第17話 怪我人を野営地へ


ノアと合流しタオルを貰うと濡らして兵士の血を拭い、看ていてくれるよう伝えた後に先程見つけた薬草を採りに戻る。

「確かこの辺に……お。あったあった。」

 マニュアルによると、『ヤクシャク』という薬草らしい。根に鎮痛効果があるらしい。

「名前も似てるし、芍薬みたいなものだろ。」

 急いで戻るとノアがどこからか鍋やすり鉢なんかを出していた。

「……そんなものどこに持っていたんですか?」

「メイドの嗜みです。」

 ……まぁいいや。天日干ししなくてもいいらしく、湯を沸かして煎じていく。

「よし。これを飲ませて……」

 兵士の口に流し込むと、かなり苦かったのか顔をしかめるが、程なく顔から険が取れてゆく。



「救命士って薬草まで扱えるんですね。」

「まさか。書斎にあった本を読んでたからマニュアル通りにやってみただけですよ。」

 そんな会話をしていると兵士が目を開けた。

「俺は……そうか。ぼうや、君が助けてくれたのかい?」

「まだ寝ていて下さい。応急処置が終わったばかりです。」

 起き上がろうとする兵士を諌めるも、兵士は首を振り

「いや。すぐに本隊に報告にいかねば。このままだと……くっ!」

 薬湯を飲んだとしても痛みが強いのだろう。リヒトは少し思案した後に

「……わかりました。なら僕達が本隊まで送りましょう。僕達だけが行ってもいいのですが、あなたを一人にさせておくわけにはいきませんから。」

 そう伝えると風魔法を使って兵士を浮かせる。

 ……食器洗いが本当に役に立つとは……

 複雑な思いで兵士の案内を受けながら森を抜けて行った。



「あそこだ。本当にすまない。」

 森を抜け広場に出ると野営地が見えてきた。

「いえ。お気になさらず。まずは救護所に運びますね。」

「いや。申し訳ないが至急で伝えねば……」

 話してるうちにこちらに気付いたのか、見張りの兵達が走ってくる。

「お前達! 止まれ! 作戦中につき、この辺りは立ち入り禁止だ!」

「おい待て! あれは偵察に出ていた部隊のやつじゃないか?」

「森の中で怪我をしている所を発見し保護しました。応急処置は終わりましたが医療班を呼んで頂けますか? あと担架もお願いします。」

 さすがに浮かせっぱなしはそろそろ魔力がやばい。

 頷きながら戻っていく兵を見送り、ゆっくり魔法を解いて降ろすとリヒトはやっと一息ついた。




 救護所で治癒魔術師達の魔法を見ながら発見した状況や処置内容を伝えていると、幕が開き一人の兵が中に入ってきた。

「偵察に出ていた兵が大怪我を負いながらも戻ってきたと報告があった。 話せる状況か?」

 近くにいる術師に声を掛けると真っ直ぐこちらに向かってくる。

「君が発見してくれた少年か。さらに部下の命を救ってくれたと聞いた。騎士団を代表して感謝する。」

 深々と頭を下げられ戸惑いながら

「いえ、運が良かっただけです。それに怪我人を見つけて放っておくわけにはいきませんから。」

「いや。君のお陰で貴重な命が救われたのだ。王にも伝えておこう……申し遅れた。私はアルデバラン騎士団団長のジゼルという。少年の名を聞いてもいいか?」

 リヒトは驚きに目を見開いた。指揮官だろうとは思っていたがまさか騎士団長だったとは。

「失礼いたしました。ジゼル様。私はリヒト・フォン・パイシーズと申します。隣にいるのがメイド長のノアと申します。」

 深く腰を折り名乗ると、隣でノアもスカートの端を持ち上げる。

 ……姫かよ。セバスが見てたら怒られるぞ。



「そうか。君がカイルの息子か。」

「父様をご存知なのですか?」

「ああ。あいつとは昔同じ部隊でな。何度も命を救われたものさ。」

 普段は忘れがちだけど父さんって凄いんだな。などとカイルが聞いたら泣きそうなことを考えていると、術師の一人がジゼルに声を掛けてきた。

「ジゼル様。一通りの処置は終わりました。この子のお陰ですよ。見たこともない処置でしたが理に適っている。あの処置がなければ彼は死んでいたでしょう。本当、治癒術師部隊にスカウトしたいくらいです。」

「そうか。ありがとう。ではリヒト君、彼に詳細を聞いてくるから私のテントで待っていてくれ。申し訳ないが作戦中のため街まで送っていってやれないが……すぐに迎えの者をよこす。」

 そう言ってベッドに近づいて行くのを見届けると、リヒトはノアと一緒に救護所を後にした。



 野営地ではピリピリとした空気が広がっていたが、話が通っていたのかリヒトが道を尋ねると皆優しく教えてくれたし、同期だと名乗る兵は泣きながらお礼を伝えてきた。中にはノアの姿に見惚れる者、鼻の下を伸ばすもの、恐れ知らずに声を掛ける者までいたが、ノアは全て華麗にあしらっていた。

 ……慣れてる……セクハラ親爺をあしらうOLみたいだな。とリヒトが思っていることもあながち外れてはいない。


「あー。また母さんに心配させてしまうな。怒られるんだろうなぁ。」

 リヒトが悩んでいると

「それでしたら、私が魔法で伝えますよ。」

 え? 出来るの? ここ屋敷からめちゃくちゃ離れてますけど?

「もちろんです。こう見えて私は女神ですよ? 天界から神託を行うこともあるんです。」

 エッヘン! と胸を張るメイドさん。うん。忘れがちだけどあなた女神様だもんね。

「じゃあお願いします。今の状況と騎士団が送ってくれることも伝えてください。」

「了解しました~。」

 朗らかに笑う女神を見ながら、これで般若を見なくてすむとホっとしながらジゼルのテントへ歩を進めていった。

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