第23話 魔物退治の結果と~女神☆キッチン ノアの手料理~


 グランデグリズリーとの戦いの後、気を失った俺はあれから三日間目を覚まさなかったらしい。

 その間、うちの屋敷は凄い有様だったようだ。

 父さんが俺を抱きながら森を抜け出ると、兵士達に羽交い絞めにされた母さんがいたらしい。

 母さんの足元には昏倒した兵たちが積み重なっていたそうな。怖い怖い……


 目を覚ますとずっと看病してくれていたのだろうか。母さんが俺のベッドに突っ伏しながら寝息を立てている。その瞼はこころなしか腫れているようだ。

「母様……」

 そっと毛布を掛けてあげると音を立てないよう静かに部屋から抜け出した。


 とりあえずお腹が空いた……

 厨房に行けばパンかなにかがあるだろ。そう思いながら厨房を覗くと鼻歌混じりで何かをやっているノアの姿があった。

「ノア……おはよう」

「リヒト様! 目が覚めたんですね! 三日も眠り続けていたんですよ?」

「三日?! どうりで身体が固まってるはずだ。お腹も空いてるし」

「それでしたら私が何か御用意しますね! 怪我をした私を守ってお一人で戦って頂いた御礼に」

「え?!」

 ……言えない……あんなに満面の笑みで料理に取り掛かるノアに、セバスの料理がいいなんて口が裂けても言えない……

 屋敷に来た当初、彼女は料理はメイドの基本です! と張り切って作ったらしいのだが、味見したセバスが青い顔をして自分がやるから! と宥めすかしたと聞いている。


「あのー……ちなみに何をお作りになられるのでしょうか?」

 恐る恐る聞いてみる。聞きたくないが聞いてみる。

「急に改まってどうしたんですか? そうですね……目を覚ましたばかりだから、お粥にします」

 お粥なら流石に大丈夫だろ。

「この世界では麦が主流ですが……内緒で日本米でお作りしますね」

 そう言うとスカートの中に手を入れ米袋を出してきた。

「おぉ! まさかの日本米! じゃなくて、どこから出したの?!」

「メイドの嗜みです」

 どうあっても教えてくれないらしい。あのスカートの中身が本気で気になる。いや、変な意味じゃなく。


 取り出した米を鍋に入れながら鼻歌を歌っているノアをボーッと眺めながら先日の戦いを思い出す。

 あいつを倒すのはギリギリだった。魔力を振り絞ってやっと倒すなんて……俺が守るなんて言って飛び出して、ノアに怪我を負わせて挙句に魔力枯渇で気絶する……なんて様だ。しかも二体目の気配にも気付かず、あの時父さんが来てくれなかったら絶対に助からなかった。……そう言えば父さんはどこだろう? ちゃんと御礼を言わなきゃ。その後は猛特訓だ! 

 そうリヒトが奮起しているその頃


――――――――――王城――――――――――


「では、結界は無事だったということだな?」

 玉座から初老の男が眉間に皺を寄せ尋ねている。

 アルデバラン王国国王 アイン・フォン・アルデバラン十五世である。

「結界が無事なのにも関わらず、白狼の出現。さらにグランデグリズリーが現れた。それも2体か」

「陛下。発言よろしいでしょうか?」

 王の傍に控えていた騎士が声を上げる。


 王の首肯を見て、騎士……近衛騎士団長 アルベルト・フォン・タウラスが口を開く。

「小型の魔物や力を持った者なら結界を潜り抜けることも可能でしょう。しかし複数のグランデグリズリーが結界に引っかからないことはありえません……ここから考えられるのは……」

 一瞬迷う素振りを見せながら自分の考えを言い切った。

「……何者かの手引きがあったものかと。外部の者か内部の者かは解りませんが……」

 そう進言するアルベルトに王も頷き、

「わしもそう思う……だがそれが真となれば由々しき事態だ……結界は本当に無事だったのだな?」

 王が目線を下げ黒ローブの女の子に声を掛ける。


「……陛下。……私の結界は完璧……ちゃんと作動してた……」

 胡乱な眼差しで王を見つめる少女……魔術師団長 クララ・フォン・ジェミニはか細いながらも耳朶に響く声でそう答える。

「クララがそう言うなら間違いあるまい……結界の要所に魔術師団を配備して警戒を怠らないように」

 王の命令を受けコクリと頷くクララを見てから隣の男に声を掛ける


「騎士団に出た被害は第三偵察部隊の壊滅……か。生き残った兵には報いてやらねばならないな。彼の報告で民に被害が出なかったのだから」

「陛下……部隊壊滅の責は私が全て取りますのでどのような処罰でも甘んじてお受け致します」

 深々と頭を下げる騎士団長 ジゼルに王は首を振りながら

「よい。此度の被害は誰にも予測出来なかったことだ。それにお前にはまだまだ働いて貰わねば敵わぬ」

「はっ! 御温情感謝致します!」

 その答えを聞いて頷きながら王はジゼルの隣にいる男に声を掛けた。


「カイル。此度はお前の息子を巻き込んでしまったようで本当に申し訳なかった。しかも一線を退いたお前に再び剣を握らせてしまった」

 頭を下げる王にカイルは慌てながら

「頭をお上げ下さい陛下! それに息子も無事でしたし自分から首を突っ込んだのです。陛下が気に病む必要はございません!」

 それを聞いて頭を上げながら

「いや。彼の働きで我が国の兵が命を拾い、しかも国民の危機を未然に防いだのだ。心から礼を言う。目が覚めたら王宮に連れてくるがいい。直接礼がしたいからな……最後に会った時はまだ赤ん坊だったか。成長した姿を見るのが楽しみだ」

 そう笑う王を見てカイルもまた笑みを返した。



――――――――――パイシーズ家――――――――――


 王城でそんなやり取りが行われるとは夢にも思わず、リヒトは戦々恐々としていた。

「あの……ノアさん?……これは……一体なんでしょうか?」

「何ってお粥じゃないですか」

 ……いやいやお粥ってもっと白いもん。こんな真っ黒でブクブクしてる暗黒物質じゃないもん。

「…………ちなみに何を入れたんです……か?」

「はい! ただのお粥だと味気ないので塩を少し、後は栄養や滋養のためにハチミツ、スッポン、卵……そしてリヒト様が倒したグランデグリズリーの肝です!」

 フフンと誇らしそうに胸を張るノアに顔を青くしながら

「あ、やっぱり俺……お腹空いてなかった! 気のせいだったわ!」

 逃げ出そうとしたが襟を掴まれ足がバタバタする

「もう。遠慮しちゃって~。ほら、食べさせてあげますよ」

 そう言いながらスプーンに暗黒物質Aを掬いながらリヒトの口に捻じ込んだ。

「ちょ! まじでやめろって! 頼むか……むぐn~~~~~~~~~~~」

 昼下がりのパイシーズ家にリヒトの絶叫が木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る