第25話 謁見

 

 リヒトが日課の訓練をしていると、カイルが声を掛けてきた。

「リヒト。こんな朝早くから訓練か?」

「父様! おはようございます。もしかして稽古をつけてくれるんですか?」

 カイルは苦笑いをしながら首を横に振る。

「それはまた今度な。今日はみんなで買い物に行くぞ」

「買い物ですか?」

 不思議そうな顔をしていると

「ま、行けばわかるさ。」

「はぁ」

 そう言い残すと悪戯小僧のような顔をしてカイルは去って行ってしまった。



――城下町――


「それで何を買うのですか?」

「うふふ。ここよ」

 楽しそうなエミリアに連れられてリヒトが辿り着いたのは高級そうな服屋だった。

「服……ですか?」

「そうよ。礼服を買うの」

 ニコニコしながらそう言われても何でいきなり必要なのか解らない。


 店に入りエミリアが二言三言伝えるとすぐに店員が何着かの礼服を持ってきた。

 着せ替え人形のようにとっかえひっかえされ、エミリアとノアはああでもないこうでもないと騒いでいる

 ――こうなった時の女性陣には大人しくしているのが一番

 リヒトは諦めの表情で次々渡される服に袖を通していった。


「こんなものかしらね」

 朝一で出てきたはずなのに、終わった頃には太陽が真上に昇っていた。

「はい……もうなんでもいいです……」

 ――もう疲れた……早く脱いで帰りたい…… 

 着替えようとすると何故かエミリアが制止する。 

「あ、脱いじゃだめよ。これから王城に行くんだから」

「……は?」

「この間の一件で王様が直々にリヒトにお礼がしたいそうよ」

 ――聞いてないんですけど……もしかして父さんがニヤニヤしてたのはこの事だったのか?

「そういえば父様は?」

「荷物持ちが嫌で先に王城に行ったみたいね」

 ――逃げたのか! ……仕方ない。初めての王城も楽しみだしな。

 こうして三人は王城へ歩いて行くのだった。



――――王城――――


「リヒト・フォン・パイシーズ。面を上げよ」

 跪いていたリヒトが顔を上げると、王がこちらを睥睨していた。

 ――あの人……前に家に来ていたな。品のある爺さんだと思ったけど王様だったのか。

「リヒトよ。わしを覚えておるまい?赤子の頃に会ったきりだったな」

「覚えております陛下。私が生まれて間もない頃に後ろの騎士様とお訪ね頂きました」

 その答えを聞いて目を丸くした王は「そうか。覚えていてくれたか」と破顔する。

「陛下……そろそろ」

「おお。すまなな。まだ赤子だったのにあのような短時間の邂逅で覚えていてくれたことが嬉しくてな」

 宰相だろうか? 近くに控えていた男から進言されると咳払いをし、厳かにリヒトへ口を開いた。


「リヒト・フォン・パイシーズよ。此度のそなたの働き真に見事だった。まだ幼きながらも我が兵の命を救い、その上危険な魔物を討伐し国民を救ってくれた。全ての国民を代表して礼を言う」

「いえ。私は夢中で行動しただけです。その結果私は自分の従者を傷つけてしまったただの未熟者です」

「何が未熟なものか。グランデグリズリーを一人で討伐するなど、我が国にも一握りの者にしか出来ない事だ……そこでそなたには何か褒美を取らせようと思う。なにか望みはあるか?」

 手放しに褒められ照れくさく感じながら目線を泳がすと、まるで我が事の様に誇らしそうなカイルと目が合った


「陛下。私に望みはありません。そのお言葉だけで充分です」

 その答えに周囲がざわめいたが、王が手を一振りするとたちまち静かになる。

「何もない。そう申すか。」

「はい。陛下」

「そうか……それは困った……国を救ってくれた者に何も与えないとなると我が王室の恥だ。」

 顎を撫でながら悩む王だったが、ほどなく答えを出したようだ。

「それではリヒトよ。お主の力量、人格はパイシーズの爵位に相応しい。よって今回の働きに対し、アイン・フォン・アルデバラン十五世の名の下に聖双魚勲章を授与するものとする!」

 その王の一言で再び、いやさっき以上に周囲が騒ぎ出した。カイルまでもポカンとしている。

「貰ってくれるか? リヒトよ」

 ――ここで断っては王の面子を潰してしまう

「謹んでお受け致します。陛下。」

 深く跪くリヒトに満足そうに頷くと王は良く通る大きな声で

「それでは、授与式は後日行うものとする。リヒト・フォン・パイシーズ、並びに参列の皆。大儀であった」


 王が去った後も王宮内の騒ぎは収まらなかった。

 聖双魚勲章の授与は建国以来二度目。建国の王、初代アルデバラン王側近の十二人の一人、最初のパイシーズが受け取って以来の快挙だった。


 その事をリヒトが知るのは家に帰って興奮したセバスに教えられてからだったという。

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