第18話 番外編 カイルとエミリア①
リヒトが生まれる十五年前。大国アルデバランは隣の大陸にあるレグルス帝国との大戦の渦中にあった。
何年も続く戦に両国共に民は疲弊し、大地は穿たれ、野畑は焼け、川は干上がり引くに引けぬ争いに人々は希望を捨て去った日々であった。
そんな対戦の末期。両国を繋ぐ最後の大橋であるデネボラ大橋で起こった衝突、後にデネボラの戦いと呼ばれる戦の中にまだ年若い彼らの姿があった。
「はぁ。今日で何日目だ? こうやって睨み合ってるのも飽きてきたぜ」
パチパチと弾ける焚き火を囲いながら、腰に剣を二本差した青年がだるそうにボヤいている。
「そう腐るなカイル。あいつらだってこの橋が落ちたら困るんだ。慎重にもなるさ」
ハルバートを磨きながら大男が相棒を諌める
「ゲイルはこの状況に焦らないのかよ。」
カイルが口を尖らせながら睨むとゲイルと呼ばれた男は
「焦りはするさ。いつ爆発するかわからない爆弾が目の前にあるんだ。でも俺達が焦ったらあいつらはどうする」
後方の兵たちを親指で指しながらカイルを見据えている
「へいへい。わかってますよ。副隊長殿。……誰一人として欠けさせねぇ。何があってもだ。」
さっきまでの雰囲気とはまったく違う鋭い口調でそう呟く。
「ああ。あいつらを無事に家族の所へ連れ帰る。頼りにしてるぞ隊長殿」
バンっと肩を叩くとゲイルは見張りの兵に声を掛けに行ってしまった。
一人焚き火を眺めていると遠くで兵達の喧騒が聞こえてくる。大方酒盛りでもして喧嘩でも始めたか。
「ったく。今は厳戒態勢なんだぞ。酒を出したのはどこのバカだ」
喧嘩を収めに行こうと腰を上げた瞬間。喧騒とは反対側の方から歌声が聞こえてくる。
「……綺麗な歌声だ。誰なんだ?」
歌声のしている方へ自然と足が向く。
「あれは……確か新しく入った魔術師の……確かエミリア? だったか」
泉で水浴びをしながら歌う彼女にカイルは目を奪われ、そして……目が合った。
「「…………」」ポタッポタッという水音だけが辺りに響く
カイルはハッと我に返ると
「いや! ちがっ! 綺麗な歌声が聞こえたから誰かと思って! 決して覗きでは……」
バチーン!!
幻想的な泉には、涙目になって手を振り抜いている少女と気絶した青年がいるだけだった。
翌日、腹を抱えながら笑っているゲイルと顔を紅葉色に腫らしたカイルがいた。
「ぶっ! あっはっは! どうしたカイル。なんだその顔」
「……なんでもない」
「なんでもなくはないだろう。さては無理やり迫ったな? 相手は誰だ? セシリーか?」
「バカ。誰があいつに迫るか。俺はそこまで命知らずじゃない」
「じゃあ誰なんだよ? 剣を振るしか能のない隊長殿に手傷を負わせたのは?」
人の失態がよほど嬉しいようだ。周りの兵達まで釣られて笑いを堪えている。
「あーもう。エミリアだよ。ほら。新しく入ってきた」
「あぁ。あの魔術師の子か。てことはカイル……お前魔術師の女の子にビンタされて伸びたのか?」
その一言で決壊したように辺りに笑い声が響いた
「うるせえな。油断してたんだよ。……ってか今笑ったやつら……お前ら覚えとけよ?」
目の前でゲイルが おー怖い怖い と肩を竦めている。その視界の端に女性兵達に囲まれながらからかわれているエミリアの姿が映っていた。
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