友達、だもんね
第三金曜日。
「んー」
ケイは普通に起きた。大きく伸びをして制服に着替える。
朝の挨拶をして、いただきます。
家族で和風の朝食をおいしく食べて、ごちそうさま。
支度をしてマスクをつける。父親と同時にいってきますと言った。
雲で日差しが弱まっていたが、公園も、海も、大通りも輝いて見えた。
まだ、車も人もすくない景色を進む。右手に曲がり歩くと、近付く山上学園の看板。門を抜け、下駄箱で靴を履き替える。
廊下を歩きながらマスクを外して、教室を目指した。
『おはよう』
先に教室にいたサツキと、ほぼ同時に挨拶をして、二人の表情が緩む。
ケイが荷物を置いて座る前に、隣の席の少女が身体を傾けた。大きな目で見つめる。
「昨日の、あれ、どうなってるの?」
「怒ってる? えーっと、ごめんなさい」
相手のほうに身体を傾けたケイは、なぜか謝った。
「怒ってないよ。どういう操作をしたのかなって」
柔らかい表情のサツキ。安心した様子のケイが、説明を始める。
「操作っていうか、まず換装の準備。一定時間後に換装するから、そのタイミングで何かやってると、その動作がなかったことになって、すぐ動ける」
サツキが、首を傾げたような仕草で言う。
「それを、相手の動きを予想しながらやってる、ってことだよね」
「まず、相手がこの場面ならこう動くことが多い、っていうデータがないと予想できないから、数を重ねるしかない。あとは慣れかな」
「しばらく、真似するのは無理そう」
「焦らなくていいよ。ゲームは楽しまないと、やってる意味ないでしょ」
すがすがしい笑顔の少女を見て、サツキも目を細めた。
昼休み。
椅子ごと身体を傾けた二人。お弁当を食べ、合間に話す。
しばらくして、洗面所に行き、二人で歯磨きをした。
教室に戻ってきたあとで、サツキが話しかける。
「ところで、明日の大会だけど」
「なんだっけ。ああ、場所分からない?」
「そうじゃないんだけど。ちょっと早くわたしの家に来て、そこから二人で行かない?」
理由が分からない様子のケイは、何も聞かずに答える。
「そうしよう。いつ行けばいい?」
「えっとね。9時」
「分かった。……ん。明日はいいとして、今日は? 勉強しない?」
驚いた様子のサツキ。
「いいの?」
「自分の復習にもなるし!」
ケイは、右手の拳を握った状態で親指を上に立てて、もっともらしいことを言った。
放課後。別々の道を帰っていった二人。
マスクを外したケイが、自室に戻る。クローゼットを開けて物色。変な声を出す。
ほどほどに地味な服に着替え、マスクをして出かけていく。
サツキの家の前には誰もいなかった。
ケイは、すこし立ち止まる。チャイムに近付いていく途中で、中から物音がして、玄関の扉が開いた。
間髪入れずに挨拶。同時にマスクを外す。
「こんにちは」
「いらっしゃい。上がって」
コーラルピンクの柔らかそうなパーカーを、カットスカートの上部分を隠すように着ているサツキ。誘われて、地味な服のケイは言う。
「おじゃまします」
「いらっしゃーい」
声が、家の中のどこかから聞こえてきた。出かける準備をしているらしい。
階段を上り、サツキの部屋に入る二人。
壁は柔らか目な白。茶系で統一されている家具。テーブルを前に二人並んで座って、勉強が始まった。
「文字式の決まり。割り算は、逆数の掛け算にする。同じ文字の積は、累乗の指数を使う。プラスとマイナスは省略できない」
「他にも、いろいろあるみたいだけど」
「重要なのはこれくらい。慣れるように問題を解いたほうがいいかも。あとはカッコの中に足し算や引き算があるとき、カッコごと移動するというか――」
サツキの母親が外出した。
勉強は、しばらく続く。そして、休憩に入った。
水分補給をするため、台所へ行く二人。部屋に戻ってきてから、サツキが言う。
「今日は、しないの?」
ストレッチをしながら答えるケイ。
「ゲーム? 他のことをしてるときに、何か思いつくこともあるし、今は身体を動かしたいから」
「わかったー」
返事をしながら、サツキも身体を動かす。
休憩が終わっても勉強は再開されず、雑談が始まった。
「一日一回は、スクワットしないと、落ち着かないんだよ」
「ケイを真似してるけど、身体を動かすのって、気持ちいいね」
色恋とは無縁の内容だった。
「そういえば、前から気になってたけど、何でレトロファイトを買ったんだ? もっとこう、穏やかなゲームが好きそう、っていう勝手なイメージだけど」
「変わりたかったから、かな」
「ん?」
「いやぁ、流行ってたからだよ。ゲームセンターのも、人気みたいだよ」
深く追求しないケイ。人気について話す。
「ゲーセンのか。悪くはないけど、強い奴がいないと、面白くないんだよなあ」
「明日の大会も、やっぱり、ゲームセンターの機械。だよね」
「多分。そんなに人気あるなら、ちょっと早く行く?」
「うん。あ。そうだった」
サツキが何かを思い出したらしい。
「何かあった?」
「フレンドのマユミさんに、明日のこと、伝えたんだけど」
それを聞いて、ケイは急に語尾を強める。
「ちょっと! 変なオッサンだったら、どうするんだよ!」
びっくりした様子で、しおらしくなるサツキ。
「ごめんなさい。前にケイから、アバターの名前か見た目どっちかは変えるべき、って言われて。そのことをマユミさんに伝えたら、見た目変わってたからいいかなぁって」
ケイの態度は変わらず、腕を組んで言う。
「そんなんで、信用しちゃ駄目だ。世の中には、変な奴がいっぱいいるんだ」
「はい」
「俺は、サツキが憎くて言ってるんじゃない。心配してだな」
組んだ腕を下ろしたケイ。その手を握るサツキ。
「ありがとう」
こういうとき、どうすればいいか分からない様子のケイが、口を開く。
「そういえば、勉強は?」
「今日は、もういいよ。ありがとう」
サツキが手の力をすこし強め、ケイは固まっていた。
「時間だ。そろそろ」
長い黒髪の少女が言って、ミドルヘアの少女も答える。
「そうだね。明日は、寝坊しないようにしよう」
外に出たサツキに見送られ、マスク姿のケイは帰っていった。
帰宅後。
マスクを外し、食事、歯磨き、入浴を済ませたケイ。
レトロファイトで、ひたすらバトルに明け暮れていた。
合間に身体を動かしつつ、ポイントを貯める。
白い空気清浄機が見守っていた。
開幕に、挑発である腕組みをして、相手の攻撃を待っている。ほとんどの相手から攻撃されない。その場合は普通に戦った。
すぐ攻撃を受けると、換装準備のあとで隙を見せる。釣って倒した。
換装は連続してできない。ダメージを与えながら、徐々にライトへと換装完了。
倒す寸前に腕組みを忘れない。
ランクは12になった。
「こいつらより、サツキのほうが強いんじゃないか?」
フレンドの状態を確認する。サツキはオフライン。
さらに戦いを続け、撃破を重ねる。夜更かしになる前に寝支度を済ませ、横になった。
第三土曜日。
ケイは、寝ぼけて制服を出そうとする。しまい直し、まあまあ地味な服に着替えた。
台所でおはようと言い合う。和食を前に、家族でいただきますと合唱した。
父親がケイに聞く。
「今日、出かけるんだって?
「うん」
「仕事がなかったら、行けたのになあ。こう見えても昔は」
「そうだね。昔はね。でも今は」
その先を覚悟していた父親。何も言われなかったことに、すこし驚いた様子。
「いやあ。できた娘を持って幸せだよ」
話を聞きながら、母親は笑っていた。
食事を終え、父親が会社に行ってすこし経つ。
ケイは、歯磨きを済ませて時間を持て余していた。自室でPCをいじっている。
そのあとは、落ち着きなく部屋の中をうろうろする。柔軟体操をした。
母親に見送られて、約束の時間よりも早く、家を出る。
外は曇っていた。
チャイムが鳴って玄関の扉を開けた、ぱっちりとした目のサツキ。外に立つのは、目を細めたマスク姿のケイ。
「早かったね。上がって」
「うん」
ケイは、マスクを外さずサツキについていき、部屋に入った。
「どうしたの? 座って?」
花柄ワンピースの上に、柔らかそうな黄色い長袖シャツを着たサツキ。一番上のボタンだけ留められている。
ボサボサな髪のケイは立ったまま。茶系で統一された部屋の中で、マスクを取る。
「ごめん。昨日は、偉そうなこと言って」
真剣な声にとまどったのか、サツキは、身体の前で両手を横に振りながら話す。
「え? 悪いのはわたしだから、もういいよ」
ケイは正座した。
「よく考えたら、先に、顔も分からない奴の誘いをホイホイ受けたのは俺だ。こっちの顔は知らないから、黙ってればいいと思ったけど、そんな所に友達を誘うなんて」
サツキもケイの前に座る。
「わかった。許した」
「何で?」
そう言うのが精一杯の、瞳を潤ませている少女に、優しく微笑むサツキ。
「友達、だもんね」
言ったあとで、さらに笑顔になった。
「天使かよ!」
ケイの魂が叫んだ。
「もう。大げさなんだから」
二人は笑い、雑談をして、予定より三十分ほど早く出発した。空は晴れている。
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