第29話 アトリア学院入学試験③ 模擬戦の行方


 さっきまで騒いでいた入学生達が急に静かになった。

 例年にない異常さに他の教員や生徒、保護者や来賓までもがチラホラと模擬戦を行っていたグラウンドに集まってくる。


「何かあったのかな? 珍しく入学生が静かなようだが?」

 長身に眼鏡をかけ、黒髪長髪の女性が近くにいた教員に声をかける。

「学院長! それが……」

「……ほう。今年の新入生は生きがよさそうなのがいるじゃないか。貴族のボンクラ共にしては珍しい」

 学院長と呼ばれた女性は慌てる教員の視線の先に目をやると、切れ長の瞳を細くさせニヤリと口角を上げた。


「で。今戦ってる二人はどこの誰なんだ?」

「はい……リヒト・フォン・パイシーズとセシリア・フォン・ヴァルゴです」

「何?! 鬼神の息子と武神の娘か?! それでどうなってる?」

 驚きながらも笑いながら隣の教員が持っていた採点記録簿を引っ手繰ると流し読む。


「……ヴァルゴは魔法は微妙だが武術体力はピカイチだな……パイシーズは……」

 そこまで読んで自分が読んだものに目を疑った

「……な! 魔力水晶が砕けただと?! 最近でアレを砕いたのはジェミニの小娘だけだぞ」

 驚いて教員に確認するが、その答えは予想を遙かに上回っていた

「実は……まだ本気を出す前に砕けてしまったそうで……しかも適性色は虹色でした……」

「魔力水晶を砕くのにさして力を出していなかったというのか? しかも虹色なんて全属性に適応があるということだぞ。ジェミニの小娘でさえ5色だったのに……」

 恐ろしいものでも見るように試合中の二人を見つめると

「……くそっ。老害共め。厄介な子供を押し付けてきて……」

 誰にも聞こえないように口の中でそう呟いた。





「それで? 私に本気を出させたこと後悔しないかしら?」

 バトルアックスを片手で小枝でも振るように玩ぶセシリア

「別にいいよ。 不意打ちで勝っても嬉しくない」

 ナイフを逆手に構えながら腰を落として睨みつけるリヒト


 周囲が固唾を呑んで見守る中、先に仕掛けたのはやはりセシリアだった。

 まるで重さを感じさせないように斧を振るうと、刃引きしている筈なのに掠っただけで服が切れる

 ――この子……かなり強い。しかも楽しそうだ。

 紙一重で見切りながらも観察を続ける。

 大振りの振り下ろしを避けた瞬間、地面に叩きつけた斧を始点に勢いを利用して空中に舞い上がるとそのままリヒト目掛け斧を叩きつけてくる。

 ――っ! 

 カウンターを狙っていたリヒトは一瞬反応が遅れるが、なんとか後ろに下がってやり過ごした。


 上がる土煙の中、再度対峙する2人

「今のを躱すなんて。やっぱりあなた強いわね」

 赤い髪を靡かせながら嬉しそうに笑う少女に冷や汗をかきつつ

「君。嬉しそうだね。そんなに戦いが好きなの?」

「もちろんよ。今まで私とまともに戦えたのはお父様だけだもの。」

 ――その父親も大概バケモノだな……

「でも……実戦を経験したあなたが羨ましいわ」

「……は?」

 リヒトの眉が上がる

「だってそうでしょう。戦いって命を懸けるものだもの。訓練だけじゃ味わえないわ」

 徐々にリヒトの顔が険しくなっていく

「お父様に大戦の話をよく伺ったわ。私も早く……「……だまれよ」え?」

「命を懸けたこともないやつが人の命を語るな!」

 その瞬間、リヒトの周りで起きた突風が土煙を吹き飛ばす。


「――くっ! おい! 障壁を張れ! ギャラリーが多すぎる!」

 教員達が慌てて何重にも障壁を張り隔離する。

「学院長! 止めなくていいんですか?」

「バカ! お前たちが今止めに入ったら最悪巻き添えだぞ! 私一人じゃどうにもならん!」



「なっ! 何を偉そうに! あなただって私と変わらないじゃない。実戦を経験したくらいで偉そ……ぐっ!」

 言い切る前に風のように突進してきたリヒトが蹴りを放ち、斧の柄で何とか受ける。

「……実戦を語るくせに喋り過ぎだ。」

 冷たい目で睨み付けるリヒトに冷や汗をかきながらも睨み返し、

「へ、へぇ。……もういいわ! 模擬戦だか試験だか知らないけれど……私は人にコケにされるのが大っっ嫌いっ!」

 そう吼えた瞬間、セシリアの赤い髪がまるで燃えているように煌めき光の粒子が火の粉のように舞う。


「私をここまでコケにして! どうなっても知らないんだからっ!」

 セシリアの持つバトルアックスが熱を帯びているのか赤く変色している。

「燃え尽きなさいっ! 紅蓮炎斧っ!!」

 斧を振るった次の瞬間、炎を纏った斬撃が飛んでくる。


 同時にリヒトはナイフに魔力を籠めていく。

 ――あの時、魔力を籠めただけのナイフじゃ魔物を貫けなかった。なら!

 ナイフに籠めた魔力を延長させ、あたかも魔力で作った長剣のような姿になる。

「ぶった切れ!」

 炎の斬撃と魔力の長剣がぶつかり、一瞬お互いが止まるが次の瞬間炎が真っ二つに切り落とされた。


「……模擬戦用の武器ならこんなものか」

 お互いの大技を受けた武器はどちらもボロボロだ。

「ハァハァ……まだよ! まだ負けてない!」

 そう言ってボロボロの武器を振りかざした瞬間、観客達の中から飛び出してきた男がセシリアの肩を掴み諌める。


「お前の負けだ。セシリア」

「っ! お父様?!」

「パイシーズの息子を見てみろ。あれだけの技を使い、お前の攻撃をいなし続けてなお息切れ一つしておらん」

「でも! 私はまだ立っています!」

「見苦しいぞ! 相手の力量も測れぬのか! お前は立たせて貰っているのだ! 戦場ならとうに死んでおったわ!」


 それを聞いて瞳に涙を溜めながら小声で「……降参します」と呟き下がって行った。



 ――ふぅ。なんだか疲れた……

 戻ろうとしたリヒトに先ほどの男が声を掛ける。

「パイシーズの息子……リヒトといったか。ウチの娘が迷惑をかけた」

「……いえ。私も熱くなりすぎてしまい申し訳ございません」

「いいのだ。アイツにもいい薬になっただろう。少し天狗になっていたしな……礼を言わせてくれ」

 そう言うと頭を下げ保護者たちの中に戻って行った。




 かくして入学試験は波乱もあったものの無事に終了となった。



 

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