第26話 親離れ?


 ある朝、リヒトはカイルと模擬戦を行なっていた。

「ふむ。 だいぶ動きが良くなって来たな」

「ありがとうございます。でも父様から一本が取れません」

「バカ。俺から一本取ろうなんて十年早いぞ」

そう言いながら笑ったかと思うと急に真顔になり

「リヒト。実はな。この国の貴族は小さい頃から学院に通わなきゃならないんだ」

「学院? だって僕は行ってないですよ?」

不思議そうに尋ねると小声で

「お前……あの母さんが素直に首を縦に振ると思うか?」


確かに一悶着ありそう。いやあったのだろう。


「前回謁見した時に聖双魚勲章を貰っただろう? あの一件で一部の貴族がうるさくてな。」

「はぁ。確かに頂きましたが、それとなんの関係が?」

ポカンとするリヒトを見てカイルは頭を抱えると

「お前は時々抜けてるよな」などと失礼な事を言う。


「結局な、あいつらは面白くないんだ。子供が自分達より力を持つことがな」

「それはなんとなく解りますが……学院入学と何か関係があるんですか?」

「学院にいればその分目を光らせやすいし、あわよくば自分の陣営に取り込もうとしてるんだろうさ」


−−なるほど。王が賢王だからといって下が優れているとは限らないということか。今まであまり他の貴族と付き合いがなかったのは父さん達が俺をそういった欲まみれの世界と関わらせないためだったのかもしれない。


「父様わかりました。色々勉強もしたいですし、学院に行くことに異論はありません。それに僕も他の家の方達と交流してみたいですし」

流石に毎日特訓しかしていない少年時代は色々まずい気がする。ボッチまっしぐらだ。


「そうか。なら準備……の前に問題が……」

「……母様ですか?」

二人の溜息が青空に溶けていった。




とりあえずリヒトが伝えた方が丸く収まるだろうということで送り出されたが……

「……母さんから逃げただけじゃないだろうな?」

ブツブツ文句を言いながらも屋敷を歩いていると

「おはようございます。リヒト様。」

「おはようセバス。母様を見なかった?」

「奥様ですか? 奥様なら温室にいらっしゃいましたよ」

「わかった! ありがとう。……あ、あと一つ」

「なんでございましょう?」

「これから学院入学の件で母様と話をするんだけど……もし父様が……」

「無論でございます。旦那様のことは私にお任せ下さい」

本当に出来た執事である。



温室ではエミリアとノアがハーブティー用に花弁を取っている所沢だった。

「母様」

「あらリヒト。どうしたの? あなたもハーブティー飲む?」

ニコニコしながらカップに紅茶を注いでいる

「違うんです。母様にお話が……」

「なぁに? 改まって。可笑しな子ね」

深呼吸して意を決する

「僕を学院に通わせて下さい!」

ガシャン!! とカップの割れた音が辺りに響いた。



「リ……リヒト? 今なんて?」

「が、学院に行かせて貰えないかと……」

この世の終わりのような顔をして崩れ落ちている母親に若干気圧されながらも聞いてみると

「……そう。カイルね。カイルなのね? 私のリヒトにそんなことを吹き込んだのは」

ゆらりと立ち上がると思うと黒く笑っている。

「ち、違います! いや違わないけど……父様は悪くありません! 王宮で貴族達が学院に入れろと詰め寄ったみたいで……」

このままでは父親が死んでしまうと本能的に察したリヒトは慌てて弁解したのだった。


「そうだったのね……」

危ない危ない……このままでは母親をセルフ未亡人にする所だった。

そう額の汗を拭っていると

「ならあの貴族達のせいなのね……少し話し合いが必要なようだわ」

ジャラン! という音と共にどこからともなくフレイル型のモーニングスターを取り出し始めた

「ちょ! 母様! そんな物持ってどこへ……ノア! 母様を止めて!」

青い顔をしながらノアに助けを求めると

「そうですね。話し合いが必要なようです」

スカートからナイフを取り出しているメイドさんがいた。

「ノアまで?! 二人共落ち着いて……父様ー!! セバスー!! 誰かこの人達を止めてー!!」


今日も騒がしいパイシーズ家であった。

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