第19話 戦いの幕開け


「エミリア様に伝えておきましたよ。念話ではないのであちらの声は届きませんが……」

 申し訳なさそうにしているが、現状を伝えて貰えただけありがたい。

「ありがとうございます。これで怒られなくてすみますね」

 ホッとしながら胸を撫で下ろしていると天幕が開きジゼルが入ってくる。


「すまない。待たせたな。迎えをよこすように伝令を出しておいた」

「お気遣い感謝致します。……ジゼル様? どうかしたのですか?」

 険しい顔をしているジゼルが気になってしまう。まさか……

「もしかしてあの兵士さんが……」

 リヒトが青い顔をして聞いてみるとジゼルは慌てて手を振りながら

「違う違う。彼はすこぶる順調だよ。三日もすれば復帰できるさ」

 その答えに安堵しつつも、なら何があったのか気になってしまう。

「では何があったのでしょうか?」

 ジゼルは一瞬迷うそぶりを見せながらも口を開く。

「……本来なら作戦中の内容は機密なのだが……君達をすでに巻き込んでしまっている。教えないわけにはいかんな。」

 と言いながら腰を落とした。


 いいか? 他言無用だぞ? と念を押した上でジゼルは事のあらましを語ってくれた。

「まず事の発端はこの森で白狼が出たとの報告があったことだ。至急魔術師団と合同会議を行い出征して来た」

 白狼? ……あの時助けた狼のことか? 

 先日の出来事を思い出しながら話の先を促す。

「成体の白狼ならこの森には結界に阻まれて入れないはずだし、まだ子供だろうと思っていたのだが……」

「成体だったのですか?」

「それがわからんのだ。どこを捜しても見つからない。魔術師団の方で結界も調べてもらったが普通に起動しているそうだ。多分子供だったために潜りぬけたのだろう。」

 成程。確かに問題の狼があの時の白狼なら知能は高そうだし不可能ではなさそうだ。


「それでは何がマズイのでしょう? 白狼もいなくなったのでしょう?」

「それが問題なんだ。結界も無事で白狼もいない……ならあの兵を傷つけ、尚且つ新人ばかりとはいえ小隊を壊滅させたのは何だ?」

「熊……とか?」

 リヒトの答えにジゼルは首を振る

「ただの熊だったならまだいい。……グランデグリズリーだったそうだ。」

 グランデグリズリー? 大きいグリズリ―か? 隣のノアを見ると一つ頷いた後に説明してくれる。

「グランデグリズリーはその名の通り巨大な熊型の魔物です。その凶暴性は普通のグリズリーの比ではありません。しかし、この辺りには生息していないと思っていましたが……」

「その通りだ。ヤツはもっと北方に生息している魔物だ。しかもここは結界の中だぞ。」

 なるほど。結界が起動しているところを見ると自然発生したか誰かが手引きしたか……か。


「そのため我々の目的は白狼捜索から魔物討伐に変わったということだ。しかもヤツは人の血を覚えてしまった。放っておけば街まで降りてしまうかもしれん」

 確かにその可能性は捨てきれない。

「僕達もなにかお手伝いしましょうか?」

 俺にもなにか出来ることはあるはずだ。街には俺の家族もいる。

「いや。それには及ばない。君は民間人……しかもまだ子供だ。迎えも来るし後は我々に任せてくれ」

 そう言ってジゼルはテントを後にした。



 リヒトとノア以外誰もいなくなったテントに慌しい外の音が聞こえてくる。鎧や剣が擦れる音、怒号や土を踏む音が響いている。

「……それで、リヒト様はどうなさるおつもりですか?」

 ノアが遠くを見据えながら静かに問いかける。

「……本当だったらここで大人しくしてるのが正解なんだろう……でも黙って待ってられるか!」

 そう答えるとノアがこちらを向きながら目を覗いてくる

「ならどうするのですか? 魔法を使えると言ってもあなたはまだ子供なんですよ?」

「確かにノアの言う通りだと思う。でも街には俺の……俺とノアの家族がいるんだ!」

 その答えにノアが目を見開いて一瞬口篭るも

「……わかりました。あなたは私が守ります。女神の名にかけて。」

 そう言いながら微笑むノアは本当に美しかった。


「よし! グズグズしてられない! 行こう!」

「はい!」

 そう言ってテントから二人は駆け出して行く。



「…………もう俺の目の前で誰も死なせるものか……」リヒトが呟いた言葉は誰にも届かなかった。

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