第43話 野外訓練⑧ 少女の叫び

 ロゼが恐る恐る目を開けると、信じられない光景が広がっていた。

「くっ……貴様!」

 リヒトに突き刺さったかに思えたナイフが何故か暗殺者の手に刺さっているのだった。

「これで五分五分だな」

 多少ふらつきながらもしっかりと地面を踏みしめ敵を見据えるリヒトの目には力が籠っている。


「り、リヒト。だいじょ……」

 声を掛けようとした瞬間、リヒトが一瞥もしないままウインドカッターでロゼを縛っていた縄を断ち切った。

「ロゼ! アイツに毒が回ってる間にセシリアを連れて逃げてくれ!」

「で、ですが! リヒト一人で戦うなんて」

「二人を巻き込まないで戦う余裕がある相手じゃないんだ!」

「っ! ……わかりましたわ」


「させるか!」

 セシリアに向かってナイフを投げようとした瞬間、リヒトの蹴りが手首に炸裂し、狙い外れたナイフはセシリアの縄を切り、グラリと倒れたセシリアはロゼに抱きかかえられた。

「わざわざ解いてくれてありがとう」

「貴様ァ!」

 わざと挑発するリヒトに暗殺者は怒りの形相で睨みつけるが、意識がリヒトに向かった瞬間を見逃さず、ロゼは少し不安そうにチラリとリヒトを一瞥しセシリアと共に木々の中に逃げ込むことに成功したのだった。


「さぁこれで人質もいなくなった。尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだぞ?」

「ふぅ……もう安い挑発には引っかからない。貴様は殺す。」

「やれるものなら、なっ!」

 その言葉と同時に暗闇の中に剣戟の火花が散った。



「はぁはぁ……このくらい離れれば……」

 セシリアを抱えて逃げたロゼはリヒトの邪魔にならないであろう範囲まで駆け抜けると一息ついていた。


「セシリア? セシリア?」

 ぺしぺしと軽く頬を叩きながら呼びかけるがなかなか眼を覚まさないセシリアに対して段々とロゼの力が強くなっていく

「セシリア! いい加減起きてくださいな!」

 バシィっと一際大きな音が鳴ると、その大きさに驚いたのか何羽かの梟が慌てて飛び立っていく


「い、いひゃいわね! にゃにしゅるのよ!」

「やっと起きた。いい加減重いのですけれど」

 ため息混じりに抱えていた手を離すとセシリアはドサッと落下し頭を擦りながら涙目でロゼを見上げている

「ちょ、ちょっと! 落とすことないじゃない!」

「私はあなたと違って筋肉バカじゃないんですの」

「な、なんかロゼが黒い……かなり怒ってる?」

「ええ。あなたにではなく、不甲斐ない自分に対して猛烈に怒りを覚えていますわ」

 ギリッと下唇を噛み締めると下を向いて肩を震わせてしまった。


「ろ、ロゼ?」

「……強くなったと思っていましたのに。結局助けて頂いた上に逃げ出したなどと……」

「助けってまさか」

「……リヒトですわ。今も一人で私達を逃がすために戦っていますわ」

「な! 戻らなきゃ!」

 走り出そうとするセシリアだったが、その手をロゼに引かれてつんのめる

「戻っても足手纏いになるだけですわ!」

「でも!」

「私達が近くにいるとかえって邪魔になるだけですわ!」

「それでも私は行くわ! アイツが私を足手纏いだと思っても! 邪魔だと思っても! アイツが私を守ろうとして傷つく姿は見たくない! このままじゃ……私はアイツの隣を胸を張って歩けないから!」

 真っ直ぐな眼差しで揺れるロゼの瞳を見据えると手を振り払って走り去って行った。


「……そうですわね。はぁ……こんな時はあなたの素直さが羨ましくなりますわ」

 闇夜を見上げポツリと呟き再び顔を前に向けた時には、ロゼの瞳には迷いの影は消え去っていた。

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