情けは無用です

 桜水駅前さくらみずえきまえのゲームセンター内に、ほとんど人はいなかった。

 まだ早かったようだ。

 銀色の、レトロファイトの筐体きょうたいが多くならぶ場所。受付で大会にエントリーする二人。

 ケイがマスクを外しながら、受付うけつけの人にプレイヤーネームを伝える。

 番号は、2番と3番だった。

「もう、誰かエントリーしてるのか」

 対戦指定たいせんしていや呼び出しなどは、番号でおこなわれるらしい。1番の名前は分からなかった。

 まだ、人はあまりいない。混雑こんざつを予想して、二人は受付からすこし離れた。

 白いフリースペースに向かう。

「きっと、すごく強い人だよ」

 なぜか興奮こうふんした様子のサツキが、身体からだの前で両手のこぶしにぎった。

「わざわざ、こんなところに遠くから来るとも思えないし。あんまり期待しないほうが」

 ケイはすこし眉を下げていた。

 横から、落ち着いた声の少女が話しかけてくる。きっちりとした、制服せいふくのような姿。

「ひょっとして、サツキさんですか?」

「はい?」

 と言って振り向こうとしたサツキ。かばうように、長い黒髪の少女が前に出た。

「人に名前を聞くときは、自分から名乗るものだ」

 もっともらしいことを言ったケイ。つり目気味めぎみの、ショートヘアの少女が答える。

「そうですね。私はマユミです。よろしく、サツキさん」

 ケイのうしろから、すこし顔の見えるサツキが応える。

「よろしくお願いします」

「あれ? 前の方がサツキさんですよね?」

 マユミは、すこし首をかしげていた。

 目の前にいるのは、長い黒髪でするどい目つきをしている、ケイ。

「わたしでーす」

 サツキはそのうしろで片手を上げ、ぴょんぴょんしながら答えた。


「あのアバター、おれに似せてたのか。全然、気付きづかなかった」

 ケイがくやしそうにしている。フリースペースの椅子に座っていた。

「えへへ。ばれちゃった」

 いたずらっ子のような表情を浮かべた、サツキ。

 黙って聞いている、ショートヘアのマユミに向かって、話しかける。

「マユミさんも、変える前のアバターに似てるね。すぐ分かったよ」

「そうですか。いえ、私のことは気にせず、話を続けてください」

 ケイが話に割って入る。

「何だよ。とし、同じぐらいだろ。もっと砕けていこうぜ。まあ、普段からそんな話し方だっていうなら何も言わないけど」

「普段からなので、あまり気にしないでください」

 目の大きさを変えることなく、マユミが答えた。

 ケイは黙っている。考え込んでいたサツキが、明るい表情になって言う。

「そうだ! ケイはね、すっごく強いんだよ」

「何だよ、急に」

 突然言われて、すこしれた様子のケイ。

「サツキさんも強いですよね。おそらく私より。それ以上ですか」

 制服せいふくのようなきっちりした服装のマユミが、食いついてきた。

 サツキは真剣しんけんな顔。身体からだの前に、人差し指だけを上に向けてにぎる。

「きっと、一番強いよ! この大会も、すごいことになっちゃう」

「どんな戦いをするのか、ぜひ見てみたいですね」

 マユミは、尊敬そんけいの眼差しでケイを見つめた。

 ハードルを上げられたケイは、よく分からないことを話し始める。

「変なフラグ建てるのやめろよ! 相手がすごい強くて、一回戦で負けたら恥ずかしいだろ!」

 すぐにサツキが大笑いして、ケイとマユミも笑顔になった。


 開始10分前。

 人がすくない場合は、時間ギリギリまでエントリー可能。だったが、すでに参加者が集まっていた。

 ゲームセンター内にいるか確認するため、番号の呼び出しがおこなわれる。

 大会内容は、八人でのトーナメント。表の左から番号順にならぶ、というシンプルなもの。

 申し訳程度わけていどに、AブロックとBブロックに分けられている。

「シャッフルなしかよ」

 口を尖らせたケイに、1番のマユミが話しかける。

「よろしくお願いします」

 何かを考えたあと、2番のケイは言う。

「マユミは、手加減とか嫌いなタイプだろ? っておれが勝手に思ってるから、全力でいく」

「はい。なさけは無用むようです」

 ショートヘアの少女は微笑んだ。

 時間になり、試合しあいが始まった。制限時間内せいげんじかんない装備そうび選択せんたく。色も変えられる。

 アーケード版で、色にこだわっている人は少ない。二人とも初期設定しょきせっていの灰色。

 筐体きょうたいはさんでお互いが向かい合って座り、ロボットのコックピットのような操作システムに手をばす。

 ステージは荒野。マユミが選択したロボットは、全身へヴィ。ケイは全身ライト。

 ヘヴィタイプの初期装備しょきそうびは、左手に大型おおがたハンドガン。右手にソード。左手甲にシールド。右手甲にマシンガン。左肩に中距離三連砲ちゅうきょりさんれんほう。右肩にエネルギーガトリング。左背中にデコイ。右背中にビームスナイパーライフル。

 相手が左背中のデコイを射出する。ケイは無視むしした。

 近付こうとすると、デコイの向こうからたまが飛んでくる。たまの一発がデコイを破壊はかい消滅しょうめつ。向かってくる、残りの二発。

 すでに移動していたため、細身のロボットには当たらない。

「さすが、サツキと互角っていうだけはある」

 すきを逃さず、一気に接近したケイ。短距離たんきょりビームほうで、相手の右腕に向け先制せんせい

 両腕の装甲そうこうをパージしつつ、左腕の換装準備かんそうじゅんびに入る。

 パージにより、わずかに移動力が上がった。ブーストで、相手の大型おおがたハンドガンの攻撃こうげき紙一重かみひとえでかわす。

 換装完了かんそうかんりょう

 ミドル左腕の中型ちゅうがたハンドガンで攻撃こうげきびせ、右腕を破壊はかい

 けん制で、中距離ちゅうきょりミサイルをっておくケイ。

 マユミは操作をミスしたのか命中。右腕の換装準備かんそうじゅんびをする。ケイは、換装時かんそうじのモーションキャンセルを警戒けいかいしつつ近寄る。

 相手は攻撃できる場面にせず、換装直後かんそうちょくご小型こがたガトリングをってきた。

 短距離たんきょりビームほう至近距離しきんきょりで当て、最大リターンを取り、撃破げきは

 ルールは家庭用と同じ。先に二本取ったほうが勝ち。

 続いて2戦目。相手の動きにミスが見られ、ケイが的確てきかく攻撃こうげきして勝利した。


「手も足も出ないとは、まさにこのことですね」

 対戦後。目をかがやかせながら、つり目気味めぎみのマユミが言った。

「いや、単に、操作にれてないからでしょ。家庭用と違うし」

 ケイは、普段と変わらない様子だ。

 雑談ざつだんをするケイとマユミ。

 別の筐体きょうたいで同時におこなわれていた、トーナメント表最下段のほか試合しあいが終わる。

「やったよー。なんとか勝てたよ」

 勝敗しょうはいの確認作業中に、サツキが報告した。

「当然だろ。サツキはランク12以上確実の強さだからな。と言いたいけど、ゲーセンの操作に慣れてないのによく勝ったな」

「まだ5だよ。そんなに強くないよ」

「単に、プレイ時間が少なくてポイント稼いでないだけで、ランク12相当の強さなのは間違いない。おれが保証する」

 断言して笑うケイと、一緒に笑うサツキ。それを見ていたマユミが口を開く。

「次の戦いも、楽しみですね」

 ケイに向かって、ぱっちりとした目にすこし力の入る少女。

手加減てかげんは、無用むよう!」

「へっへっへ。後悔こうかいするなよ」

 長い黒髪の少女は、邪悪じゃあくみを浮かべた。


 表の一段上からは、順番に試合をおこなっていく。

 つまり、他の選手の戦いを見ることができる。

 上級者じょうきゅうしゃは操作ミスがすくない。しかし、誰しもくせがある。上級者同士じょうきゅうしゃどうしが戦うと、相手のくせをつく人読ひとよみになりがち。動きを見ることは重要。

 もちろん、それ以上に、対応できるだけの実力も必要になる。

 ケイとサツキが、横向きの操縦桿二そうじゅうかんふたつに手を伸ばす。お互いが向かい合って座っている。筐体きょうたいはさんで。

 試合しあいが始まった。

 ステージは市街地。まばらにビルディングが建つ。中心部の開けた部分以外では、遠距離攻撃えんきょりこうげきを当てるのが難しい。

 巨大ロボットという設定なので、全長は、二階建にかいだての建物よりすこし高い。

 サツキが選択したロボットは、全身ミドル。ケイは全身ライト。

 どちらも色はグレー。

 ケイは、すこし下がった相手を見て、いきなり長距離ちょうきょりエネルギーほうを構えた。

 建物のうしろに隠れる相手。その上を直撃し、ビルディングの上部分がワイヤーフレーム状になったあとで、消えた。

 レトロファイトでは、障害物しょうがいぶつ破壊はかいして残骸ざんがいを使う、という戦術はない。破壊はかいできる部分は決まっており、それ以外を攻撃こうげきしても無意味。データ量削減りょうさくげんのためである。

 背の高い建物のかげに隠れて接近せっきんする、サツキ。合わせて、ケイも間合まあいを詰める。

 相手が中距離小型ちゅうきょりこがたミサイルをってきた。それを阻む、高い建造物。

 お互いに、すこしひらけた部分の公園へ移動する。

 サツキが反撃確定はんげきかくていの場面でってきた、小型こがたガトリング。

 ケイは見逃さない。あし装甲そうこうをパージして、機動力きどうりょくを上げる。すぐに中距離ちゅうきょりミサイルで攻撃こうげき。命中。あし換装準備かんそうじゅんび

 換装時かんそうじの不意打ちを警戒けいかいするサツキ。ビームシールドを使う。

 ケイの機体が、その上をジャンプした。すこし右に回転しながらかまえられる、背中の巨大な実体剣じったいけんえる瞬間、振り向きざまに横薙よこなぎの一撃いちげきを加えた。

 開幕かいまく破壊はかいした建造物の上に着地。

 直後に、ミドルへと換装かんそうされるあし。行動のすきがキャンセルされる。すかさず、相手の死角から飛び下りつつナイフを構え、直撃ちょくげき。重いヒット音とともに撃破げきはした。

 2戦目が始まると、サツキは最初から接近せっきんしてきた。

 ケイは笑みを浮かべ、正々堂々せいせいどうどうと戦う。相手のミスに対して着実に攻撃こうげきを当てていき、撃破げきは。勝利した。

 化け物かよ。人間じゃねぇ! などと周りから声が聞こえてくる。無視むしして、近寄ちかよってきたサツキに右手を差し出すケイ。

 二人は笑顔で握手あくしゅした。


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