よかったら参加しませんか?

 空気清浄機くうきせいじょうきが作動している。

 就寝前しゅうしんまえのゲームをかまえる、すこし背の低い少女。

 レトロファイトを起動。フレンドの状態を確認すると、アサトがフレンド専用部屋せんようべやを開いていた。入室申請をして許可を待つ。

 時間がかかることを想定してか、ストレッチをしている。すぐに許可が下りた。

 2時間後。

「レベル上がってるじゃん」

 最初の10戦、ケイは負けなかった。次の10戦は7対3。アサトは、換装かんそう戦術せんじゅつに取り入れて腕を上げていた。

「そろそろ、しばりプレイで勝ち越すのは難しそうだな」

【やるじゃないか少年。おじさん抜かれてしまいそうだなぁ。はっはっはっ。仕事が忙しくて、あまりプレイできていないのだ】

「送信、と」

 戦闘後せんとうごの画面で、中年男性ちゅうねんだんせいのアバターから、少年のアバターにメッセージが送られる。

 しばらくして、長文が届いた。

桜水駅さくらみずえきの前にあるゲームセンターで、土曜日の10時から、レトロファイトの小さな大会があります。僕が行けるのはこの場所くらいなので、よかったら参加しませんか?】

 中年男性ちゅうねんだんせいなら、多少距離たしょうきょりが離れていても行けるだろうと思ったらしい。

「お前、ライバル呼んでどうするんだよ。黙っとけば勝てるだろ」

 桜水駅さくらみずえきはケイの家から西。徒歩で行ける距離。

「土曜か」

【よーし。おじさん、有給取ゆうきゅうとって行っちゃうぞー。手加減無用てかげんむようで頼む】

「これで送って、忘れないように、メモっとかないとな」

 メッセージのやり取りを終え、居間いまに向かうパジャマ姿のケイ。台所と居間いま開閉可能かいへいかのうな仕切り戸で区切られていて、台所側から開けた。

 帰宅していた父親にカレンダーを要求ようきゅうし、手に入れた。

 四月第三土曜日しがつだいさんどようびに丸印をつけ、桜水駅さくらみずえきゲーセン十時、と書き込む。クローゼットの取っ手部分にヒモで結びつけ、ケイの部屋に物が一つ増えた。


 第三木曜日だいさんもくようび

 教室に入ると、すでにサツキは席に座っていた。ケイの姿に気付きづく。

「おはよう!」

「おはよう。昨日は早めに寝た?」

「えへへ。ゲームする時間を決めたから、大丈夫」

 一番うしろの、一番廊下に近い席のサツキ。身体からだの向きを教室の内側にかたむけて、答えた。

 それを見て、隣の席のケイは、すこし廊下側に身体からだかたむける。

「土曜日、ひま?」

 机の上に出した両手をいじりながら、ケイは言った。

「うん。学校休みだから、朝から。あ! ひょっとして、可愛かわいい服見にいっちゃう?」

 身を乗り出し、流れるようなミドルヘアをらしたサツキ。

 対して、あまりまとまっていない長い髪のケイ。すこし困った顔で返事をする。

「いや。駅前のゲーセンで大会があって。っていっても、賞品とか出ない小さいやつだから、あんまり人いないと思うし。それでよかったら――」

「うん。行こう」

「一緒に行って欲しいなって、マジで?」

 すこし早口で説明していたケイに、即答したサツキ。信じられないといった様子のケイを見て笑ったあと、言う。

「マジでございます!」


 放課後ほうかご

 サツキは用事があるということで、今日は、どちらの家に行くということもなかった。

 ケイは帰宅した。空気清浄機くうきせいじょうきをつける。

 マスクを外し着替えると、暇そうにベッドの上でごろごろしていた。

 起き上がり、何かを思いついた様子でゲーム機の電源を入れる。レトロファイトを起動きどう黙々もくもくとポイントをかせぎ始めた。

 あやつっているロボットは、ミドル一式の初期装備しょきそうび。灰色。板のような装甲のライトタイプより、装甲があつい。とはいえ、重戦車じゅうせんしゃのようなヘヴィタイプほどではない。

 全身ぜんしんをパージして、そのあと不定期で換装かんそう。という無茶な戦い方をしていた。

 指が素早く動く。コントローラーは正確に操作されている。

 開幕。ケイがパージしたところに、相手の左肩から放たれた中距離小型ちゅうきょりこがたミサイル。

 右にすこし移動したあと、逆方向にブーストをかけてけた。そのまま接近せっきんし、右手甲みぎてこう小型こがたガトリングをつ。相手の右腕に当たる。

「これに当たっちゃうか」

 右手のビームナイフで攻撃してくる相手。けつつ、右腕の換装かんそうを準備しておく。

 機体の換装予定場所かんそうよていばしょにワイヤーフレーム状の表示が出るため、対戦相手にも情報はつたわる仕組みになっている。

 もなく換装かんそうされる右腕。

 ライトタイプの右腕で威力が高い武器ぶきは、右手甲みぎてこう短距離たんきょりビームほう杭打機くいうちきのような見た目。

 それを読んだのか、相手は左手甲ひだりてこうのビームシールドをかまえる。

「と思うよな」

 ケイは左肩の中距離ちゅうきょりミサイルを発射はっしゃし、攻撃のすき換装かんそうでキャンセル。

 すぐに、ブーストで接近せっきんする。

 ミサイルの命中と同時に、うしろから、右手甲みぎてこう短距離たんきょりビームほう至近距離しきんきょり直撃ちょくげきさせた。重いヒット音が鳴る。

「やっぱ、アサトと同じぐらい強い奴はいないな。もっと上にいかないと駄目だめか」

 ケイはポイントをかせぎ続け、ランク10になった。

 ランク9までは、国内の相手としかマッチングしない。ランク10になると、戦う相手を、国内か海外を含めた全体かで選べるようになる。

「本当の戦いはこれからだ!」

 ケイは、水分補給すいぶんほきゅうに向かった。

「でも、ラグいと困るからな。情報量多じょうほうりょうおおそうだからごまかしはきかなそうだし。海外勢でも、ランクが高ければいい回線使ってると信じて、もう少しあとにするか」

 ぶつぶつとつぶやきながら戻ってくる。軽く身体からだを動かして、ポイントをかせぐ仕事に戻った。


 夕食。

 めずらしく早く戻ってきた父親を席に加えた、ケイと母親。三人でテーブルを囲んだ。

 ご飯に肉じゃが、豆腐のきのこあんかけというメニューで、肉じゃがのいい匂いがただよっている。

美味うまい」

 と言う父親に、母親が笑顔で答える。

「ありがとう」

「リョウコの作る料理で、おれはノックアウトされたんだ。ケイもそろそろ練習したらどうだ」

「もう、ツネハルったら」

 という会話に興味がなさそうなケイは、牛乳を飲んでいる。

「確かに、おいしい」

 肉じゃがを食べてつぶやく娘を見て、両親は笑顔を見せた。

 ケイは黙々と食べ、先に食事を終わらせた。自室に戻らず、両親の話を聞いている。

 娘に笑顔で話しかけながら、両親も食事を終わらせた。

 皿洗いが終わり、風呂場のドアが開く。ほかの部屋と同じく、お風呂の脱衣所だついじょもフローリング。洗面台はクリーム色。

 ケイは歯磨きをする。

 終わると、何を思ったのか、鏡の前で軽くぴょんぴょんと跳ねた。

 お風呂に入る前に、上着を脱いで何かを考えた。特に何もせず、入浴準備にゅうよくじゅんびを済ませて入る。

 しばらくして出てきた。

 長い髪をかわかした、パジャマ姿のケイ。台所に行き、ミネラルウォーターを飲む。

「お風呂」

 ケイは、台所にいる両親に一言だけ言った。

「あがったか。教えてくれてありがとう」

 父親から感謝の言葉を受け、娘もすこし目尻を下げた。


 自室でゲーム機の電源を入れた、十代前半の少女。

 たまに身体からだを動かしながら、ひたすら、レトロファイトのポイントを獲得していく。

 コントローラーはケイの手には大きすぎる。それを感じさせない操作精度そうさせいどで、次々と相手を倒していった。

 ランク11になった。フレンドの状態を確認すると、サツキが部屋を開いている。

「そういえば、最初に戦っただけ、だっけ」

 あまり期待していない様子で、入室申請をする。少しして許可きょかが下りた。

「どこまで成長したか」

 フレンド戦のステージは、どちらかがランダムで選ばれる。決定。障害物がほとんどない平原。

「見せてもらおう!」

 サツキのロボットは、全身ミドルタイプ。背中には、珍しいロマン武器ぶき装備そうびされている。

 ケイは、不規則ふきそくな動きをしつつ距離きょりを詰める。

 背中の武器ぶきを使ってこないサツキ。

 ケイが、あえてすきのできる距離きょりで、左肩の中距離小型ちゅうきょりこがたミサイルを使う。同時に、左腕をヘヴィに換装準備かんそうじゅんびしておく。

 相手は左に動き、逆向きにブースト。ギリギリでミサイルをけた。

「いいね」

 そのまま近付く相手。背中の左右両方が装備箇所そうびかしょの、隠し腕が姿を現す。クロー攻撃を仕掛ける、3本目と4本目の腕。

 ケイはじっと見ている。左腕が一発受けた。

 次の攻撃が来る前に、ヘヴィの左腕に換装完了かんそうかんりょう実体じったいのシールドがクローを防ぐ。反動で下がるケイの機体。何度も空を切っている相手の攻撃終了時こうげきしゅうりょうじに、右肩の大型実体剣おおがたじったいけん攻撃こうげきした。

 だが、遠かった。直撃ちょくげきにならず、相手はすぐ動ける状態じょうたい右手甲みぎてこう小型こがたガトリングを受ける。

 ケイは、右腕の換装準備かんそうじゅんびをしつつ、同じく小型こがたガトリングで応戦おうせん。右腕のビームナイフを構える。

 サツキは、横に移動して回避。ビームナイフを狙ってきた。

 しかし、右腕をライトに換装かんそうしたことで、ケイの攻撃はキャンセルされる。けたあとで、右手甲みぎてこう短距離たんきょりビームほうを命中させた。相手のHPがゼロになる。

 2試合目も、適度にすきを見せるケイ。

 そこを的確に狙ってくるサツキ。ただ、換装かんそうには注意するようになっている。

 ケイは笑って、りを止めて相手をした。

【上達にびっくりした。すぐ対応できるのもいいね】

 戦闘終了後せんとうしゅうりょうごの画面。ケイは、相手にメッセージを送る。

 サツキのアバター名はサツキのまま。姿は変わっていて、黒いロングヘアの可愛らしいものだ。

【やっぱり、まだ全然かなわない。明日、いろいろ教えて。おやすみ】

 というメッセージが返ってきた。

「わかった。おやすみ」

 メッセージを送ったパジャマ姿のケイは、レトロファイトでさらにポイントをかせいだ。

 それから、寝支度ねじたくを済ませ布団に入る。安らかな表情で目を閉じた。


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