第49話 野外訓練⑪ 訓練終了
――いつの間に背後を取られたんだ?――
瞬時に距離を取り、油断なく相手を見つめる。先程の
「……安心しろ。ボクが殺すつもりなら君はとっくに死んでる」
覆面でくぐもっているが、その声と体格は自分達とそう変わらない。だが、そこから覗く眼が湛える光はまるで機械のように人間味を感じない。
「あいつの仲間か? っ! おい!」
「……」
問いかけるリヒトを無視し、まだ煙を上げている死体の傍に膝をつくと瞬時にその首を断ち切った。
「……こいつは里を抜けた者だ。ボクは長から追跡と抹殺の任を与えられただけ……君に用はない」
どうやら追い忍のようなものらしい。
「……君には感謝している。今までギリギリで姿を消していたこいつを足止めしてくれるどころか倒してくれた」
「じゃ、じゃあリヒトを殺しに来たわけじゃ……」
様子を見ていたセシリアが問いかける
「……こいつが受けた依頼は里とは関係ない……ゆえに敵対する理由はない……それよりも」
その言葉にセシリアの張り詰めていた空気が弛緩するがチラリと刃のような視線がこちらに向くとビクッと肩を震わせた。
「な、なによ?」
「……何か着たほうがいいと思う」
「うぇ?!」
慌てて駆け出して来たセシリアはタオル一枚纏っただけだったのだ。そのタオルも今まさに全てはだける寸前で、申し訳程度に引っかかっているといったところだ。
「ちょ?! あ?! え?? み、見るなぁぁ!!!」
「へぶぅ?!」
真っ赤な顔で左手でタオルを押さえつつ振り出した大樹を消し去る威力の右ストレートはヒラリと避けられ、その後ろにいたリヒトに炸裂したのだった。
薄れゆく意識の中でリヒトは確かにこう思った。
――もう少しだった――
「んん……」
「リヒト! 大丈夫?」
眼を開けると空が白んでる。どうやら朝まで気絶していたようだ。まだ頭がぼーっとしているところに慌てたようなセシリアの声が届く。
「いてて……」
「まだ起き上がらないほうがいいですわよ。」
身体を起こそうとしたリヒトを優しく止められた。そのままポフリと柔らかな枕に頭を落とされ眼を閉じるとフワリといい匂いが鼻を擽る。
「どこかの馬鹿力に殴られたそうですわね。普通の人間なら死んでますわ。頑丈でよかったですわね」
「ぐぬぬ……」
――そうだ。セシリアに殴られたんだっけ。あれはヤバイ。まじでヤバイ。魔獣の攻撃の方がマシだ。――
「こ、こいつが私の……は、裸を見ようとしたからよ! いや、見られたわ!」
――いや見てないし。見えなかったし……ちょっとしか――
「それでも謝るべきですわ。わたくし達は助けて頂いたのよ?」
「ぐぬぬ……あ、ありがとぅ……っていうかそ、そろそろ起きなさいよ!」
最後のほうは小声だったが、途端に大声になる。
ビクッとして慌てて起き上がると、柔らかい枕だと思っていたものはなんとロゼの膝枕だったようだ。どうりでいい匂いがしたわけだ。
「ご、ごめん!」
ズザァと音がするくらい離れるリヒトに
「あら、まだ寝てていいですのに。助けて頂いた御礼ですわ」
クスリと笑うロゼだったが、すかさずセシリアが喰ってかかる
私だって、とかジャンケンが、とか聞こえてくるが何か勝負でもしていたのだろうか?
ハテ? と首を傾げつつ、まぁいいやと二人に声をかけることにする。
「二人とも無事で良かったよ。介抱してくれてありがとう」
「御礼を言うのはこちらですわ。助けて頂いてありがとうございます。この御礼は王都に戻りましたら必ずいたしますわ」
「た、助けてくれてありがとう。か、介抱くらいなんでもないわ。私が殴ったんだし……ご、ごめん」
「ロゼも頭を上げてよ。御礼なんていいからさ。セシリアも気にしないでよ。それに
その言葉に頭を上げて微笑むロゼと、肩の力を抜いたセシリアに頷くと
「そういえばあれからどうなったの?」
「あの
「わたくしが追いついた時には消えていましたわ。倒れてるリヒトとあたふたしているセシリアに心臓が止まりそうでしたのよ?」
あの後すぐに闇に消えていったようだ。本当に自分達はターゲットじゃなかったんだろう。思案しているリヒトだったが、何か大事なことを忘れている気がする。はて何だったか。
「でも
「そうね。私達は囮だったみたいだし、でも誰がリヒトを狙ってたのかしら?」
「それこそ権力を持った人間の仕業ですわ。
「というと、雇い主は高位の貴族で僕を恨んでる……あ」
「あ」
リヒトとセシリアは何かに心当たりがあったのか声を揃えて見つめ合う。
「? 心当たりがあるんですの?」
「いや、ある……というか……」
「じゅ、十中八九アイツよね」
首を傾げるロゼに、以前学園で起きた揉め事を説明した。
「う、腕を切り飛ばしたんですの?!」
「い、いやほら、僕も怒ってたし、でもちゃんと繋がるように切ったし……」
その言葉にハァとため息をつきながら話を促す
「……それで腕を切り飛ばした相手は誰なんですの?」
「あー……何ていったっけ?」
「わ、私も名前なんて覚えてないわよ。子爵とか言ってたはずだけど」
「確かAクラスの……」
まったく名前を思い出せない。たしかお金みたいな名前だった気がする。
「ゴールド……ゼニ……ドル……ギル?」
「あ! それよ! たしかギルって呼ばれてたわ!」
あぁスッキリしたと二人で笑っているところに
「ギル?! わたくし達の同年代で子爵家のギルといえばデロン家の息子ですわよ?!」
珍しく慌てるロゼに二人は首を傾げている。
「デロン家? セシリア知ってる?」
「私だって知らないわよ」
そんな二人に呆れたようにロゼが口を開く
「ハァ……あなた達本当に貴族なのかしら……デロン子爵家といえばブタル侯爵家の子飼いですわよ?」
「豚?」
「ブ・タ・ル! この国の貴族の三大派閥の一つを牛耳ってる家ですわ」
「うわ……めんどくさそう」
――派閥争いかよ……どこの国にもあるんだな。巻き込まれないようにしよ。――
「あまりいい噂を聞かない家ですわ。……はぁ。帰ったら少し探ってみますわ」
「ごめんね。ありがとう」
「いいですわよ。このくらいでは命を助けて頂いた借りに比べたら」
貴族のことは詳しいロゼに任せよう。ウチもセシリアの家も派閥とか家柄とかに疎いだろうし。そう思いつつもまだ何か忘れてる気がする。
「うーん……」
「どうしたのよ?」
「いや、まだ何か大事なことを忘れてる気がして……」
「「??」」
心当たりがないのかロゼもセシリアも首を傾げている。
「まぁいいや。帰りながら考えるよ」
「そうね。もうだいぶ日も昇ってきたわ」
「そうですわね。でも完全に遅刻……」
「「「あ」」」
あんな事件があってすっかり忘れていた。今は課外授業の最中だった。
「た、単位が……」
「だ、大丈夫ですわよ。何があったか伝えれば」
「で、でも証拠なんてないわよ?」
「し、死体は?」
「残ってた体は完全に灰になってしまいましたわ」
「「「……」」」
三人は顔を合わせるとダッシュで森を抜けていったという。
あとがき
長々とかかってしまいしたが、野外訓練編はこれにて終了です。次回はシリアスじゃない日常をお送りする予定です。
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