どうせ普段の私なんて

 店を出たケイは、荷物を手に、息をあらくして階段を上る。

 公園まで行き、ベンチに座った。

 隣に座ったサツキが聞く。

「怒ってる?」

「怒ってないよ。疲れただけだよ。昨日、戦ったときより疲れた」

 気の抜けた声で答えるケイ。

「ならよかった。これからどうする?」

 サツキの問いかけに、ケイは、うーんとうなる。

「どうするも何も……。一旦、服を置きにいこうかな」

「わたしも、いっていいかな?」

 サツキを断る理由がない、ケイ。了承りょうしょうし、二人で移動。

 二人で家に入った。

 居間に向かう。マスクを外したケイが、母親に服を見せる。

「これ、サツキに選んでもらって、買った」

「ケイによく似合いそうな服ね。サツキさん、いいセンスだわ」

 ケイの母親にめられ、サツキは慌てている。

「いえ。強引に連れていって、買うって言ってなかったから、怒られるかもと思って。自分で買おうと思っていたら、先にケイが買っちゃって」

「何で買おうと思うんだよ。それだけの何かをした覚えはないぞ」

興味きょうみはあるけど、自分からは買いそうにない。それなら、って思ってくれた。でしょ?」

「分かったよ。何か知らないけど、貸し借りがあるっていうなら、これから何か食わせてくれ。それでチャラだ」

 よく分かっていないケイが言った。

「うん。いいよ。家に行こう」

 ほほ笑んだサツキを見て、ケイの母親も優しい目になる。

 二人が居間いまを出たあと、仕切り戸が開いた。台所にいたケイの父親は、空気を読んで邪魔じゃましなかった。


 ケイはマスクをつけて、マイ歯ブラシとコップ入りの袋を持った。

 サツキと一緒に自宅をあとにする。すこし歩いて、サツキの家に到着。

 サツキが鍵を開け、玄関げんかんに入る二人。ケイはマスクを外す。

「おじゃまします」

「ただいまー」

 廊下に出てきたメガネの男性が、挨拶あいさつを返す。

「こんにちは。サツキの父の、サダノリと言います。どうか娘をよろしく」

 ケイが、かしこまって答える。

「はい。ケイといいます。よろしくお願いします」

「ちょっと、お父さん、そんなにしっかり挨拶あいさつしなくていいから」

 サツキがほおふくらませた。

「家に来た理由は分かっているよ。ケイさんの家でお昼をご馳走ちそうになったそうだね。お返しにこれから作るので、しばらくかかるけど待っていて欲しい」

了解りょうかいしました」

 サツキは何も言わず、二人で自分の部屋に入った。

 茶系で統一された部屋。真ん中には、可愛かわいらしいテーブル。下に敷いてあるカーペットに、二人で座った。

 サツキが口を開く。

「もうちょっと、柔らかくてもいいよね」

「うちなんか、柔らかすぎて困る。ちょっとうらやましい」

「そういえば、さっき、お父さん出てこなかったね」

「服とか分からないから、出てこられなかったんだよ。きっと」

 ケイは推理すいりした。部屋を見回して何か考えているようだ。そして、何も言わなかった。

「反対にうちは、今、お母さんが仕事でいないけどね」

 自分の話の続きをするサツキ。その手をそっとにぎる、すこし目つきが優しくなったケイ。

「……」

「大丈夫だよ。さみしくないよ。ありがとう」

 ぱっちりとした目のサツキは、すこし目を細めた。

 突然、ケイが気合きあいを入れる。

「よし。勉強しよう」

「よしよし!」

 なぞの掛け声でサツキが同意どういした。勉強が始まる。

「代入と式の値。エックスがの数の場合、カッコを付けて代入する。間違えやすいから、一つ一つ丁寧にやっていこう」

「むむむ」

 サツキは練習問題れんしゅうもんだいを解いた。

「割り算は、逆数の掛け算にする」

「まず、分数を割り算にするには、分数の上が左にくるから左に倒れるイメージで。逆数は何分の一ってやつでしょ。で、エックスに代入して、かける」

 言いながら、サツキはさらに練習問題れんしゅうもんだいを解いた。


 そして、昼食に呼ばれた。

「いただきます』

 三人で合唱する。

 テーブルの上にあるのは、オムライスと、トマトだった。トマトは切って皿に入っていた。

「もう少し、料理が上手ければ良かったですね。申し訳ない」

 低姿勢ていしせいなサツキの父親に対して、長い髪の少女は告げる。

「いえ。十分です。おいしいです」

 トマト用にドレッシングが用意してあった。しかし、何もけずに食べていた。

「まだ、わたしよりお父さんのほうが上手だから、何も言えない」

 サツキは、すこしくやしそうに言った。そのあとも、食事をしながら話した。

 二人の家は台所の構造こうぞうが違う。ケイは物珍しいのか、たまにきょろきょろとしながら最後に食べ終わる。

「ごちそうさま」

「そのままでいいからね。片付けは任せて、ゆっくりしていくといい」

 サツキの父親は、言ったあとで微笑んだ。

「はい」

 ケイも微笑んだ。そして、サツキと一緒に階段を上る。部屋へ入った。

 薄い茶色のカーペットの上に座った、桜色のパーカー姿のサツキ。

「なんか、ケイが別の人みたいだった」

「何か、やらかしちゃった?」

 隣に座った、地味な服のケイが聞いた。

「お父さんと話しているときの口調がね。あんまり、聞いたことなかったから」

 サツキは、すこし嬉しそうだ。

「ああ、普段とのギャップがね。なるほどね」

「そういうことじゃなくて。えーっと、なんか合っている、っていうか格好良かったっていうか」

「フォローしなくていいもん。どうせ普段ふだんの私なんて、誰も見向きもしないんだから」

 突然、ケイが妙なことを言った。

「何それ、可愛かわいい!」

 サツキは食いついた。

「ちょっと、思ってた反応と違ったな」

「誰だって、ああいう反応になるよ!」

「てっきり、何それ、って軽くあしらわれるかと」

 ケイは、向けられる期待の眼差まなざしから目をらした。

 サツキは興味津々きょうみしんしんな様子。

「なんで、そんな急に、違う感じが出せるの?」

小説しょうせつ漫画まんがを読みまくって、テレビも見てゲームもやりまくったからかな」

 ケイは淡々たんたんと言った。サツキは続きを促す。

「そんなに?」

「昔から、外で長い時間遊べなかったから。本を読んでると何にでもなれて、どこへでも行けるような感じがしたんだよ。すこし前からはゲームばっかりだったけど――」

 そこまで言ったとき、大きなサツキの目から涙がこぼれた。

 なみだが落ちてから、自分が泣いていることに気付くサツキ。

「あれ?」

「泣くところあったか? 今」

 ケイは不安そうな顔をしている。それを見て、サツキの目からまたなみだがこぼれる。

「だって、わたし、軽い気持ちで……ひどいこと聞いちゃった……わたし……」

 困ったような顔をして、ケイはサツキをなだめる。

おれが泣かせてるみたいじゃないか。もういいから。な」

「ケイが……どんなに辛かったかって……考えたら……うう……」

 泣き止まないサツキを抱きしめて、背中をポンポンと叩きながらケイは言った。

「そんなに辛くなかったって。優しすぎなんだよ、サツキは」


 ケイは、うとうとしかけて、はっと身体を起こした。

「歯磨きする。洗面所どこ?」

「わたしも一緒に行く」

 サツキが笑いながら言って、二人で歯磨きをした。部屋に戻る二人。

 ケイは、真面目まじめな顔でカーペットに座る。

「いま寝たら夜眠れないよ。危ないところだった」

「そうだね」

 サツキも同意した。

「ん? 何も話題振ってくれない感じ? おれ、ゲームの話しかできないぞ」

 ケイはストレッチを始めた。

「じゃぁ、ゲームする?」

 微笑むサツキに対して、ケイは身体からだを動かしながら言葉を返す。

「ロボットの色変えるのって、できる? できるなら、やってみせて」

「たぶん、できる」

 ミドルヘアの少女は眉を八の字にして、自信なさそうに答えた。

 ゲームを起動して、カスタマイズ画面を開く。

「あるじゃん」

 ケイは食いついた。隣に座って見ている。サツキが操作を続ける。

「色はグラデーションになってて、細かく選べるみたいだね。銀ってどこかな」

「色のほかに、濃さや明るさを変えて、さらに細かくできるのか。銀はそれで調節するんだろう。これ、全部解放ぜんぶかいほうしてるんじゃないか? やるねぇ」

 ケイは素直にめた。

「えへへ」

「じゃあ、戦ってみようか」

「えっ」

「誰か、フレンドがいるといいんだけどなあ」

 さらりと言って、どんどん話を進めるケイ。

「あ。誰もいないね」

 心なしか声のトーンが上がったサツキ。

「アサトがいないってありえるか? ま、まさかあいつ!」

 ケイが、急にけわしい表情になった。

「何? どうしたの?」

 サツキは何のことだか分からないようだ。なぜか慌てているケイ。

「しまった。あのとき、まだ情報端末持じょうほうたんまつもってなかったから、連絡取れない」

「えーっと、悪いニュースだけど、あのとき、連絡先を交換してないんだよね」

「ああ、そりゃそうだろう。マユミのほうは?」

 ケイは、なぜか嬉しそうに聞いた。

 いたずらっ子のような表情で、サツキが答える。

「登録しちゃった」

「よくやった! 今、どこで何してるか連絡してみて」

 サツキは連絡を取った。

桜水駅前さくらみずえきまえのゲームセンターに来てるって。アサトくんと」


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