第50話 思惑



「それで僕たちは何をすればいいんですか?」


 野外訓練から3ヶ月。三人の訴えを聞いた学園は調査の結果、補講をクリアすれば単位を認めることとしたのだ。

 学生が暗殺者アサシンに狙われるなど前代未聞、まして狙われたのは12宮爵家が二人と侯爵家が一人。しかもそれを退けてしまったなどとなると学園上層部だけでなく国を巻き込んだ一大事件である。


 学園には多くの貴族の子弟が在籍しており、平民でも優秀だと認められた者たちばかりだ。国の行く末を担う若者たちを守るという大義名分の下で行われた調査の結果、一つの男爵家が御取潰し、現当主とその長男が死罪となった。

 スケープゴートだ。そもそも調査を強く進言し進めたのはブタル家であり、自分達に火が飛んでくるのを未然に防ぐためだとみていいだろう。

 リヒト達もハッキリとした証拠があるわけでなく、この件は手打ちとなっていた。


「筆記試験と違ってペーパーで終わらせるわけにはいかないからな。かといって実技でもお前たちなら簡単にクリアしてしまうだろ」

 こめかみを押さえつつ溜息混じりに答えるのはアトリア学院の学院長だ。

 これ幸いと学院のあり方に口を出してくる貴族たちや調査協力など、多忙に多忙を重ねた彼女からは普段の覇気が見えない。


「そこでお前たちにはパナギア学園に短期留学に行って貰う。そこで行われる実習に参加するようにとの決定だ」

「パナギア学園?」

「あんたそんなことも知らないの?」

 セシリアが言うには、パナギア学園は法国パナギアにある学園であり、世界3大学校の一つなのだという。


「このタイミングでわたくし達を国外に向かわせるということは……」

「あぁ。さすが察しがいいな。法国でお前たちになにかあれば国際問題だ。そこを突いて国家間の交渉を有利に進めようとする心算だろう」

 ――なるほど。つまり餌なわけだ。口封じついでに自分の発言力を高める。腐った貴族の考えそうなことだな――


「そこまで解ってて乗るわけないじゃない!」

「いや、セシリア。この話は受けるべきだと思うよ」

 そう。危険はあるが、これは黒幕の尻尾を掴むチャンスでもあるのだ。それに

「学院長。確認なのですが、この留学はどこまで話が通っていますか?」

「他国に12宮爵家と侯爵家を送り出すんだ。無論国王の耳にも入っている」

 ならこれは獅子身中の虫を炙り出すためという側面もあるのだろう。いいように使われている気もするが、自分たちを狙った相手をこのままにしておくわけにはいかない


「わかりました。なら異存はありません」

 ――何もなければそれでいいけど……それまでは折角の他国を楽しませて貰おう

「……すまないな。」

 申し訳なさそうにしている学院長に頭を下げてリヒト達は学院長室を後にしたのだった。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 豪奢な一室の中で二人の男が顔を合わせている。グラスを傾けながら、この部屋の主であろう男が脂汗を流している男に声をかける

「……それでどうなった?」

「はっ! あやつらの留学の件は無事通ったとのことです」

「なら解っているだろうな。貴様の尻拭いで一本尻尾を切るはめになったのだ」

「わ、わかっております!」

 いまいましげに吐き捨てる男に震えながら声を出す。


「……ならいい。絶対に失敗するな。貴様には利用価値があったために切らなかったが……二度も許すほど寛大ではない。下がれ」

「っはっ!」

 頭を床につくほど下げ慌てて出て行く男を睥睨すると、革張りのソファに深く体を沈める。


「……いまいましい成り上がりめ。何が12宮爵だ。あのような下賎な輩が貴族などと」

 そう呟きながら手の内にあったグラスを一気に煽る。


「貴族というのは我々のような高貴な血なのだ。それを解らぬ王も、王派閥のボンクラどもも蹴落として真の貴族がこの国を救うのだ。ク、クハハ、クハハハハハ……」

 

暗い笑いが室内に響き渡ったのだった。

 

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