッチング仕事しろ、って言ってるだろ。いい加減にしろ!」

 ケイは笑っていた。

 相手よりランクが低いため、ステージを選べる。オーソドックスな荒野を選択。

 試合開始。ケイのロボットはライト一式。灰色。

 相手は銀色の機体きたい。腕がミドルで、胴と脚がヘヴィという見慣れない装備そうびだった。

「なんだ? カスタム機か?」

 開幕。相手はトラップを設置し、うしろに下がる。ケイは近付きながらハンドガン一発で破壊。さらに接近する。

 デコイを設置し、さらに距離を取る相手。

「面白い」

 ナイナは追い詰められないように地形を利用して、距離を取って戦っている。

「でも、トラップの設置できる場所は、全部覚えてるんだよなあ」

 レトロファイトでは、データ量をおさえるため、トラップの設置可能場所せっちかのうばしょが決められている。上級者なら経験上、置く場所が大体分かるということになる。

 一瞬物陰いっしゅんものかげに隠れた相手が現れて、デコイを出す。

 ケイが、トラップをハンドガン一発で破壊はかい。そのとき、デコイの向こうから攻撃こうげきが飛んできて、被弾ひだんした。

「トラップはおとりか」

 銀色の右腕がライトに換装されていた。

 ケイは、ビームシールドを一瞬使って、攻撃こうげきをかいくぐる。相手の攻撃こうげきを読まなければできない荒技あらわざ接近せっきんしダメージを与える。だが、すぐに距離きょりを離される。

 ビームシールドは、展開てんかいにすこし時間がかかる。解除してすぐ、同じ手は使えない。

 距離を取られ続けて、あと一歩及ばず、ケイは負けた。

「踏み込みが足りなかった」

 嬉しそうに言った顔には、獰猛どうもうな笑みが浮かんでいた。

 2戦目。開幕かいまくで胴以外をパージしたケイは、一気にブーストで直進する。相手の攻撃こうげきが到達するまでの時間を計算して、先読みでビームシールドを一瞬展開いっしゅんてんかい速攻そっこうをかけた。

 ナイナは慌てたのか、動きに精彩せいさいさを欠く。

 終始ケイが間合いを詰め続け、撃破げきはした。

 3戦目。銀色の機体が攻撃こうげきのタイミングをずらすと予想。パージせずに接近する。

 読みが当たった。すきを突いて、近付きつつ胴以外をパージ。今度は、シールドを張らずに様子を見て、確認してからカウンターを入れた。

 そのも読み合いが続く。

 換装かんそうしながらひたすら攻め続けたケイは、かなりダメージを受ける。なんとか勝利しょうりした。

「面白いけど、疲れるな。たまに戦いたいな」

 戦闘終了後の画面で、相手であるナイナのアバターを見ている。

 メッセージを作成するケイ。

 統一言語とういつげんごが使われているため、外国語という概念がいねんはない。

独自どくじ戦術せんじゅつがすごかったです。読み合いの応酬おうしゅう。また戦いましょう】

「こんなのでいいかな? しかしこいつ、絶対オッサンだろ」

 金髪ミドルヘアの可愛い少女のアバター。それを見ながら、黒髪がすこしボサボサになっている少女は言った。

 承認されメッセージが届く。フレンドは四人になった。

【うん。ありがとう。すごく強いんだね。よろしくね】


 第三日曜日だいさんにちようび

 前日に疲れて早く寝たケイは、父親が帰ったことに気付いていなかった。

 地味な服で台所に行き、父親におかえりと言う。

 家族三人で、和風の朝食をおいしく食べた。

 ケイが自室に戻る。戦っているような番組を見たあとで歯磨き。

 さらに戦っているような番組を見たあと、少女達の友情をえがいたアニメを観た。

「テレビ見てる場合じゃねえぞ! 時間……は、まだ大丈夫か」

 突然、われに返ったケイは、情報端末じょうほうたんまつの電源を入れる。今日は服を見にいく日。

 ぎこちない操作で新規メッセージを確認した。

【駅前 10時】

「信用ないな、おれ

 そのあと、部屋の中をうろうろした十代前半の少女は、長い黒髪に手ぐしを入れた。

 さらにうろうろして、白いマスクをして、30分前に出かけていった。


「待った?」

「ううん。いま来たところよ」

 と言って去っていく若い男女。

 それを横目に、駅前の公園でベンチに座っている、マスク姿のケイ。すこしけわしい顔で、ちらちらと公園に立っている時計を見る。

 小さいながらも木々が立ち並び、緑の多いいこいの公園。ケイは落ち着かない様子だ。

 桜水駅さくらみずえきは、薄い灰色の簡素かんそな建物。出入りする人で溢れてはいない。

「待った?」

 桜色のパーカーにショートパンツ、肩から斜めに鞄を下げた少女が言った。

「い、いや、いま、来た」

 しどろもどろに答えるケイ。時間はまだ10分前。

「じゃあ、いこっか」

 手を差し出すサツキ。ケイは自分の右手を何度かにぎったあと、手を取らずに立ち上がった。

 二人は歩き出す。

 服と全く関係ないことを話し始めるケイ。

「そういえば、さ。昨日、世界で銀色の奴がいたんだけど、色変えられるの?」

「えっとね。一人用で、敵を倒さずに何かをクリアするとできるようになる、だっけ」

 いやな顔をせず普通に答えるサツキ。

「マジかよ。あ。倒さなくてもいいミッションがいくつかあったな。調べてなかったけど、そんな面倒な条件なのか」

「ケイは、全部倒しちゃうもんね」

 饒舌じょうぜつになったケイを見て、サツキは笑っていた。

 楽しそうな少女を見て、もう一人の少女も笑った。


 そこは、地下だった。地下街にお店はあった。

 さらに、店の外まで服が並ぶ。

 上下コーディネートされている服や、上着だけ並んでいるもの。どれもかわいらしい。

 時間が早いためか、他の客はいなかった。

「……」

 ケイは何も言わなかった。ごくり、とつばを飲み込み、間合まあいを保っている。先に仕掛けたほうが負ける。そんな勝負しょうぶのようだった。

 サツキはケイの手を素早くつかんだ。店内へと歩き始める。

「いきましょ」

「ちょっと! 開始前かいしまえに動くのは反則はんそくだぞ。審判呼しんぱんよんで」

 訳の分からないことを言うケイは、半ば引きずられていった。

 マスク姿で、不安そうなひとみのぞかせるケイ。雨にれた子犬のように、プルプルと身体からだふるわせている。

 サツキが服を持ってきて、身体の上に重ねてみる。

「どっちがいいかな?」

「いきなり、そんなひらひらしたのは無理、無理」

 細リボンタイ付きフリルブラウスと、ボウタイ付きスタンドフリルブラウスを見せられた。しかし、ケイには何がなんだか分からなかった。

 服を持ってきては却下される。

 何もしていないのに疲れた様子のケイを見て、サツキは勝負に出た。

「自分で選んでみて」

「……」

 ケイは無言で首を横に振る。

「じゃぁ、わたしが次持ってきたのでいい?」

 ケイは悩んだ末に同意した。

 淡いピンクのワンピース。スカート部分には線のように模様がある。赤や白、オレンジ色の果物を切った絵が横に並び、間隔かんかくを空けて重なっていた。まるでショートケーキの断面。

 赤色で薄い生地のカーディガンをコーディネート。

「よかった。ひらひらじゃない」

 安堵のため息を吐くケイに、満面の笑みを見せるサツキ。

「着替えよっか」


「うーん。これでいいのかな。いや、えーっと」

 ケイはぶつぶつとつぶやいて、なかなかフィッティングルームから出てこなかった。

「……」

 刺激しげきしないようにするためか、サツキは待った。

 声が聞こえなくなる。

 カーテンの隙間から指が覗いて、すこし開く。目が合った。カーテンが閉じられる。

「もういいよね? 開けるよ?」

 待ちきれなくなったのか、サツキが声をかけた。

「ちょっと待って。自分で開けるから!」

 ケイの声が聞こえ、すこしあとにカーテンが開けられた。マスクはしていない。

「……」

 淡いピンクのワンピースを着た、長い髪の少女が立っていた。

 遠目だと、スカート部分に横縞があるように見える。赤いカーディガンを羽織っていて、リボンのように結ばれたひも

 ワンピース姿の少女が、恥ずかしそうに聞く。

「変かな?」

「似合ってる! よし。買おう」

「え?」

 サツキに即答され、呆然ぼうぜんとする少女。さらに話は続く。

「次、来たらね、また別の服を買おうね」

「ちょっと待って。見るだけって言ったじゃん!」

 長い黒髪の少女が主張した。興奮こうふんして顔が赤くなっている。

「見る、とは言ったけど、買わないとは言ってないよ」

 ミドルヘアの少女は、すこし困ったような顔をして笑った。

 口を一文字に閉じていたケイは、カーテンを閉めた。地味な服に着替え、マスクをする。

 自分で服をレジに持っていき、お金を出した。


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