ごめんね。散らかってて

 授業が終わり、門の外に出た二人。

 サツキの情報端末で地図を表示する。サツキの家は、ケイの家から近い場所だった。

 念のため、マスク姿のケイは紙のメモ帳に図を描いておく。

 Vの字の左上がサツキの家。

 字の右上に接して、左上から右下に向け線を引く。大通りを表していた。

 ケイの家は大通りに面している。サツキの家は、すこし路地に入った辺り。山上学園を出てすぐ左に帰っていく理由を、ケイは理解した。

 ミドルヘアの少女が手を振る。

「また、あとでね」

「また」

 長い黒髪の少女は、家に戻ってマスクを外した。

 どの服がいいか、様々な地味な服を前に考える。悩んだ末に、それなりに地味な服に着替えた。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 母親に見送られ、再びマスクをつけたケイ。大通りを北西へ。途中で左に曲がり、路地に入る。

 進んでいくと、見慣れた顔が見えた。

「こんなに近いなんて、びっくりでしょ?」

「ん」

 ケイは、あまり声を出さずに首を縦に振って肯定する。

 サツキの家は二階建て。家の上には屋根がある。玄関の上のスペースにも斜めに屋根がある。例えるなら親子のような見た目。

 入り口の横に、野々部と書いてある。

 フローリングの家に入った二人。

「ただいまー」

「こんにちは」

 ケイは、マスクを外し挨拶した。少女たちに近付く、スタイルのいい女性。

「こんにちは。仲良くしてやって」

「お姉さん?」

 言われた女性が、笑いながら答える。

「母です。スズランさん、って呼んでくれてもいいわ」

 サツキの母親は、じきに外出するらしい。二人は二階に上がり、サツキの部屋の前に来た。

 ドアが開く。

「……」

 ケイは黙った。

 中は茶系で統一されていた。

 真ん中には、カーペットが敷いてある。その上に、可愛らしいテーブルが乗っている。

 近くに、濃い茶色のクッションがいくつか並ぶ。カーテンも同系色。もう一つの真っ白なレースのカーテンと、白っぽい壁の色が映える。

 机や椅子、洋服を入れるための家具まで、可愛くまとまっている。

 さらに、ぬいぐるみや小物などがあちこちにある。

「ごめんね。散らかってて」

 部屋の主も、レース襟のポロチュニックという可愛らしい服装。ケイには無縁な姿だ。

「問題ない」

 と言うのが精一杯といった様子で、地味な服で立ち尽くしていた。

「適当に座って。いま、ゲームを」

「ちょっと待って。その位置はいけない」

 正気に戻ったケイが、制止した。

 ベッドと衣類収納ケースのあいだにTVがあり、下に台が置いてある。ゲーム機はその中に入っていて、排熱に十分なスペースが取れていなかった。

 ケイが、スペースを空ける。

「長時間使わなければ大丈夫だと思うけど、念のため」

「来てもらって、よかった」

 サツキがにっこり微笑み、はにかむケイ。


 二人はカーペットに並んで座る。ゲーム機の電源が入れられた。

 頑張ったと自己申告していたサツキは、一人用モードを終盤まで進めていた。コンピュータが操る敵ロボットを倒す、というところで悩んでいる。

「もうすぐじゃん。慣れと試行回数、ってとこかな。あとは」

 ケイは、戦闘中ほとんど口を出さず、戦闘終了後に問題点を伝える方法を取った。

 苦戦していたサツキ。徐々にコツを掴んできたようで、何戦か勝利を飾る。

「やったぁ」

 ラスボス(最後の敵)手前の敵を倒した。

 サツキがセミロングの髪を揺らす。ぴょんぴょんと跳ねるように喜んでいる。

 ケイは手を握られて、長い黒髪と一緒に身体を揺らしていた。

「あと一息。いけるぞ」

「うん!」

 最後の戦いは、根気との勝負。ラスボスはHPが多いため、ミスを極力減らすプレイが求められるのだ。パターンを覚えるということが不可欠となる。

 攻撃できるときとできないときが分かっていないと、ジリ貧になってしまう。

 1戦目で、あっさりとやられてしまうサツキ。長期戦を覚悟していたケイは、何もヒントを言わなかった。

 しかし。

 2戦目は、焦らずじわじわと攻撃できるタイミングを計って、着実にダメージを与えていく。サツキは自分で答えに辿り着いたようだ。

 そして。

「やったね!」

 先に声を出したのは、ケイだった。

 目を潤ませたサツキの顔が近付いてきて、一瞬、目を閉じたあとには見えなくなった。ケイは、身体に体重が乗っているのを感じて、自分が抱きしめられているということを理解した。

 ためらいがちに背中へ手を回し、軽く握った。

「ありがとう。わたし一人じゃ無理だったよ」

 身体を離し落ち着いた様子のサツキが、感謝の言葉を述べた。

「最後、何もしてないし。一人でも、しばらくやればクリアできてたよ。きっと」

 ケイは、分析の結果をそのまま伝えた。

「それまでの積み重ねがあったから、頑張れたんだよ!」

「勉強みたいなものか」

「普段から、真面目に頑張ると決めたよ」

 言葉のあとに笑った二人。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、ケイは帰ることにした。

 家の外まで見送りに出たサツキ。声をかける。

「またねー」

 マスク姿のケイは、大きく手を振りながら小声で言う。

「またね」


 自室。すぐ寝られる状態の少女は、ゲームのコントローラーを握っていた。

 画面では、灰色のロボットが戦っている。

 左手のハンドガンで攻撃しつつ距離を離し、右肩の中距離ミサイルで様子を見る。までもなく命中した。さらに距離を取り、左肩の長距離エネルギー砲を撃つ。命中。

 ひたすら戦って、ポイントを稼ぐケイ。流れ作業のようにこなされる。ランク9に上がった。

「前に戦った9の奴は、もっと上にいってるだろうな。フレ申請しとけばよかったな」

 フレンドの状態を見る。サツキは、オンラインで戦っているようだ。

「あ。部屋の作り方とか教えるの、忘れた」

 ケイは、ぶつぶつと言いながらポイントを稼ぐ作業に戻る。

 試合の合間にストレッチをして、勝ちを重ねていく。

 ランク11の相手とマッチングした。プレイヤー名はアサト。ステージ選択権があるのは、ランクの低いケイ。

 すこし障害物のある荒野を選択。試合が始まる。

 相手は、ケイと同じく初期装備だ。いつものように、開幕換装を警戒する。相手は何もしない。射程外からハンドガンを一発撃ってみる。反応なし。

「こいつは、できる奴か」

 けん制で右肩の中距離ミサイルを撃つ。

 相手の攻撃で切り払われた。背中にある装備箇所の左右両方を使用する、巨大な可変式実体剣だ。

「魅せプレイかよ!」

 その隙を逃さず、ハンドガンで少しダメージを与える。追撃可能だが、途中で退いた。

 ケイは笑っている。相手のロボットが、右肩の中距離ミサイルを撃った。その瞬間、先読みで構えていた巨大な剣が横に一閃。世界を両断した。

 1戦目を制し、2戦目が始まる。

 お互い示し合わせたかのように遠く離れる。左肩の長距離エネルギー砲を、ほぼ同時に構えた。互いに命中。

「面白すぎるだろ」

 間合いを詰める。お互いにビームシールドを展開して、再び距離を離す。

 シールドを使わずに、全身をガードする方法もある。それを、上級者はほとんど使用しない。ダメージをゼロにできない上に、エネルギーの消費が大きいため。

 その後も、似たような動きをする細身のロボット。

 定石を把握している両者は攻め手を欠き、時間切れで引き分けになった。

 3戦目。相手のロボットが、最初に換装準備をする。

 すこしあとに、右腕がミドルに換装された。ビームナイフを構える。

 ケイは予想していた。

 狙いすました短距離ビーム砲が相手に直撃。ヒット音が重い。

 攻撃には、決まった場所にクリティカル判定がある。普段と異なる効果音で判別可能。

 ケイは、相手の換装に対応して、紙一重の攻防を見せる。

 全身ライトのケイと、換装によってミドルの部分が多い相手。わずかな機動力の差で勝負は決した。

 戦闘終了後の画面。相手を確認するケイ。

「やっぱり、前のあいつか。ランクからして、あんまりやってなかったのか。フレ申請に何てメッセージ付けようかな」

 と言っていると、相手のアサトからフレンド申請が届く。

【面白い戦いでしたが、完敗です。よければ暇な時に相手をしてください】

 というメッセージが付いていた。

「真面目かよ!」

 ケイは笑いながら承認して、レトロファイトのフレンドは二人になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る