ケイはゲーム強いの?

 台所。椅子が五つある。

 テーブルにならんでいたのは、野菜たっぷりのチャーハンと生姜焼しょうがやき。美味しそうな匂いがただよっている。

 椅子に座り、いただきますと全員が言う。

「すっごくおいしい!」

「ええ、本当に。ありがとうございます」

「プロですか?」

「ありがとう」

 笑顔を見せたケイの母親。

 ケイは、食べながら、なぜか尊大そんだいぶった表情を浮かべる。

「そうなんだよ。美味しいんだよなあ」

 娘の顔を見た母親が尋ねる。

「ケイはゲーム強いの?」

「すっごく強い!」

 ミドルヘアのサツキが言った。

「ええ。桁違けたちがいです」

 ショートヘアのマユミは畏怖いふの念を伝えた。

「鬼ですね」

 短髪のアサトは実体験じったいけんを口にした。

「……」

 黙ったケイ。

「じゃあ、お父さんが弱いわけじゃないのね」

 ケイの母親は笑みを浮かべた。みんな、つられて微笑んだ。

 なごやかな時が流れる。全員がごちそうさまと言ったあとも、雑談はしばらく続く。


 全員で歯磨きをしたあと、ケイの部屋で座布団ざぶとんに座る。

「この部屋、何もないんだよなあ」

 ケイが言うとおり、色気いろけのない殺風景さっぷうけいな部屋だ。

「ここにいられるだけで幸せです」

 アサトは、真剣しんけんな表情。冗談じょうだんか本気か分からない。

「そういえば知っていますか? こんな噂を」

 珍しく、マユミが話題を振ってきた。

 ぱっちりとした目のサツキは、さらに目を大きくして食いつく。

「え? なになに?」

「レトロファイトで、開幕腕組かいまくうでぐみをする人物。開始直後に攻撃こうげきしてしまうと、ひたすら一方的にやられ続ける、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずになるとか」

 つり目気味めぎみのマユミは、真面目な表情。悪くはない顔のアサトが話に乗っかる。

「いやあ。怖いですねえ」

おれじゃねえか!」

 目つきをすこしするどくしたケイが、答えを告げた。

「では、開幕全身かいまくぜんしんパージして、換装かんそうを使いつつ、的確に攻撃こうげきしてくる猛者もさがいるという噂は」

「それもおれなんだよなあ……」

 なぜか落ち込んだケイ。それを見て、マユミも落ち込んでしまった。

「ちょっと待って。てことは、ケイがドリルを使って戦ったら、流行はやるんじゃない?」

「簡単に言うけど、ドリルどうやって当てるんだよ」

「僕も、使い方分からないよ、あれは。誰かに食らったこともないし」

 アサトもお手上げだった。

「空中で使うのはどうですか?」

今日俺おれがやったみたいに? でも、アーケードの操作性だからできることで、コントローラーでラグありじゃ、できる気がしないな」

 ケイが冷静れいせいに分析した。サツキが提案ていあんする。

換装かんそうで、キャンセル直後に使うのは?」

「相手がすきの大きい行動を取っているときに、タイミングが合えば、理論上りろんじょうは、可能」

 アサトがあごに手を当てながら答えた。

「でも、完全に一点読みの博打ばくちだよなあ」

 ケイが笑った。

 そのもゲーム談議だんぎに花が咲き、海外勢の話になった。

 アサトが遠くを見ている。

「世界は広いですよ」

「でもさ、ラグどうなんだ?」

「今、ランク14だけど、ほとんど問題ないよ」

「じゃあ、まずはそこ目指すか」

 ケイの当面の目標が決まったようだ。

「質問! まだ世界いけないんですけど!」

 サツキが悲しそうな顔になった。

「10まで上げれば、いけますよ。あわてずいきましょう」

 マユミが優しい言葉をかけた。


 アサトが真面目まじめに言う。

「そろそろ帰るよ。今日はありがとう」

「ありがとうじゃないだろ。おれを誘うから、優勝逃ゆうしょうのがしてるじゃないか」

 ケイは、なぜか感情的になっていた。

きみ換装かんそうを使わないっていうしばりプレイをしていた頃ですら、満足に勝てなかったんだ。それで優勝しても何の意味もなかったよ」

 アサトは晴れやかな笑顔を見せた。

 普段どおり真面目まじめに言うマユミ。

「では、私も帰ります。方向が同じようなので」

「……」

 サツキは何も言わなかった。二人が玄関げんかんから出ていき、またねと言い合った。

「いやあ。疲れた」

 自室に戻ってベッドに倒れ込んだケイ。直後に、サツキがいることを思い出す。

 すこし考えて起き上がり、座布団ざぶとんを二つ部屋のすみに重ねる。柔軟体操じゅうなんたいそうを始めた。

 サツキが見つめている。

「ちょっと、いいかな?」

「いつでもいいけど?」

可愛かわいい服、見に行こうよ」

 花柄ワンピースの上に黄色い長袖シャツを着た少女は、笑顔を向けた。

「お、おお? いつ?」

 地味な服の少女は動揺した。

「明日は?」

 サツキに聞かれて、なにやらぶつぶつと言い始めるケイ。

「いいのか? おれがそんな、まだ早くないか? いや、しかし」

「いいの。一緒に行こう」

 キラキラした瞳で見つめられ、ケイは覚悟を決めた様子。

「骨は拾ってくれ」

「駅前に10時ね」

 サツキは、ケイのあつかいに慣れてきたようだ。

 そのとき部屋のドアが開いた。

「話は聞かせてもらったわ。ケイにこれを渡すときが来たようね」

 母親がお茶を持って現れた。

「ちょっと! ノックしてから、って何?」

 ケイが慌てながらよく見る。お茶以外には何もない。お茶はテーブルに置かれた。

「ここで渡せたらよかったけど。これから確認しないと」

 台所に行って、笑顔で電話をかけ始める母親。ケイはあとを追った。

「ごめんね、ツネハル。休憩中きゅうけいちゅうに。……そう、例の件だけどね。……今日、他にもお友達が。……分かったわ。ケイに伝える。またね」

「父さんが何だって?」

「何か、あったんですか?」

 サツキも続く。

 微笑んだまま、答えずにリョウコが言う。

「三人でお出かけしましょう」


 徒歩で北西に移動した三人は、四角い建物の中にいた。

 日はすこしかたむいている。情報端末じょうほうたんまつの販売店。ならんで椅子に座る三人。

「電話しないから、一番料金安いので」

 ケイは言った。しかし、定額制に決定した。

 ケイの母親は、二人をその場で相互登録させようと考えていた。

 携帯用けいたいよう情報端末じょうほうたんまつを手に入れたケイは、店で充電。れない手つきで操作する。サツキの助けを借りて登録を済ませた。

「実は、サツキさんが家に来た頃から、必要になるだろうって。お父さんと話をしていたのよ」

「こんなこともあろうかと、って出そうと思ったんでしょ?」

「そうだけど。やっぱり本人が決めないとねえ」

 ケイの母親は笑った。

「では、わたしはここから帰りますね」

 すこし背筋せすじを伸ばして、サツキが言った。ケイの母親は優しい顔を向ける。

「このあと、また家に行くかと思っていたのよ。ごめんなさいね。連れてきちゃって」

「いえ。いいんです。それじゃ。またね」

 おだやかな表情のサツキ。最後はケイに向けて言った。二人の手が振られる。


 ケイは、店を出て自室に戻った。

 情報端末じょうほうたんまつに届くメッセージ。サツキからだ。

【日曜 駅前 10時】

「返事しなくていいって、気を使ってるのか? 寝るまでには返事してやるからな」

 説明書を読むのを途中でめたケイ。ゲームを起動した。

 マユミに送っていたフレンド申請が承認され、メッセージが届く。

【ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします】

 フレンドは三人になった。

 何戦かが終わる。ポイントが貯まっていたため、すぐにレトロファイトのランクが13になる。

 ドリルを使ったロマン溢れる戦法を試す。勝利を重ね、ランク14になった。

「いや、やっぱ無理。ドリルはほかのやつに任せる」

 ベッドに倒れ込んだケイは、情報端末じょうほうたんまつ格闘かくとうを始めた。

【はい】

 というメッセージを送ることに成功したケイ。

 両手を高々と上げ、勝利宣言しょうりせんげんのようなポーズをして、なにやら意味の分からない声を上げた。



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