第46話 番外編 謹賀新年③
「リヒト様。お待たせ致しました」
4人が客間を出て行ってからどのくらいたっただろうか。ようやくノアが3人を連れて戻ってきた。
「なんだか歩きにくいわね。慣れないと引っかかっちゃう」
セシリアの着物は赤い生地に亀甲の紋様が施されている。
普段動きやすい服装を好んでいる彼女は着物での歩き方が窮屈に感じるようだ。
「う~締め付けられますわね。でも凛と背筋が伸びる感じがしますわ」
ロゼの着物は白い生地に向鶴だ。
身体の一部分が他の二人より圧倒的に大きいロゼは息苦しそうにしている。
「普段着ている服とは着方も何もかも違うんですね」
ソフィアの着物は水色の生地に雀が施されている。
恥ずかしそうに微笑む儚げなソフィアはまるで良家の子女のようだ。
三者三様それぞれ感じ方は違うようだが、一貫して言えることは
「……みんな凄く似合ってるよ」
リヒトがつい口から漏らしてしまっても仕方ない。三人とも元々タイプが違う美人なだけに、初めて見る和服姿が非日常的な美しさを醸し出していた。
「うふふ。皆さんよくお似合いです。リヒト様もお似合いですよ?」
リヒトも先程ノアに渡された袋の中身……羽織袴姿である。
「ほんとだ。なかなか似合うじゃない」
「なんだか凛として普段より男前ですわ」
「リヒト君かっこいいです!」
元々整った顔立ちのリヒトが和服を着るという見慣れぬ姿に女性陣から感嘆の声が上がる。
「羽織袴なんて初めて着たよ。成人式もスーツだったし」
「成人式? スーツ?」
「あ、いや。なんでもない」
きょとんとしたセシリアの質問をはぐらかすようにコホンと一つ咳払いをし、
「さぁ。初詣に出かけようか……でも神社なんてないだろうしどこに行くんだ?」
教会はあっても日本式の神社などあるはずもない。そんなリヒトの疑問にノアは
「それは秘密です~。じゃあ出発しましょうか」
イタズラっ子のように片眼を閉じて軽く舌を出すとニコニコしながら先導して行くのだった。
「さぁ着きましたよ!」
「って裏山じゃないか!」
リヒトのツッコミも仕方あるまい。連れて来られたのはパイシーズ家の裏山だった。
「リヒト様? 慌てないで下さい。 さぁ皆さん! あそこの石階段を上りますよー」
「え?! あれ結構あるわね」
あっけらかんとしたノアの指差す先を見たセシリアが一瞬後ずさる。
「高い所のほうが神様に声が届くんじゃないですか?」
「なるほど。なんとなくわかる気がしますわ」
ソフィアの柔軟な発想にロゼが関心している。
そんな中リヒトは一人こう思っていた。
――確かあんなとこに石段なんてなかったよな……
ジト眼でノアを見やるが気付かないのか気にしていないのかリヒトの手を引いて石段を上っていくのだった。
何段あっただろうか。ようやく石段を上り終えた一行は眼前に広がる光景に圧倒されてしまった。
「うわぁ。凄いですね」
「……あぁ。もしやと思ってたけどこんなに立派な社があるとはな」
「なんだか空気が違う感じがするわね」
「えぇ。ピリッとした独特の雰囲気ですわね」
ソフィアの声にリヒト達も同意する。
何しろ、立派な本殿の後ろには抜けるような青空が広がっており、まるで雲の上にいるような錯覚を覚えたのだ。
「ノアさん。お参りにも独特の作法があるのですか?」
ロゼがノアに伺うと
「はい。ですがここはリヒト様にお手本を見せて貰いましょう。ね?」
「は?! 俺?! 一般的なことしか知らないけどいいのか?」
ノアの無茶振りに素になったリヒトだったが押し切られるまま皆に参拝の仕方を教える羽目になったしまった。
「まず鳥居を通る前に服装を整えて浅く一礼だ。鳥居は聖域と外界の境だから聖域に入る前に神様に挨拶するんだ。次にあそこの水場…手水舎っていうんだけど、柄杓があるだろ。あれで右手で持って左手を洗う。次に持ち替えて右手を洗う。また持ち替えて左手に水を溜めて口をすすぐ。最後に柄杓を縦にして柄の部分を流したら元の場所に戻すんだ……っと参道の中心は歩いちゃだめだぞ。正中って言って神様が歩く道だからな。左側を歩くんだ」
「う、ちょ、多いわよ! もう一回!」
全員がリヒトにならって同じように清めていく。
「リヒト君。次はどうするの?」
「あそこに箱があるだろ。あそこにお賽銭……お金を入れるんだけど……」
「皆さん。これをどうぞ」
「変わった硬貨ですわね。」
ノアが手渡してきたのはまさしく日本円の硬貨だった。準備のいいことだ。
「じゃあまず軽く一礼してからお賽銭を入れて鈴を鳴らす。そうしたら深く二礼して右手が少し舌になるように二回手を打つ。そこで神様に自分の名前と住んでる場所を告げて神様への感謝とともに祈願するんだ。最後に深く一礼する。これが参拝の流れだよ」
コクコクとみんな頷いている。ノアをみると微笑んでいるのでそんなに間違ってはいなかったようだ。
凛と張り詰めた空気の中、透き通るような鈴の音と拍手を打つ音だけが響いている。
「……それでリヒトは何をお願いしたの?」
「確かに気になりますわね」
石段を降りながらセシリアとロゼが両脇から覗き込んでくる。
「だ、だめですよ。二人とも。そんなこと聞いちゃ」
「そうだよ。教えるわけないだろ? だいたい自分達は言えるのか?」
ソフィアが庇ってくれて乗じるようにリヒトも返す。
「え? あはは~……それはちょっと……ねぇ?」
「あら。私は言えますわよ? リヒトにだけこっそり教えましょうか?」
「ちょっとロゼ! リヒトに何してるのよ!」
顔を赤くしたセシリアと耳元に甘く囁くロゼを振り切ると急いで石段を降りていく
何段か飛ばして降りてから上を見上げると
何事か言い争っているセシリアとロゼ、それを仲裁しているソフィア、その様子をクスクス見守っているノアの姿が眼に入った。
「……祈願したけどもう叶ってるんだよな……」
「リヒトー! 何か言ったー?」
顔をこちらに向けてセシリアが声を掛けるが、リヒトはなんでもないよと手を振りながら笑顔で空を仰いで先程神社で願った事を思い返した。
「「異世界で出会ったこの素晴らしいみんなと笑い合える毎日が続きますように」」
吹き抜ける心地良い風はまるでリヒトの願いそのままに、彼らの楽しそうな声を天高く運んで行くのであった。
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