可愛すぎかよ

 第二土曜日だいにどようび

 ケイは、家が近いため遅刻ちこくせず学校にけた。意識を失わないことに成功する。

 授業じゅぎょうが終わると一目散いちもくさんに家へ帰り、着替えたあとで椅子に座る。10分ほど目を閉じた。

 すこし日がかたむいたあと。

 町は、あまり大きくない。高い建物たてものならぶのは駅前だけ。

 ほかの場所とは違い、緑がすくなく灰色が目立つ。桜水駅さくらみずえきも薄い灰色。背は高くない。

 駅前のゲームセンター。中は銀色だった。いや、違う。

 ロボットのコックピットをイメージしたような(横向きの操縦桿二そうじゅうかんふたつにおおいをつけた形状の)操作システムを持つ、銀色の筐体きょうたいならんでいる。

 それは、レトロファイトのアーケードばん

 ゲームセンターは広い。対戦用のゲーム以外も豊富ほうふに取りそろえてある。ぬいぐるみを取るものや、写真を撮るものが、入り口付近で客の目を引く。

 場所ごとに色分けされていた。フリースペースは白い。休憩きゅうけいする人にも、ずらりとならんだレトロファイトの筐体きょうたいは、注目のまと

 なにやら、ぶつぶつと言いながらプレイする、長い黒髪の少女がいた。

 マスクをしていて、表情はよく分からない。背が低く、服はお洒落しゃれではない。

「グリップをしっかり握らなくても、自由に動かせて、左右5本の指でボタンを押すのか」

 あっさりと、相手を倒した。

 二本先取にほんせんしゅの勝負を続ける。いろいろ試しながら戦い、数人を倒した。

「簡単すぎる」

 複雑ふくざつな操作で奥深いため、今後人気が出そうなアーケードばんは、バッサリと切り捨てられた。

 ケイは南東へ歩き、自宅に戻っていく。


 ケイの部屋には可愛かわいらしい物がない。

 マスクを外し、ゲーム機の電源に手を伸ばした。スイッチは入れず、机に向かって宿題しゅくだいをし始めた。途中で、部屋の中をうろうろ歩き回る。

 身体からだの前で手を組んで力を入れたり、腹筋ふっきん背筋はいきんきたえたりした。

 おもむろに台所へと歩く。

 テーブルの上には二人分の料理。昨日と違って、ぶつぶつとつぶやかずに晩ご飯を食べるケイ。すこし眠そうだ。

「夜更かししていると、背が伸びないわよ」

「うん。気を付ける」

 二人は、ほぼ同時に食事を終えた。

「お父さん、今日も遅いみたい」

「風呂入る」

 母親に入浴する意思を伝えた眠そうな少女は、自室でゲームを30分ほどプレイする。そのあと、洗面所せんめんじょで歯磨きをしてから、ようやくお風呂に入った。

 お風呂から出て、髪をかわかしたケイ。水を飲んで自室に戻る。灰色のパジャマ姿。

 ゲーム機の電源を入れた。一人用モードをプレイする。

 まぶたが閉じそうになり、コントローラーを持ちながら始まるスクワット。ケイの手にはすこし大きい入力装置が、迷いなく操作されていた。

 座ったり立ったりと落ち着きがない様子で、プレイする。

 ついに耐えきれなくなったようで、寝支度ねじだくを済ませる。今回は睡魔すいまに負けず、自分から布団へ入った。


 第二日曜日だいににちようび。台所。

 大きな窓にある、白いレースのカーテンははしに寄っている。手前にあるクリーム色のカーテンも、開いていた。

 窓の外には小さな庭がある。薄曇うすぐもりの空。植物たちはうるおいを待っていた。

 テーブルの上には和食が並ぶ。香りを楽しむこともなく、ケイは無表情で牛乳を飲んでいる。窓から大通りをながめる気配もない。

 三人での朝食中。三十代の父親が、嬉しそうに言う。

「リョウコの作る御飯ごはんは、美味いな、やっぱり」

「なに言っているの、ツネハル。家族みんなで食べているから、でしょ」

 母親の言葉を聞いても何も言わず、ケイは食べ続ける。

「みんなで食べたら美味い、っていうのは、言わなくても分かるだろ?」

「言わないと分かりませんよ」

 聞きながら、ほぼ食べ終わった地味な服の少女。

「もう食べ終わるのか、ケイ。話したいことがあったんだが」

「ごちそうさまでした」

 無慈悲むじひ宣言せんげんをして、自分の部屋に入る後ろ姿。父親は、ドアが閉まるまで見届ける。悲しそうな顔で頭をかいた。短めの髪がすこし伸びている。

 自室の空気清浄機くうきせいじょうきがオンになる。

 ケイは、アニメを合間あいまに歯磨きをした。少女達の友情を描いたアニメをながらつぶやく。

可愛かわいすぎかよ」

 可愛かわいらしさや友情と無縁むえんのケイは、ゲーム機の電源を入れた。

 いつものように、中年男性ちゅうねんだんせいのようなアバターでログイン。


 レトロファイトのオンライン対戦には、大きく分けて三つのモードがある。

 勝敗で所持ポイントが変動し、一定値を超えるとランクアップ。ランクの近い者同士がマッチングしやすくなるモード。

 ポイントが変動しないモード。

 個人が部屋を作って挑戦者ちょうせんしゃを待ち、戦う相手を選べるモード。

 とはいえ、まだ発売直後。みんな適正てきせいランクに到達とうたつしていないので、マッチングはあまり機能していない。

 ケイは、ポイントが変動しないモードを選択した。

 ランダムに選ばれた対戦相手。プレイヤー名はサツキ。

 対戦前に、相手の装備は分からない。その代わり、戦闘中に換装かんそうできる。相手が自分の装備そうび相性あいしょうが悪い場合を想定そうていして、戦術せんじゅつを組んでおくのが定石じょうせきとなる。

 ステージは、すこしだけ障害物しょうがいぶつのある荒野に決まった。

 試合が始まると、お互いにライトタイプで武器も同じ。色も同じ灰色。

 つまり、どちらも初期装備しょきそうびだ。

 一人用のモードをある程度進めると、ほとんどの装備を見ることができる。

 ライトタイプ以外を使うためには、対戦で専用のポイントを獲得かくとくする必要がある。ランク用のポイントとは別で、誰でも装備を使えるように配慮されていた。

「初心者か?」

 言葉とは裏腹うらはらに、まった油断ゆだんはなかった。すぐに換装かんそうして機敏きびんな動きをする相手と、何度か戦っていたのだ。

 敵のロボットに動きがあった。換装かんそうではない。装甲そうこうが外されていく。

「ロマン、求めすぎだろ」

 装甲そうこうをパージする(外す)と受けるダメージが増える。機動力きどうりょくはすこし上がる。全て外すと、どんな攻撃でも致命傷ちめいしょうとなるため、素人しろうとにはおすすめできない。

「楽しませてくれるんだろうな?」

 攻撃せず相手の出方をうかがう。

 足元に向けてミサイルをち、自分の攻撃でダメージを受けていた。相手は、あと一撃当たれば倒れるHPになっていた。

「……」

 それでも様子を見る。射程内しゃていないに移動しても、何もリアクションがない。

「はっはっは」

 何かがツボに入ったケイが笑い出した。

 直後、相手がミサイルをった。爆発ばくはつする前に、ケイのったハンドガンのたまが命中。

 2試合目も、相手の動きはひどいものだった。

 自爆じばく決着けっちゃくはない、と判断したケイ。お手本のような動きをしつつ、相手がこちらを見ているときに、分かりやすく攻撃こうげきを与えて撃破げきはした。

「一人用モードをクリアしてから、オンに来いよ」

 さわやかな笑顔で、表情と内容が合っていないひとごとえた。

 対戦が終わると相手のアバターが表示され、文章を送ることができる。

 当然ながら、誹謗中傷ひぼうちゅうしょう暴言ぼうげんはペナルティの対象になる。程度によって、一定期間オンライン対戦不可や、アカウント停止になるなどの処罰しょばつを受ける。

 画面を見つめ何か操作しようとしたとき。

「お父さんが、さみしいって泣きそうよ。お話ししましょう」

 母親が部屋のドアを開けた。

「ノックしてから入って、って言ってるでしょ。全く」

 あきれたような声を出す娘は、しかし、素直に応じるのだった。

じつは新型の空気清浄機くうきせんじょうきが――」


 第二月曜日だいにげつようび。台所。

 夜更よふかしをしなかったケイは、父親の出勤前しゅっきんまえに姿を確認することができた。

 ごはん味噌汁みそしると、魚の切り身を焼いたメニューが、食欲をそそる匂いを出している。

 椅子に座った三人が食卓を囲む。食べ終わると二人が家を出た。

 ケイは右に進む。父親は逆方向に歩いていった。

 まだ、制服姿せいふくすがたの人がすくない大通り。ケイは足早に歩く。前髪とマスクのあいだから見える目は、するどい。

 右に曲がり、門を抜ける。普段より早く学校に着いた。中等部ちゅうとうぶ建物たてものに入る。

 マスクを外すケイ。教室には、人がほとんどいない。

 席について荷物をろす。

 隣の席から、ミドルヘアの少女が声をかけてきた。発育はついくが悪く華奢きゃしゃなケイよりも、年相応としそうおう。すこし柔らかそうに見える。

「ケイさんって、ゲーム詳しいよね?」

「お、おう」

「実は昨日、ゲームをやっていたら、すごく紳士しんしな人がいて。お礼をしたいけど、やり方が分からなくて、困っていて」

 少女は身を乗り出して、真剣な顔を向けた。

 ケイは、苦笑にがわらいをしているような微妙びみょうな表情。

「ゲームっていっても、色々あるし。とりあえず詳しく」

「えーっと、レトロフィット? か何かなんだけど、まだ全然操作ができてないわたしを、じっと見守ってくれた人がいて」

「まあ、普通ならボッコボコだよな」

 レトロファイトだろ、とはあえて言いませんでした。

「それで、何か変な操作しちゃって。自分で、こう、ぼかーん、って」

「ああ、多分、十字のボタンを移動と間違えて押しまくって、装甲そうこうが外れたんだな。焦って左右のスティックを動かして、障害物しょうがいぶつめがけて攻撃範囲こうげきはんいの広い武器ぶきで」

「すごいね。今ので、分かるなんて」

 身体からだの前でこぶしにぎめ、目をかがやかせたミドルヘアの少女。さらにケイに近寄る。

「お前、サツキだろ。戦ったのは、おれ

「え? でも、終わったあとの画面――」

「だからおれだって。オッサンのアバターだっただろ? お前は、アバターそっくりだけど絵上手いんだな、きっと。次の試合の内容も言ってやろうか?」

 信じられない様子の、ぱっちりとした目の少女。

 ケイは怒涛どとう攻勢こうせいをかける。

「2試合目は移動できてたけど、いきなりナイフはないな。エネルギーほうつのも。見てからけられるし。こっちの攻撃ですきがキャンセルされて、何もしないっていうのも……」

 笑顔になる、目の前の少女。

将棋しょうぎの人みたい!」

「そこまで、正確に覚えてる自信はないけど。というか、言いたいことあるなら言えよ」

 眉を八の字にして考え込む、ミドルヘアの少女。

「えーっと。驚いて忘れちゃった」

 いつの間にか教室には生徒が大勢おおぜいいて、授業じゅぎょうの開始を知らせるチャイムが鳴った。

 少女は、あとで話をしようねと言う。ケイは同意したあとでつぶやいた。

「そういえば、まだ名前、聞いてなかったな」


 休憩時間きゅうけいじかん

 廊下側の席の少女と、隣の席のケイ。二人は座って話している。

「サツキって本名で、あのアバターの見た目はまずいだろ。おれが変なオッサンだったら色々、こう、犯罪的はんざいてきな何かが起こる可能性が、だな」

 ケイが熱弁ねつべんをふるっていた。

「なるほどぉ」

「せめて、名前か見た目かどっちかを、リアルに結びつかないよう別物にしないと」

「それで、その。……ご指導のほうは、どうでしょうか」

 ぱっちりとした目のサツキが、もじもじしながら見つめる。

 可愛かわいすぎかよ、と思ったケイでしたが、黙っておきました。

「別にいいけど。学校終わったら、来るか? 家」

「やったー! ありがとう、ケイさん」

 力一杯ケイの両手を握って、上下に振るサツキ。

「同級生なんだから、さん、とか変な言葉遣ことばづかいはいらないぞ。気も使うなよ。おれは全然そういうの、できないし」

「了解であります!」

「だからさあ……」

 言葉とは裏腹うらはらに、ケイは心からの笑みを浮かべていた。


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