第48話 野外訓練⑩ 闇夜の決着


 闇夜の中を駆ける。漆黒の森の中をまるで意にも介さずに。

 もしこの場に誰かがいたとしても、一陣の風が吹いたとしか感じられなかっただろう。

「チッ」

 ふと遠くから風に乗り、鼻腔を擽る鉄の匂いに軽く一つ舌打ちをすると一陣の風は闇夜に消えていった。



 舞い散る木の葉がまるで意識を持つ刃の如くリヒトを襲う。数えるのもバカらしくなる量がだ。

 葉に触れた服が裂け肌が切れる。だがリヒトはそんな中瞳を閉じただ耐えている。

 そして……血飛沫が周りに飛び散った。




「ハァハァ……リ、リヒト!!」

 木々の間から勢いよく飛び出したセシリアが見たのは、ヒラヒラと降る木の葉と血だらけでボロボロになったリヒト、そして自分達を攫った男の姿だった。


「セシリア?! 何で戻ってきた?!」

「私だって戦えるわ! っ? ボロボロじゃない!!」

 慌てて駆け寄ろうとするセシリアをリヒトは片手で制すると

「大丈夫。傷は浅いし……」

 その声と共にグラリと男は倒れ伏す。

「もう終わったよ。でも油断は出来ないけどね」

「グゥッ……貴様……何故止めを刺さん……」

 荒い息とともに腹を押さえゴボリと血を吐く男にリヒトは一瞥すると

「急所は外してあるけど腕の筋は断った。勝負はついたよ」


 あの時、確かに暗殺者アサシンは勝利を確信した。

 木の葉の刃に加え、ナイフによる死角からの必殺の一撃を自ら加えたのだ。

「……貴様……どうやって……」

「簡単だよ。わかっていたから」

 その答えに暗殺者アサシンとセシリアは眼を見開く


暗殺者アサシンなら死角を攻めるはずだろ? なら死角を作ればいい」

 そう言って折れた方の腕をプラプラさせる。

「……まさか……」

「お前が教えてくれたじゃないか。僕は真っ直ぐすぎるって」



 言われたからといってすぐに実践できるものか。しかも命を賭けた戦闘中に。

 幾度も死線を潜ってきた暗殺者アサシンの背中に冷たい汗が流れる

――成長したというのか。命のやり取りの中で……化物か――


「で、でもどうやって?」

 セシリアの疑問にリヒトは何でもなさそうに答える

「折れた腕側から狙ってくるならそっちにセンサーを張ってただけさ。でも」

 苦笑しつつ自分を見下ろし

「そっちに集中してたから木の葉にボロボロにされちゃったけどね。身体に風を纏わせようとも思ったけど、傷ついてるほうが安心して仕掛けてきてくれるかな……って」



「ふ、フハハ まんまと乗せられたわけか。……だがその甘さは身を滅ぼすぞ……貴様だけでなく貴様の周りも道連れにな」

「……許さないさ。特に僕の大事な人達を巻き込むことだけは」


 その答えに面白そうに口の端を吊り上げると

「……なら一足先に地獄で貴様が足掻く様を見させてもらおう」

「なっ!」

 慌てて止めようとしたリヒトの手は宙を切った。

 暗殺者アサシンは自らの手で自らの首をへし折ったのだ。一拍置いてその身体が炎に包まれる。命をトリガーにした時限式の魔法だろう。おそらく死体から秘密を漏らさないための。


「っっ! バカが……勝負はついているのに死ぬ必要なんて」

「……ある。それが暗殺者アサシンだ」


 ゾクリとした気配がリヒトの背後を襲う

――っ! まったく気配を感じなかった!――

 振り向くと小柄な影がわずか1mの距離で立っていた。


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