正の数はゼロより大きい数

 第三水曜日だいさんすいようび

 いつからか夜更よふかしをしなくなった、髪の毛がボサボサのケイ。

 家族揃かぞくそろって食事をする。

 支度したくを済ませ、白いマスク姿で外に出た。駅方面へ向かう父親。ケイは、家の前の景色けしきながめる。

 大通りをはさんで、緑の多い大きな公園がある。その先には海。

 振り返り、自宅を見つめる。

 二階建て。白い壁に黒い屋根。一見地味なようで、玄関やベランダのデザインはお洒落しゃれだ。入り口には、二上ふたがみと書いてある。

「見ようとしていないと、近くにあっても気付きづかない、か」

 歩き始めると同時に、ぼそぼそつぶやく。その目はあまりするどくなかった。

 白い上着と黒いスカートがれる。

 マスクを外したケイが教室に入ると、サツキはいない。時間を確認しても、特別早く着いたというわけではない。荷物を置きながら、すこし下がる眉。

 時間が過ぎる。そのあいだ、落ち着かない様子で体勢たいせいを変えていた。

 すこし髪の乱れたサツキが挨拶あいさつをする。

「おはよう」

「おはよう」

 すこし表情が柔らかくなったケイが、挨拶あいさつをした。

夜更よふかしして、遅れちゃった」

 手ぐしで髪を整えるサツキ。それよりも乱れた髪のケイが言う。

「遅れてない。むしろ早い、まだ」

 夜更よふかしで遅れることが多々たたあるからか、感情がこもっていた。夜更よふかしの理由は聞かなかった。

「ゲームでね、同じくらいの腕前の人と対戦してたら、つい」

 サツキも成長したな。と、ケイは言わなかった。

「へ、へー。てことは、部屋の作り方とかもバッチリなんだ」

「説明書を読め、って怒られそうだけどね」

「うん。そうだよな。やっぱり、同じくらいの相手と戦うのは、面白いよな。うん」

 み合っていない会話。サツキが不思議ふしぎがっていると、授業じゅぎょうが始まった。

「では、次のページを読んでもらうのは、えーっと」

 先生が言ってすぐに、誰かの手が挙がった。

身体からだは大丈夫? 無理しなくて、いいからね」

 長い髪で目つきのするどい少女が、すこし目つきをゆるめて答える。

「大丈夫です」


 昼休み。

 ケイはいつものように、自分の席で弁当を食べていた。

 隣の席では、サツキが弁当を食べていた。ケイはちらちらと見ていた。何も言わない。

 サツキが先に口を開く。

「今日の勉強、難しかったね」

「ん。難しいところ、あったっけ?」

 ミドルヘアのサツキは、椅子ごとななめに向きを変えた。ねつっぽく語り始める。

「すごい! いや。分かってるんだけどね。わたしが、勉強できないだけだって」

 すぐに勢いが落ちて、しゅんとした顔になってしまう。

「サツキのほうが、すごいよ。おれにないものを、いっぱい持ってる」

「え?」

「隣にいたのに、気付かなかった。いや。分かった気でいた。自分から動いて変えられる力を持ってる。それに可愛かわいい。あの部屋は別の世界につながってるのかと思った」

 ケイは真剣な表情。弁当を食べながら、よく分からないことを言った。

「変えたいなら、自分から動かないとダメ、ってことだよね」

「それを教えてもらった。ありがとう」

 ケイは、弁当を食べ終えていた。感謝をべたあと、すこし柔らかい表情になる。

 サツキははしを止めている。

「それでね。勉強なんだけど、もし、よかったら教えて欲しいなって。何かお礼するから」

「いいけど。あの部屋にいける以上のお礼なんて、あるのか? いや、ない」

 腕組みをしながら真剣にしゃべったケイの横で、サツキに笑みがこぼれた。


 放課後ほうかご

 帰宅してマスクを外し、そこそこ地味な服に着替えた、長い黒髪の少女。

 再び、マスクをつけ外出。

 向かい側に大きな公園。その向こうに海がある大通りを、北西へ進む。途中で左の路地に入る。

 すこし進むと、白いワンピースを着た、ミドルヘアの少女が立っていた。

「ドレス?」

 ケイは目をかがやかせて聞いた。

「これは普段着だけど、確か、ドレスになっている国もあるみたい」

 サツキが博識はくしきな一面を披露ひろうしたところで、家に入る二人。サツキの母親は外出しているらしい。

 階段を上がって、部屋のドアを開いた。

「確かに、ここならドレスとして使える……!」

 マスクを外したケイが、冗談じょうだんなのか本気なのか分からないことを、真剣に言った。

 ワンピースドレスのサツキは、否定しながらすこし困ったような顔をする。そのあと笑った。

 茶系で統一とういつされている部屋の真ん中にある、可愛かわいらしいテーブル。そばならんで座る二人。カーペットの上で勉強会が始まる。

せいの数はゼロより大きい数。の数はゼロより小さい数。ゼロは正でも負でもない。いわば原点」

「さすがに、これは分かるよ」

「6-(-4)=」

「えーっと」

「マイナス4を足すっていうのは、4減るってことだから、その逆のマイナス4を引くっていうのは、4を加えると同じ」

「10」

「ぶっちゃけ、マイナスは強いけどマイナス同士がぶつかるとプラスになる、と覚えてもいい」

 数学すうがくが苦手なサツキは、基礎きそから勉強していた。基礎きそを学んだあとで、練習問題れんしゅうもんだいいていく。

「んー」

 ワンピース姿のサツキが大きく伸びをした。

「休憩のあいだ、ゲームやっていい?」

 ケイは、頭を使ったあとでもやる気満々である。どうやらゲームは別腹らしい。

「しょうがないなあ。いいよ」

 笑顔で快諾かいだくした部屋のあるじ。すぐにゲーム機の電源を入れるケイ。

「そういえば、アカウント一つだけ?」

「うん」

「これに慣れてると、増やしたら面倒かな。ちょっとサツキの借りていい? ポイント関係ないやつやるから」

「減ってもいいよ。それに、ケイは淑女しゅくじょだから心配してないし。ちょっと飲み物持ってくるね」

 淑女しゅくじょの意味を知らない様子の、地味な服のケイ。サツキを引き留める。

「見てないところで勝手にゲームをいじらせると、何をされるか分かったもんじゃないから、おすすめできない。一緒にいこう。水でいい」


 水分補給すいぶんほきゅうをして、茶系の部屋に戻った。

 ケイは、レトロファイトを起動。サツキと一緒に、ロボットの装備そうびを確認している。

「腕がライトで、胴がミドル、脚がヘヴィとはロマンだねえ」

「かわいいでしょ」

 サツキの言葉を、ケイは理解できなかった。

 軽いパーツは機動力きどうりょくが上がり、攻撃力こうげきりょくが落ちる。重いパーツはその逆。組み合わせると機体きたいのバランスがくずれ、操作が難しくなる。

 見た目の可愛さを考えたこともなかった。

「一試合だけやる」

 と言って、ポイントが増減ぞうげんしないモードで相手を待つ。すぐに一戦目が始まった。

 相手のロボットは、全身ミドル。

 ミドルタイプの初期装備は、左手に中型ちゅうがたハンドガン。右手にビームナイフ。左手甲にビームシールド。右手甲に小型こがたガトリング。左肩に中距離小型ちゅうきょりこがたミサイル。右肩に大型実体剣おおがたじったいけん。左背中に長距離ちょうきょりエネルギーほう。右背中にトラップ。

 小型ガトリングは、複数ふくすう銃身じゅうしんが回転して連続射撃れんぞくしゃげきをおこなう武器ぶき

 ロボットは、初期装備しょきそうびではなかった。

 背中に、複数ふくすうの刃が付いたドリルのような武器ぶき装備そうびしていた。いきなりかまえ……ているあいだにケイが距離きょりを取ったため、不発ふはつに終わった。

「あれこそ完全にロマン」

 ケイは、相手の攻撃をすこしながめた。右肩の中距離ちゅうきょりミサイルをち、命中。

 攻撃を受けた相手は、ドリルの硬直こうちょくがなくなった。

 装甲そうこうあついロボットが、接近せっきんしつつ右肩の大型実体剣おおがたじったいけんかまえる。だが、すでにかわいいロボットの姿はない。すこし離れた場所で、右背中のトラップを設置していた。

 ケイは、うしろに下がりながら、左背中の長距離ちょうきょりエネルギーほうかまえる。

 けん空振からぶりにえた相手が接近せっきんしてくる。トラップはけられた。

 遠距離攻撃えんきょりこうげきをしてこない相手。

 ケイは、わざとすきのできる攻撃こうげきをしていた。エネルギーほうけられる。すきは突かれなかった。

近距離縛きんきょりしばりかな?」

 ケイは装甲そうこうをパージした。フレームが骨のように見える。機動力きどうりょくが上がり、相手のすきを突くまでもなく遠距離攻撃えんきょりこうげきで倒した。

 2戦目も、相手は近距離攻撃きんきょりこうげきばかりだった。すきを突いてすぐに終わらせたケイ。

 ゲーム機の電源を切る。

「ロマンを求めるなら、勝つビジョンが見えてないと」

「一人用クリアで使えるようになる武器。すごいけど、全然当たらないね」

 戦いをじっと見ていたサツキが口を開いた。

「ドリルは、どうやって当てるのか。まあ、上手い人に食らってから考えよう」

「そう。考えよう! 勉強」

「まずは、復習ふくしゅう練習問題れんしゅうもんだい。そのあいだにストレッチしとく」

 身体からだを動かし始めたケイはストレッチを終え、筋力きんりょくトレーニングを始めた。

 サツキが、興味津々きょうみしんしんな様子で聞く。

「毎日やってるの?」

「うーん。どうかな。ゲームやってると、同じ姿勢しせいになりがちだから、動かさないと」

「わたしも、ちゃんと身体動からだうごかさないと、じゃない。勉強」

 練習問題れんしゅうもんだいくサツキ。着実ちゃくじつ基礎きそが身についていた。

 そのあとも、勉強はしばらく続いた。

「疲れたー」

 と言ってテーブルに突っ伏したサツキの頭を、ケイがでる。

「えらい、えらい」

 満足そうな顔をする、ワンピース姿の少女。地味な服の少女も優しい表情になる。

 勉強会は終わり、ケイはマスクをして家に帰った。


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